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黒歴史研究部へようこそ  作者: 黄帯
■見学編
13/20

第十二話 歴史研究部 後編


 大黒が歴史研究部の説明を始めた。


 部長は大黒夜宵。副部長は伏見ドラゴ。

 部員は、二年生のその二人だけなのだという。


 顧問の先生は全くと言っていいほど部室には来ないらしく、活動する曜日は固定しないで二人の都合に合わせているとのことだ。


 プリントの活動日に記載が無かったのはそのためらしい。歴奈が入部した場合も、好きな日に無理のない範囲で出席してくれればいいと言ってくれた。


 伏見の言っていた通り、研究する歴史の時代や国は自由。


 ただし漠然と調べ物をしているだけではなく、毎月『歴史研究新聞』を作成して学校の掲示板に掲載している。今は大黒と伏見が交互に作成しているらしい。


 それもテーマは自由だが、入部した場合、歴奈も作成に加わって欲しいとのことだった。


 また、『高校生歴史レポートグランプリ』というコンクールに応募するためにレポートを作成する。これは年に一度らしい。締め切りは五月半ば。

 大黒と伏見は一年生のときにも提出したそうだが、期間的に厳しいので二年生からでもいいとのことだ。


 そして秋には潮乃音高校の文化祭がある。去年は映画部や他の部と協力して三国志の短編動画を作成して公開したそうだ。さきほど伏見と一緒に見たものだ。


 歴史のレポートなどを展示してもあまり集客は見込めないという判断で動画上映にしたとのことだった。


「――と、こんなところかしら」


「良く分かりました。ありがとうございます」


「一服しよう。お茶の用意、できた」


 伏見が湯気の立つマグカップを運んできてくれた。


 ティータイムになった。伏見は大黒の隣、歴奈から見て左斜向かいの席に座っている。


「わざわざありがとうございます。伏見先輩」


「気にしないで。部活の時はいつもお茶を入れる。それと、伏見じゃなくてドラゴでいい」


「あっ、はい。フシ――、ドラゴ先輩」


「歴奈と名前で呼んでいるけど、嫌じゃない?」


「嬉しいです」


 多少クセがあるようだが、ドラゴは三国志好きの素敵な優しい先輩だ。下の名前で呼び合えるなら大歓迎だった。


 同志という誤解が解けた後も同じようにしてくれるのかは少し不安だが、大黒から聞いた話からすると大丈夫そうだ。


「私たちの呼び方も、夜宵、歴奈でいいかしら?」


 大黒が微笑みながら訊ねてきた。


「はい。――夜宵先輩」


 下の名前で呼ぶと、夜宵が満足そうにうなずいた。


 ドラゴが少し意外そうな顔をした気がした。


 夜宵はドラゴの様子に気付かなかったのか、黒いマグカップを口に運び始めた。


「ティーパックの安物のお茶でも、部室で飲むとなんだか美味しいのよね」


「コーヒーも」


 ドラゴも灰色のマグカップに口を付けている。


 歴奈は、紅茶の入った黄色いマグカップに軽く触れてじっくりと眺めた。

 外だけでなく内側も黄色で塗装されている。

 夜宵、ドラゴと色違いだが同じデザインのようだ。


「紅茶はどう? 私はコーヒーのブラックしか飲まないし、夜宵はいつも緑茶だから、砂糖の加減は微妙かも」


 歴奈は、マグカップを持って紅茶に口を付けた。


「美味しいです、ドラゴ先輩」


「良かった」


 美味しいと感じるのは、歴奈を歓迎して出してくれたからなのかもしれないと思った。


 もう一口飲んで再びマグカップを眺めた。何となく惹かれてしまう。


「私たちが使ってるマグカップ、全部夜宵が作った」


「えっ、ホントですか?」


「私、陶芸が趣味でね。色々作っているの」


「素敵です。可愛いマグカップだって思っていました」


「照れちゃうな」


 夜宵が口元を手で隠すような仕草をした。


 ドラゴが部室の一角を指差した。スチール書棚のあたりだ。

 指は上方向、天板のあたりに向けられている。そこにあるのは、火焔型土器や埴輪だ。


「あの埴輪や火焔型土器も、夜宵作」


「びっくりです」


 埴輪はまだしも、複雑な模様の火焔型土器は明らかに手間のかかったものだ。


「資料を見ながら、真似をして作っちゃった。私ね、文字のない時代の出土品とかが好きなの。想像の余地が残っているからかな」


「なるほど。夜宵先輩は、考古学の対象になるような古代史がお好きなんですね」


「他にも割と平和な、平安時代とか江戸時代の暮らしや文化について調べるのも好きかな」


 おっとりとしている夜宵には、戦史や政治史よりも、文化史の研究の方が似合っているかもしれないと思った。


「そういえば、せっかく歴奈が見学に来てくれたのに、言ってなかったかな」


「はい?」


「歴史研究部へようこそ」


 夜宵が小首を傾げながら言った言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴ったように感じた。


「歓迎する」


 ドラゴが左手の親指を立てた。もう一度、胸の鼓動が聞こえた気がした。


 その後も、お茶を楽しみながら歴史トークに花を咲かせた。


 夜宵の語る文化史、ドラゴの三国志談義、どちらも面白かった。


 歴奈の好きな歴史についても訊ねられたので、戦国時代、幕末、三国志が好きなことや、それらを題材にした好きな歴史小説について話したりした。


 二人とも興味深そうに耳を傾けてくれた。楽しかった。幸せだと感じた。


 服装について訊ねてみると、夜宵は黒のロングカーディガン、ドラゴは灰色のスポーツウェアが気に入っているらしく、スペアがあって毎日同じ格好とのことだった。


 改めて向かいの席の二人を見た。特別着飾っているわけでもないのに華やかさを感じる。


 タイプは違うがどちらも美人だ。しかも見た目だけでなく、陶芸やスポーツという自分の趣味を持ってもいる。


 それなのに気取ったところもなく、地味でぱっとしない歴奈にも気さくで優しい。下の名前で呼び合ってもいる。


 夜宵とドラゴが、新入部員があまり入らないかもしれないと心配を始めた。


 それも悪くないかもしれない。尊敬できる素敵な先輩たちを独り占めできる。


 歴史研究部に入部したい。


 歴奈は、そう思い始めていた。

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