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大奥~牡丹の綻び~  作者: 翔子
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最終章 余生

 予想だにしなかった江戸城の火災によって、新政府はひと月後の退去に十日の猶予を与えた。各々荷造りを急ぐが、所持品が焼かれてしまった者にとってはそう時は掛からず、荷造りを終えた者から実家や郷へ帰ることが許された。


 正子の葬儀は小規模で執り行われ、遺骸は先代将軍・家正の眠る芝の増上寺に側室格上臈扱の身分で葬られた。深篤院(しんとくいん)は深い悲しみに暮れる暇もなく、女中たちの荷造りの手伝いをしたり、怪我人の見舞いをしながら忙しく過ごすことに専念した。


 家孝(いえたか)は祖母の心中を察して休息するよう進言して来たが、それでもなお、自身の身体に鞭を打って、家臣にこれからの事を念押しするなどして、深篤院は徳川の為に出来る限りの最後の仕事をこなしたのだった。


 そして、徳川家孝、紀代子、側室、御世継ぎ、西条やその他付き従う奥女中たちは千駄ヶ谷町にある【徳川邸】へと引っ越した。その行列は大名行列の様に豪華なものではなく、あくまで目立たないように質素に抑えられた。


万和(ばんな)十二年(1937)九月十日


 三百三十四年間、徳川氏が居城とした【江戸城】が新政府の薩長土任官の手によって開城された。その翌日には【尊皇倒幕】派が江戸城の西之丸に新政府を築き、帝が江戸へと遷都して来られた。


 地名も江戸から【東京】に変わり、元号も一新された。〈天下は明るい方向に向かって治まる〉という易経(えききょう)からの言葉を取って【明治】と改元し、内々に宣明された。


────────────────────


 徳川邸へ移る前、家孝は深篤院に話があると言って訪ねた。


義母上(ははうえ)、都へお帰り下さいませ」


 思ってもみなかったことを言われ、深篤院は驚いた。急いでその言葉を拒否した、


「何を申しておる……私は、この命が潰えるまで徳川を護りたいと念じておる。これが私の望みなのじゃ」


「義母上がご懸念されておられるのは奥向の差配でございましょう? 世継ぎたる竹千代はすくすくと育ってございます故、安堵してくだされているかと存じます。ならば、奥向の差配についてもご案じめさるな。西条もおりますし、それに──」家孝は隣に座る紀代子を慈しむように見つめた。「紀代子もおりまする。いずれ、我々の子も儲けようと考えております」


 深篤院は思わず唇を緩めた。この短い間に二人は心を通わせてくれたと嬉しくなった。


「ですからご安心ください。私たちは大丈夫です。よってご家族がおいでの鷹司へお戻り、そこでゆっくり安んじでお暮しください。もし江戸においでの時はいつでも頼りにしてくださいませ」


「義母上」紀代子が深篤院に呼びかけた。「義母上に救われたこの命、大事に使いまする。徳川の事はお任せ下さりませ」


 御台所の頃とは違いその表情は、家孝の妻として、そして奥向を差配して行こうという強い覚悟が感じられた。


 その後、家孝は勅諚に書かれた約定を守り抜き、先々代の犯した罪を償って行った。五年後には帝に拝謁を赦されると、滞ることの無かった返済の功績を称えられ、後に作られた華族制度では公爵に叙された。

 紀代子との間には二男二女、側室ともさらに女児を儲け、千駄ヶ谷徳川邸は大所帯となったのだという。

 

────────────────────


 一行を見送って後、深篤院は家正・家英・徳松・龍岡・正子の位牌を携え、侍女として連れ添った中川と共に京都の鷹司家へと帰っていた。

 都は荒廃さを極め、行く先々で浮浪者が多くなったように感じた。駕籠に乗って来たので危害が及ぶことはなかったものの、駕籠の傍らに歩く中川が幾度も怒声を浴びせかけ、金をせびる者たちを払い除けてくれていた。


