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黒歴史研究部へようこそ  作者: 青帯
■見学編
2/20

第一話 黒の似合う人 前編


 四月六日。土曜。


 歴奈が階段を上り切ると、正面の開いている窓から海が見えた。


 無人の廊下を横切って窓に近づき、下枠に手を置いて外を眺めた。

 この中央棟校舎の最上階四階からは、防風林の向こうの景色も見渡せるようだ。


 港町と言われることの多いここ清海市(せいかいし)で生まれてからずっと暮らしてはいるが、こうやって軽河湾(かるがわん)を眺める機会はそこまで多くはない。


 軽河湾の海面は、日の光を照らして輝いている。

 その向こう岸の遠い陸地が、青白いシルエットのようにうっすらと見えていることに気付いた。


 不意に、針で刺されたように胸が痛んだ。


 中学生の頃にも、この学校に近い砂浜から軽河湾を眺めた。


 今となっては切ない思い出だ。それでも毎日のように脳裏をよぎる。

 心に風穴が空いた記憶や、嫌で仕方がなかったあの頃の自分のことも――。


 頭を振ってそれを遠ざけようとした。できることなら思い出したくない。


 気分を変えようとして自分の服装のことを考えた。


 着ている潮乃音高校指定のセーラー服はおろしたてだ。セーラー襟も白いデザインでスカーフはつけない。下は黒いスカートだ。

 セーラー服の上だけは白黒の二種類から自由に選べるが、大半の女子生徒は歴奈と同じ白にしているようだった。


 右肩を動かしてネイビーのスクールバッグの位置を整えつつ、窓から離れた。


 ここに来たのは景色を眺めるためではない。目的は、歴史研究部の下見だ。


 先ほど配られた部活動に関するプリントには、部活名とそれぞれの活動場所と活動日の一覧、それにキリトリ線で区切られた入部届が印刷されていた。


 プリントを配ったクラス担任の先生からは、来週から部活体験期間が始まること、体験期間が終わると入部を締め切る部もあること、入部届は各部ではなく担任の自分に提出することなどの説明を受けていた。

 それに部活紹介の集会の類は無いことも聞かされた。


 歴奈は以前から歴史研究部への入部を検討しているが、具体的にどんな活動をするのか、まだ分かっていない。プリントにも、各部の活動内容は特に記載されていなかった。


 しかも他の部と違って、歴史研究部の活動日の欄は空欄になっていた。

 もしかすると土曜日が活動日かもしれないと思って様子を見に来たところだ。


 正午を回ったくらいの時間だが、すでに放課後だ。午前だけの授業も帰りのホームルームも終わっている。活動日なら、おそらく部室に人がいるだろう。


 歴史研究部の活動場所は、ここ中央棟四階の専用部室とプリントに書かれていた。


 中央棟は全校生徒の教室がある教室棟とは別の校舎だ。一階に職員室、保健室、図書室などがあり、上の階は特別教室や文化部の専用部室として使われているらしい。


 廊下を見渡した。階段から見て左側に廊下は伸びている。歴奈以外には誰もいない。


 窓側に部屋はなく、階段側にだけ部室が並んでいる。各部屋には廊下に突き出す角度でプレートが設置されており、映画部、書道部などの文字で部室だと分かる。


 階段の右側に視線を移すと、すぐ先の突き当たりに一つだけ部屋があった。


 引き戸上枠部に貼られた白地のプレートに、歴史研究部という横向き印刷の黒い文字が見える。探していた歴史研究部の部室は、思ったより近くにあったようだ。


 近くまで行ってみた。引き戸は閉じられている。左側の戸にだけ四角い窓があるが、内側にカーテンが掛けられていて中は見えない。今日は外から眺めるだけのつもりだったので少し迷ったが、一応、呼び掛けてみることにした。


 深呼吸をして、窓側の左の戸をノックしてみた。少し待ったが反応はない。戸に手を掛けみても、鍵が掛かっていて動かない。今日は休みで誰もいないようだ。


 窓の向こうのカーテンが微かに揺れたようにも見えたが、気のせいだろう。


 無駄足だった。引き戸の前に立ったまま、そう思った。


 それだけではない。窓から景色を眺めたことで、あの頃のことを思い出してしまった。


 歴奈は、また嫌な記憶が頭の中に広がっていくのを感じていた。


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 その記憶に囚われていたために、すぐには気付かなかった。

 目の前に、女子生徒が現れていたことに。


 ガラス窓を挟んではいても、かなり近い距離に顔がある。

 女子生徒が歴奈のことを見つめている。


 決して威圧的な睨みつけるような視線ではないのに、なぜか怖い。


 心の底に秘めたあのことさえも、女子生徒の瞳に映ってしまっているのではないか。


 もしかしたら、その黒い瞳に吸い込まれてしまうのではないか。


 怖さと同時に、どこか幻想的な感覚が、歴奈を満たしていた。


 ■■■■■■■■■■■■■■■■

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