スマホが圏外なので異世界無双はムリそうですね。
「女神の私は優しいのであなたを転生させてあげます」
手紙はこのように始まっていた。
「是非とも異世界で最強を目指して生きていってください。さらに今だけ、転生の特典としてスマホもセットにしてあげます。このスマホはいわば魔法少女のステッキのような無敵になれるアイテムなので、絶対になくさないように」
型落ちだった。画面にはヒビが入っている。リサイクルショップが買い取り拒否したものを押し付けられた感じが半端ない。
電源をいれる。ロゴが表示されて暗転すること約一分、ようやく起動したスマホは、圏外だった。
「ちなみに圏外の場合、スマホは使えませんので、必ず電波状況が安定した場所で使ってください。ダンジョンなどもっての他です。では、俺TUEEE異世界ライフをお楽しみに!」
詰んだ。
町外れにいたと言うのもあって、モンスターに襲われる前になんとか町に逃げ込めた。
スマホはうんともすんとも言わない。オフラインの機能が使えるが、使ってもモンスターを倒すことはできないと思う。自撮りをしてる間に死ねる。
さて、無事に役立たずとなったゴミであるが、裏を返せば、これをオンラインにさえできれば、転生特典は十二分に活用できると言うことだ。
圏外。このくそいまいましい漢字を消すためにはどうすりゃいいのか。
どこかで一杯コーラでも飲みながら知恵を絞りたいところだが文無しである。町で享受できるのは最低限の平和だけ。
さてどうしよう。このがらくたをうっぱらってやろうか。
圏外。がらくたと化したスマホ。
文無し。売るか?
資産価値さえなさそう。
どうしよう。
空をあおぐ。ムカつくくらい青い空が広がっている。
そういえば死ぬ直前の記憶も青い空だったなあと思い出す。青信号。横断歩道を堂々歩いているところを撥ね飛ばされた気がする。
最終的に空を見上げる力もなくなって視線は地を這ってたんだけど、と思い出に浸っている矢先、空が翳った。
地響きのような唸りとともに、大きな影が都市を覆う。
次の瞬間、スマホの画面から一瞬だけ「圏外」の文字が消えた。
スマホを二度見し、再び空を見上げる。尾根の向こうに消える巨体と、こちらに向かって飛んでくる水瓶。
……みずがめ?
「ご、ごめんなさいっ!」
直後額に激痛が走り、破片が散弾のように体を打つ。ひっくり返る体に、いれものから解放された水が降り注ぐ。
濡れ鼠になった俺に、いかにも町娘と言った風貌の少女が駆け寄ってきた。
「さっきはすみません。お父さんの服、ぴったりだといいんですけれど」
少女の名をアスカと言った。おさげの少女だが、髪の色はオレンジだ。まさに異世界である。
機能性重視のもんぺのような服の上から、少し黄ばんだ白いエプロンが映える。
「ところで、見慣れない服でしたけれど、勝手に洗ってもよかったのですか?その、もしかしたら、とても高級な服だったとか……」
「いや、構わないよ」
袖を通してみて気づく肌触りの違い。木製の椅子も、家のそれとは全く異なる。部屋は広く感じるが、それは家具が少ないからだろう。
「はぁ……お客さんにはご迷惑をお掛けしちゃうし、水瓶は割っちゃうし、井戸の水はぶちまけちゃうし……あの黒龍はまさしく悪の使いですね」
「うん、黒龍?」
「お客さんも見たでしょう?空を我が物顔で行く、あの大きな龍。あたしビックリしちゃって。それで手が滑っちゃって……」
アスカは落ち着かない様子で髪をいじる。沈黙が降りたのもあって、俺もじっと考えた。
先程のスマホの反応が偶然でなければ、あの龍はスマホの圏外という問題を解決する、重要な鍵となるかもしれない。
そして、それさえクリアしてしまえば、この先の旅の困難は大分解消する。
黒龍討伐。
俄に見えてきた希望に、少女に尋ねる。
「その黒龍というのは、やっぱり強いのかな?」
「そうでしょうね。龍は賢くて強くて、魔王の幹部として恐れられていますから。倒せるとなるとやはり、勇者のような選ばれた人じゃないと、ダメなんでしょうか……」
魔王がどれくらい強いか知らないけども、一つだけわかる。
あ、これ無理ゲーだわ。
黒龍倒してスマホ復活とか、現代っ子にはムリムリ。
どうしよう俺の異世界生活。
スマホで無双とか夢のまた夢じゃないですか。
スマホで無双は夢想でした、なんてくだらないギャグが脳裏に。
「あたしのおじいちゃん……となり町に住んでいたおじいちゃんも昔、龍に殺されちゃって……誰かに仇をうって欲しいんですけどね……無理ですよね……」
「おいさりげなく人を誘導しようとしてないかコラ」
服が乾くまでの条件付きで町をぶらつくこと一時間。
ギルドと思われる場所で、大規模な声掛けが行われていた。
「今こそ!冒険者と名乗るものはこれを見よ!あの悪逆無道なる黒龍の討伐隊を結成する!名を挙げ、真の勇者となるを望め!」
刷りたてのチラシを受けとり、考える。決断まで一瞬だった。
大勢でボコるなら、勝てるかもしれない、と。
二時間後。
そんなことを考えていた俺を殴りたい。
「これより、黒龍の討伐隊、略して黒龍討伐し隊、出陣する!」
人数、僅かに14人。
俺、防備、ジャケット。
武器はなし。徒手空拳。
はい、死にました。
ワンチャン黒龍の近くまでいけば電波が復活するかもしれないが、安定するとは思えない。
もう一度言う。死にました。
俺のスマートフォンは、異世界によって死にました。