 この頃、鷹司家では正子と亡き夫の忘れ形見である、三男・鶴松が周輔(ちかすけ)と名を改めており、当主として鷹司家を継いでいる。

 後見人として大奥から同行した、次姉・佐登子は三年前に急な病で亡くなっていた。そのことを知らされたのは、開城の三日前のことだった。

 正子を亡くした悲しみに更なる大打撃を被ったが、母・淑子が、八十にして未だ健在であり、孫の周輔を支えてくれていると知ると、救われる思いだった。


「お互い、歳を取ったのう……」


 そう言ったのは淑子だった。


 重そうに袿を翻しながら深篤院と中川に茶を出してくれた。腰は曲がり、髪は真っ白になっていたがはきはきとした口調に安心させられた。深篤院が変わりに盆を持ってあげ、座るよう促してから母に身体を向けた。三十六年ぶりの再会を果たせるとは思いもよらず、目頭が熱くなった、


「お元気そうで何よりでございます……おたあさん」


 娘の優しい気遣いに淑子は微笑んで頷いた。


「中川さんと仰いましたかえ? どうぞどうぞ、ごゆるりとお暮しならしゃられませね」


 深篤院の後ろに控えていた中川が淑子に名指しで呼ばれ、きびきびと両手を付いた、


「不肖、中川……ご迷惑になりませぬようお手伝いさせて戴く所存にございまする。どうか、よろしくお願い申し上げ奉ります!」


「これこれ中川、余り堅うならずに。ここは大奥ではないのだぞ」


 しかつめらしい挨拶に深篤院が諫めると、中川は頬を赤らめて俯いた。淑子はその様子を見て、くすっと笑い、深篤院も後に続いて相好を崩した。

 久しぶりにこうして穏やかな時が過ごせていることに、改めて都に帰れてよかったと思った。


 時代が変わって、将軍子息が当主という事で修繕が加えられた鷹司屋敷は新たに生まれかわり、かつての面影はなくなってた。だが、廊下から見える庭や濡縁の柱はそのままで懐かしかった。この濡縁は十八の時、祖母万寿子(ますこ)と共に語り合ったあの場所だった。


 祖母と父、そして次姉の位牌に手を合わせに仏間に入ると、先客がいた。深篤院がゆっくりと近づくと、衣擦れの音に気付いたのかゆっくりとこちらを振り返った。思わず足が止まった。家正が迎えに来たのかと思ってしまったのだ。子であるから当然といえば当然だが、驚くほどにそっくりであったのだ。


「叔母上様」


 鷹司周輔が(しとね)から退いて、恭しく頭を下げた。深篤院は慌てて傍に駆け寄り、頭を上げる様に言った、


「これこれ、面を上げよ……私はもはや頭を下げられるほど、大それた身ではないのや」


 当主である周輔に頭を下げられてはこの先、居心地がよくない。周輔はゆっくりと顔を上げ、こちらを見つめた。その瞳は、ますます家正に生き写しに思えた。声は違えど、深篤院は胸が動きそうになるのを必死に抑えた。


「母上様に手を合わされていたのですか?」


 気を取り持ち、隣に座って訊ねると周輔は正子の位牌をもの悲しそうに見つめた、


「はい。せっかく会えると思って楽しみにしておりましたのに、まさか亡くなられたなんて……。顔も覚えていませなんだ故、どのような御方か存ぜぬまま死に別れるなど……余りに辛うございます」

 

 数刻前、鷹司家の屋敷に帰って来た折、すぐさま仏間に立ち寄って正子と龍岡の位牌を安置した。帰りたくても帰れなかった二人をようやく、鷹司家の屋敷に帰すことが出来、深篤院自身も申し訳なさと同時に安堵したのだった。


