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黒歴史研究部へようこそ  作者: 青帯
■見学編
9/20

第八話 伏龍 前編


 歴奈の隣で、伏見が振り返ったようだった。


 伏見は、廊下の先からこちらに歩いてくる男子生徒を見ているようだ。

 男子生徒は手洗い場近くのトイレから出てきたらしい。ハンカチを持っている。


「悪いけど、また少し待ってて」


 伏見と男子生徒が、階段の向こうの映画部の前で落ち合った。


「今年もコラボで三国志の動画を撮りたいけど、二年続けては無理?」


 映画部にも三国志好きは多いし、無理ではないと思うけど。


「まだまだ未熟だけど、去年よりはいい動きができると思う」


 三国志を題材にするなら、今年はドキュメンタリー風にしたほうがいいんじゃないかな。


 少し離れている歴奈にも断片的に会話が聞こえている。

 伏見が三国志の話題を振り、相手の男子が少し苦笑気味に応じている。

 なんとなく、そんな印象を受けた。


 会話が終わって男子生徒が映画部の部室に入ると、伏見が戻って来た。


「お待たせ」


「いえいえ。映画部の方ですか?」


「そう。去年の文化祭では、映画部とコラボで作った三国志の短編動画を上映した」


「見てみたいです。私、三国志が好きなので。伏見先輩も、三国志お好きですよね?」


「大好き。研究しているのは、ほとんど三国志オンリー」


 伏見は生粋の三国志好きのようだ。歴史研究新聞のテーマも三国志関連だった。


「三国志が好きな子が来てくれて凄く嬉しい。好きな武将は誰?」


 三国志は多数の魅力的な武将たちが織り成す壮大な英雄戦記だ。好きな者が揃うと、しの武将の話になることが多い。クールに見える伏見も例外ではないようだ。


「そうですねぇ。黄忠(こうちゅう)とか好きです」


 黄忠は三国志に登場する老将で、弓の名手だ。


()いてますます(さか)んな老将黄忠。なかなか(つう)


 伏見がそう言いながら歴奈の前を通り、歴史研究部に近づいていった。


 歴史の趣味のことで褒められると嬉しくなる。伏見との距離が縮まった気がした。


「そういえば私、弓道をやっていた時、黄忠のように百発百中になりたいと思って練習していたんですよ。全然駄目でしたけど」


 開錠中の伏見に後ろから言ってみた。三国志もスポーツも好きな伏見なら、笑ってくれるかもしれないと思ったからだ。


 鍵が開く音と同時に、伏見が勢いよく振り返った。

 目を見開いている。


 予想外の伏見の反応に、歴奈はうろたえて後退した。


 伏見は距離を詰めてそっと歴奈の両手を取り、胸の前で包むように握った。


「ついに、こころざしを同じくする者に巡り合えた」


 伏見が震える声で言うと、少年のような笑顔を浮かべた。

 歴奈の混乱はピークに達した。


 だが伏見は歴奈の手を握ったまま、熱をこめて語り始めた。


――――――――――――――――――――――――――――――


 伏見は強くなって欲しいと願う両親の希望で、四歳から総合格闘技のジムに通い始めた。


 元々スポーツが好きだったことから熱心に取り組んでいたが、十歳になる頃には飽きを感じており、惰性で練習をするようになってしまっていたらしい。


 そんな頃、親戚の家に遊びに行った時に見た三国志のアクションゲームに衝撃を受けた。


 ゲームの中の三国志の豪傑たちの強さ、格好良さに魅せられたのだという。


 ゲームはあまり好きではないのに、三国志の豪傑たちが活躍するプレー動画を送ってもらうように頼んで、夢中になって何度も見返したほどだったらしい。


 やがて小説やコミック、映画、ドラマなど、他の三国志の作品も見るようになった。そうしているうちに、三国志の豪傑たちのように強くなりたいう気持ちが芽生え始めたのだという。


 目的ができたことで、総合格闘技の練習にも情熱が戻って来た。


 オーバーワークには気を付けつつも、厳しい練習を自らに課し、他の格闘技のジムや道場への出稽古も積極的に行うようになったとのことだ。


 総合格闘技はルールが危険なため、年齢的に試合には出場できていないが、組み技だけの大会では優勝経験もあるらしい。


 三国志の武将のように軍勢を率いた強さにも興味を持ち、中学ではチームスポーツのバスケ部に入り、キャプテンを務めて県大会上位に進出したこともあるのだという。


――――――――――――――――――――――――――――――


 伏見が少年のような屈託のない笑顔で、歴奈に語り続けている。 


「憧れの三国志の豪傑たちの強さにどうしても近づきたくて、努力して、歴史の研究からもアプローチを試みている。だけど、三国志の豪傑たちの強さは雲の彼方のように遠く果てしない。私だって全然駄目。君の弓道と同じ」


 歴奈は反応に困って固まっていた。


 不意に伏見がはっとし、握っていた歴奈の手を離した。


 そして両手で顔を覆った。数秒後に手を外すと、伏見は眠そうな表情に戻っていた。


「ごめん。はしゃぎすぎた。歴奈が私と同じ志の持ち主だと分かって、つい」


 声も眠そうなものに戻っている。歴奈は、伏見の豹変ぶりに言葉を失っていた。


 伏見が部室に近づき、挿さっていた鍵を引き抜いて戸を開けた。


「同志歴奈。ヒア・ウィ・ゴー」


 伏見が伸ばした手を部室に向けて中に入るように促している。


「あ、はい。どうも、失礼します」


 歴奈は伏見の前をすごすごと歩き、部室に入った。


 同志と言われても、歴奈には困惑しかなかった。


 歴奈が弓道をやっていたのはわずかに半年。それも週に二回程度だ。

 さらには試合への出場経験や昇級昇段の審査を受けた経験はゼロ。伏見とは比べ物にならない。


 それに実績だけでなく、練習態度についても褒められたものではなかった。


 弓道は『一射絶命(いっしゃぜつめい)』、つまり矢を一本射つことに集中して、すべてを込める、雑念を捨てるという境地を目指す。


 だが歴奈は練習中に集中力が無くなってくると、黄忠の矢を放つ名場面を思い浮かべ、自分が黄忠になったような妄想をしながらやり過ごしていた。


 つまり歴奈が三国志の豪傑のことを考えていたのは、手抜きの練習をしていたときだ。


 三国志の豪傑に憧れて、努力、実績を積み重ねてきた伏見とは天地の開きがある。


 しかし、歴奈を同志と思い込んで三国志の豪傑への憧れを熱く語った伏見に、おいそれと自分は違うなどと言えるものではなかった。


 否定したあとの反応が怖い。


 歴奈は密かに、黙秘することを決心した。

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