第十話
帰り道――行きにも通ったはずの図書室の廊下が、なぜか異様に長く、冷たく、音を吸い込むように静まり返っていた。
蛍光灯が一つ、カチッと音を立てて瞬いた。
その一瞬、壁に映る自分の影が笑ったように見えた。
背後で、ギシ……と床が軋む。
誰もいないはずの空間に、足音ではない何かの音が確かに混じっていた。
璃愛の喉の奥がひゅうっと細くなり、呼吸が浅くなる。
冷たい空気が肺の中に入り、体の奥で何かが這い回るような嫌な感覚を残していった。
階段を上がるたび、背後に視線を感じる。
振り返っても、誰もいない。
でも、確かに“そこ”に何かがいたような気配が、皮膚の裏に焼き付いて離れなかった。
──扉に手を伸ばした瞬間、ドアノブが指先を刺すように冷たく、まるで“それ”が璃愛を待っていたかのようだった。
自室に逃げ込むようにしてベッドに倒れ込む。
さっき図書室で読んだ本の一節が、脳裏にこびりついて離れない。
“獣とは姿ではなく、理性を失った心の有様である。”
“そこに狼はいなかった。でも、彼らは全員オオカミになった”
ページのインクが脳内でじわじわと染み出すように、璃愛の意識を侵してくる。
まぶたを閉じても、闇の中に浮かぶのはあの一文。
『 あなたもきっと、オオカミになる 』
──それは本の一文ではなかった。
読んだ覚えのない“声”だった。
耳元で、誰かが囁いたのだ。
璃愛は、その夜眠ることができなかった。
布団の下で誰かの指が動いたような、そんな気がしたから────。