「そなたの母上様は……立派なご最後じゃった。最後の最後まで、大奥総取締として逃げ遅れた女中を助け、火に巻かれた。姉上らしいと思うておる。されど──」


 深篤院は正子の最後の有様を思い出して涙ぐみ、言葉が詰まった。周輔はそっと近づいて肩を優しく摩ってくれた、


「お辛かったでしょうね……」


 慰めてくれるその言葉に深篤院は涙が溢れて止まらなかった。しばらくして収まり、甥を見つめた、


「私が母上様の代わりが務まるかは分からぬが、出来る限りのことをしたい思うておる。頼りないかもしれぬがのう……」


「何を仰います。こちらこそ、宜しくお願い致します」


 無邪気に笑って言う周輔を深篤院はさらに愛おしく思え、心が温かくなった。


────────────────────


 三カ月後、京都に残る摂家の公家衆に東京への召集命令が下された。〈尊皇倒幕〉派では無い多くの公家も新政府に迎えられる事になったのだ。その報せを聞いた深篤院は不満を吐露した、


「寂しゅうなるのう。せっかくそなたと共に過ごせると思うておったのに」


「何も、一生を(あずま)に縛られるわけではありませんでしょう。折を見て、都に帰って参ります。東京が生まれ故郷だとしても、祖母様と叔母上様が私にとって、たった二人の家族なのですから」


「嬉しいことを申すなぁ」


「生い先短いこの婆を忘れるでないぞ? 周輔や」


「もちろんにございます」


 三人一緒で夕餉を共にした後、しばしの別れの挨拶を交わした。 


 やがて、京の鷹司屋敷は周輔の強い要望で深篤院が主代理として治め、東京の方を下屋敷とすることが新政府によって許可された。数週間経って、東京に向かった周輔から、毎月の決められた日には京都に帰れる、と手紙が届けられ、淑子と共に大いに喜んだ。


 深篤院は京の町を中川と共に散歩するのが日課となっていた。


 帝がご不在となった都は、荒れ果ててはいたものの寺社仏閣は健在であった。それに新政府は、治安維持を図るため、邏卒(らそつ)と呼ばれる兵を各地に導入した。それによって残る民たちの平和を守ることが出来、生活を営むことが可能となった。もう、通りに鎮座する浮浪者を気にする必要もなくなったのだ。


「ここがお方様のお生まれになった都でございますか……」


 清水寺、二条城、東本願寺、高台寺など廻りながら中川が呟いた。当主の周輔がいた頃は、屋敷の女中として詰めていたため町を散策するのを遠慮していたが、周輔が東京へ行ってしばらく、深篤院が強引に連れ出したのだ。三カ月間京都に滞在して初めて、街へ繰り出したのだった。


「こないに静かではなかったのやが、御上(おかみ)が江戸へお下り遊ばされて、京の民らは大いに反対しておったそうやな……」


 深篤院はここしばらく、一気に歳を取った様な話し方になっていた。まだ五十五の歳ではあるが、数多の哀しみ、辛さ苦さを経験し、また、徳川家という強大な責務から離れた事によって、深篤院の芯の強さは失われつつあった。


「お方様? もう江戸ではありませぬよ?」


 中川が優しく訂正した、


「そやったかのう?」


()()()()()と呼ぶそうにございます。帝が東に(みやこ)を置かれた故、東京……と」


「そうか……そうであったのう」


 歩いてるうちに茶屋が見つかり、二人は休息を取る事にした。


 眼前には鴨川が流れており、美しかった。徳川に嫁いでから三十六年、いままで京都へは帰れぬものと思っていた深篤院の気持ちは、ここでようやく背徳感から安堵へと帰した。


 中川が注文し終えた後、深篤院の元に戻ってしばらく語り合った。やがて、注文したものが背中の曲がった年老いた女性の手によってのそのそと運ばれて来た、


「おまたせさん───」


 女性の言葉が止まり、深篤院は訝しげに顔を上げた。


「あなたさんは……」


 その老女の顔をよく見ると深篤院は思わず声を上げた、


「そなたは……篠田か!?」


 その老女は、正子の乳母を務めた、篠田だった。


 二十五年前、父・周煕が自害し淑子と正子が九条家へ越した折に、伯父の九条道秀(くじょうみちひで)によって暇を出されたと正子から聞いていた。思わぬ再会に喜んだ二人は、隣に座らせ懐かしんだ。中川は気を遣ってひとつ隣の席に移った。


「京へ戻られたんどすねぇ。いやはや……面影が正子さんそっくりであらしゃったので、わてびっくりしおしたわ」


 深篤院は思わず頬が緩んだ。いくら皺が刻まれたとはいえ、その話し方は記憶に微かに残る鷹司の頃と変わらなかった。菓子を一摘みし、茶を啜ってから深篤院は訊いた、


「ずっと、この茶屋で奉公しておったのか?」


 篠田は勢いよく手を振った、


「奉公だなんてそないな。二十年ぐらい前に店を持ったんどす。養子を迎えて、今はその子と嫁が継いでくれてはります」


 そう言いながら前方を見つめた。夫婦であろう男女がせっせと客に菓子と茶を提供している。篠田の言う、養子とその嫁だろうか。


「なんせこの歳、休んでばっかりおりますとな、体調が悪うなる一方で……店先に立ってたほうが楽なんどす」


 篠田の話を聞いて、どれほど苦労をしたのかと考えると(いたわ)しい気持ちがしたが、篠田の顔はどこか清々しく、一人の自立した女に見えて少し羨ましくさえ思った。あえて深篤院は九条家から暇を出された後の事は訊かないでおこうと決めた。


「そういえば、正子さんはどないしてはりますのえ? 一緒ではあらへんのどすか?」


 辺りを見渡しながら篠田が訊いた。正子の事について触れるであろうと予想していただけに、心臓が強く波打った。隠したとて何になるものでもないと思った深篤院は、素直に打ち明けた。

 大奥に入った事、鷹司家の再興のため将軍との子を宿しその子は現在、鷹司の当主として東京にいる事。更には大奥総取締として大奥を統制し直し、その最後は女中を救って死んでいった事。


 所々、言葉が詰まりかけたが深篤院はしっかりと最後まで話して聞かせた。


 深篤院は茶を一口飲むと、篠田は悲し気な表情になり顎を引いた、


「左様どすか……お逢いしとうございましたなぁ。私よりも先に逝かはるなんて……ひどおすなぁ」


 肩を震わせて篠田は静かに涙を流した。哀れに思った深篤院は優しく肩に手をやった、


「そなたが大奥に入ったなら、姉上はどれほど心強かったことか。すまないことであった」


「いいえ、藤子さんのせいやあらしまへん。あたしが決めたんどす。長らく鷹司家に世話になった身、九条家なんか入りとうなかったんどす。現に、御前さんのお兄さんは、行けずさんな方どしたわぁ」


 深篤院は思わず飲んでいた茶を吹き出しそうになった、


「そなた、よう言うたな?」


「まことです」


 篠田はしたり顔でそう言った。


 その後、二人は日が暮れるまで昔語りをした。時に笑い、時に涙しながら在りし日の思い出を振り返った。かつて同じ屋根の下に住まいながら、なぜか敬遠し、話す事も無かったはずだのに今は友のように話している。時代が変わったことを深篤院は痛感した。


「そろそろ帰るとするかのう」


 橙色の空を目の端で捉えながら、深篤院が言った。すると様子を見守っていた中川がすっくと立ちあがり、出発の準備を始めた。

 ゆっくりと腰を叩きながら立ち上がる篠田を支えるとこちらを見つめて「おおきに。またおいでなさいませ」と寂しそうに言った。


「おう。また来るぞ、必ずな。そなたも鷹司の邸に参るが良い」


 はい、と応えるのへ、深篤院は巾着から金子を取り出そうとした。しかし、篠田はその手を抑えて、


「藤子さん?」と名を呼ばれた。顔を近付かせ、「何じゃ?」と問うた。


「藤子さんは生きてくれなされ……」


 懇願するように言われ、深篤院は思わず目を瞬かせた。


「正子さんと佐登子さんの分も……宮さん方が生きはった証を残すためにもなぁ……」


 言葉の意図が掴めなかったが、深篤院は篠田に微笑みかけ「分かった」と応えた。


────────────────────


鷹司家 ───────


 夜、濡縁から見える都の月を眺めながら深篤院は、篠田と昔語りをしたのをきっかけに江戸での日々を振り返った。

 祖母から受けた厳しくも愛ある教育。江戸へ向かう長い旅路を信頼する乳母と共に向かった幾日、夫・家正との最愛、そして、生まれた五つの愛の(かたち)……。


 幸福ばかりの人生とは言えなかったが、数ある苦しみの中でも家族の力を借りて立ち上がれた事に、順風満帆な人生であったと満足できると胸張って言える。月が雲に隠れると、途端に身体が震え出した。何か羽織るもの、と立ち上がろうとすると後ろからそっと袿を掛けられた。


「叔母上」


 振り返ると周輔だった。今朝方から東京からの初めての帰還を果たしていたのだった。


「周輔か。眠れぬのか?」


「叔母上こそ、ここで何を── わあ、月が綺麗ですなあ」


 深篤院の傍に座って身を乗り出し、空を眺めると無邪気に声を上げた。雲に隠れたのが一瞬で、寒空に輝く満月が二人を照らした。当主として立派な姿を思うと、途端に子供のようになる周輔に、思わず笑ってしまった。すると周輔はきょとんとした顔で首を傾げた。


「そなたが余りにも可愛らしいと思うてな」


 首に手を回して照れくさそうにする周輔に深篤院は微笑みが絶えなかった。


 この所、家正のことを思い出す。夢の中でも、記憶の中でも……変わらぬ目つきで微笑んでくれる。深篤院はそろそろこの人生の潮時なのかもしれないと感じた。


「叔母上、どうかなさいました?」

 

 急に悲しそうな眼差しで見て来る叔母を、周輔は困惑した表情で訊ねた。はっとした深篤院は小さく咳払いをした、


「なんでもない。あ、いや……そなたの父上の事を思い出してのう」


「十七代将軍・徳川家正公。未だに信じられません、私が征夷大将軍の子だなんて」


「誇り高く、愛ある御方やった。子らのことを第一に思い、慈しんでくれはった。そなたを徳川から鷹司へ養子に出すこと、初めは惜しがっておったのだぞ?」


「左様でしたか。──あ、叔母上、今度は私の姉上たちの話をしてくださいませ。今はどちらにおいでなのですか?」


 東京への招集命令が下る前、周輔は江戸城での事や祖父・周煕がいた鷹司家の話を聞かせるようせがんだ。深篤院は余すことなく語ってあげた。以前、三人の姉たちの事を話す約束をしていたのを思い出した、


「江戸──いや、今は東京やったな、東京の邸に住んでおるぞ。三人の夫殿は新政府に雇われ、娘たちは結束して【婦人会】なるものを開こうとしておるらしい。徳川宗家の邸にも出入りしているとか」


「どのような方たちなのですか?」


「長女の豊子はしっかり者でちょっぴり頑固屋さんや。次女の敏子(すみこ)は楽観的というかのう、でも、姉と妹を大事に思う優しい子や。そして三女の順子(あやこ)はこれが、ほわほわっとしておってのう」


「ほわほわ?」


「何を考えておるのか分からん子やったわ。しかし、今の保科家の財政難の窮地を救うたのは順子だと聞いた。心の奥底で何かしらの力を隠し持っておったのやもしれんなぁ」


 三人の娘の顔を思い出しながら、会いたい思いに駆られた。しかし、今や三人は立派な家の妻。むやみやたらに甘えるのは行けないと深篤院は考え、今度はこちらから手紙でも書こうと思い立った。

 ふと周輔を見やると、何やら考え事でもしているように押し黙っていた、


「周輔、どないしたんえ? 眠うなったんか」


「あ、いいえ……」少し悩んでから周輔は口を開いた「叔母上。その話、書き下してみてはいかがですか?」


「書き下す? 何をや」


「今のお話……いいえ、叔母上が江戸城に入るまでの物語や、〈尊皇倒幕〉派の動きなども書いてみるのです。どう徳川幕府が滅んでしまったのかも。もちろん、それだけでは面白うないので、普段の生活を赤裸々に書くのもよいかと」


「せやけど、あたしは筆下手やで? 書くのにも時間が掛かる──」


「なら、私も手伝います。東京と都を行き来できるのは私ぐらいしかおりませんし、何かの資料をご所望なら私が取り寄せます。なに、新政府に疑われたとて「都者ゆえ東京のことを知りたい」と言えば済むこと」


 深篤院は迷った。


 大奥のことを一切口外してはならない決まりだ。女中たちは奉公に入る前に血判を捺している。それは御台所とて例外ではない。

 しかし、考えてみれば、本来江戸城大奥から出る事が許されていなかった大御台所が、新たな時代が訪れたおかげで、自由に町を歩く事が出来、貧しくも縛られる事のない生活を送る事が出来るようになった。


 篠田が言ったように、姉たちがこの世に生きた証を残す事が出来るのではないか。そう思った。


 深篤院は甥の薦めを受け入れ「書いてみる」と頷いた。


 それからは日がな一日、文机の前に座る日々を送った。


 記憶を遡ることは難儀であったが、母に昔の事を訊ねたり、茶屋に足繁く通って篠田にも話を聞いて記憶の断片を繋ぎ合わせた。大奥については、中川にも取材した。御台所であった自分が知り得なかった女中の内情が分かり、詳細に書くことが出来た。 


 書き進める内に、色んな人の思いを背負っていると感じた── 万寿子(ますこ)、鷹司周煕、龍岡、松岡、東崎、近衛泰子、家英、徳松、家正……そして、正子と佐登子。

 筆を走らせ続けながら、あの頃へ飛び戻った。時に微笑み、時に涙を滲ませながら思いを書き連ねた。やがて五年の月日をかけてようやく完成した。


 そして───、


 明治六年(1943)、鷹司藤子はこの世を去った。享年六十。


 鷹司藤子の思いは死後、甥の周輔の手によって、多くの者たちに読み継がれた。市民たちにとっては知られざる江戸城や公家の生活内情、藤子の歩んで参った武勇伝は世に、国中に示されたのであった。


 死後十年が経つと、周輔は叔母の死と功績に敬意を表し、従二位を追贈した。


 京から遠く離れた慣れぬ江戸での暮らしを三十数年間過ごし、愛する人と共に辛くとも幸福な時を過ごす事が出来た。多くの身近な人々の死を経験し、悲しみに暮れ陥っても藤子は立ち上がり続けた。


 藤子を支えたのは、家族の愛、そのものであった。




 大奥~牡丹の綻び~ 完


中学生の頃にとある時代劇と出会ったのがきっかけで、【大奥】の世界観に惚れこみました。

この作品もちょうど同じ時期か高校生の頃に構成を練った思い入れの作品です。


いつの日かこの作品が、映像化してくれたら…という淡い夢を頂きながら2020年ごろから他サイトで書き上げました。


史実とフィクションを織り交ぜながら、実際の大奥の美しさや暗さ、登場人物たちの葛藤とそれぞれが抱える思いを描き切れたのではないかなと自負しております。


拙文でありながら最後まで呼んで頂けたら嬉しいです。


ありがとうございました。

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