ゴミ箱にコントロールよくゴミを投げ入れていく友人を見て、俺が「すごいなお前!」って言うだけの話
俺は友人の自宅アパートに遊びに来ていた。
バカ話をして、テレビゲームやって、漫画読んで、コーヒー飲んで、菓子食って、野郎二人で気ままな時間を楽しんだ。
すると突然、友人が言った。
「あそこにゴミ箱あるじゃん」
「うん」
部屋の隅には円筒状の高さ30センチほどの白いゴミ箱があった。
「あれがどうかしたのか?」
「俺は今から10回、今座ってる場所からあのゴミ箱にゴミを投げ入れようと思う」
「やればいいじゃん」
俺としてはこう答えるしかない。
友人はさらに続ける。
「しかも『もし一回でも外したら人類は滅ぶ』ってつもりで投げようと思う」
ああ、そういう遊びね、と俺は理解した。
ようするに、白い線以外を踏んだら地獄に落ちるつもりで横断歩道を歩くとか、まるでペットかなにかのつもりで小石を蹴って家まで届けるとか、ああいうことをやりたいのだろう。
子供の頃の記憶がよみがえる。
「面白いな、やってみろよ」
「じゃあ一回目は……これでいいか」
友人はさっきまでガムを噛んでいた。そのガムを吐いてくるんだ紙がテーブルの上にあった。これが最初の投げ入れるゴミに決まった。
友人はあぐらをかいた姿勢で、ゴミ箱に狙いを定める。距離は2メートルほどだろうか。難しい距離ではないが、絶対外さない距離とも言い難い。
「頼むぞ、人類の運命がかかってるんだから」
「おう」
友人はガムをくるんだ紙を投げた。ゴミ箱にストンと入った。俺は「やるぅ」と拍手してやった。
「じゃ、二投目いくか。なにかゴミ持ってないか?」
俺は自分の財布を覗いてみる。ちょうどレシートがあった。友人の家に行く前にお茶を買ったから、その時のやつだ。俺はそれを丸めると、友人に手渡す。
「二投目いくぞー!」
「いけー!」
テンションを上げての友人の二投目。丸められたレシートは見事にゴミ箱に入った。
友人は無言で拳を握り締め、俺も「ヒュ~」と囃し立てる。俺もだんだん楽しくなってきた。
「三投目は何でいこうかな」
「ティッシュはどうだ?」
俺はティッシュをボックスから一枚引き出すと、丸めて友人に手渡す。
三投目もなんなく成功した。
「よっしゃ」
「うまい!」
四投目は二人で食べたチョコレート菓子の箱に決まった。折り畳んで投げやすい形に整える。
「よっ」
四投目もゴミ箱に入った。
五投目はスナック菓子の袋を丸めたのを投げたが、友人はこれもあっさり決める。五連続成功で、折り返し地点に差し掛かった。ここまでくると、なんとなくすごい記録に挑戦してるような気になってくる。
「六投目、なにかないかな」と友人。
俺は読んでいた自分の漫画から帯を外した。よく宣伝文句が載ってるやつだ。
「これ捨てていいよ」
「いいのか?」
「ああ、俺こういうの取っておかないタイプだし。捨てちゃって」
世の中には買った漫画の単行本の帯は絶対外さない、むしろそっちが本体、ぐらいに考える人もいるそうだが、俺にそんなこだわりはない。
「じゃあ丸めて……えいっ!」
六投目。俺の漫画の帯だったゴミも、スポッとゴミ箱に収まった。
次は七投目だ。友人はなんとビニール袋を丸めてそれを投げるという。スーパーやコンビニでもらえる、あの白いやつだ。今は有料だけど。
「それはちょっと危ないんじゃないか? ふわっとしてるし」
ビニール袋を丸めてゴミ箱に投げ入れるのはかなり難しい。
軽いので思わぬ方向に飛んでいくこともあるし、途中で丸まってたのが広がってゴミ箱に入らないサイズになることもある。
「人類の運命がかかってるんだし、他のゴミにした方が……」
冗談めかして俺が言うが、友人は首を縦には振らない。
「いや、一回ぐらいこういう難しいやつでやった方が、景気づけになると思う」
友人は頑固なところもある。俺が「分かったよ」というと、友人は丸めたビニール袋を投げた。
やはりふわふわとした動きで飛ぶが、見事ゴミ箱に入った。
「……よし」
ガッツポーズを決める友人に、俺も「ハラハラしたよ」と声をかけた。
八投目はコーヒーを飲んだ時に出たコーヒーフレッシュの空き容器。小さく、ビニール袋に比べればはるかに投げやすい。友人はあっさり決める。
九投目はATM明細。俺がたまたま持ってたやつだ。友人は「お前、結構貯金してんなぁ!」と茶化すと、これも投げ入れてみせた。
いよいよラスト。投げるものは友人が持っていたメモ用紙に決まった。買い物のメモが書かれてたらしい。紙をしわくちゃに丸めると、友人が構える。
「頼むぞ! 人類を滅ぼすなよ!」
「分かってるって」
もちろんこれを外しても人類が滅びるわけないのだが、俺もなんだか緊張してしまう。友人は落ち着いた表情だ。
「よっ」
友人は右手首をきかせ、丸めたメモ用紙を放った。
ゴミは2メートル先のゴミ箱に放物線を描いて飛んでいき、ど真ん中に入った。もし俺が野球の審判だったら気持ちよく「ストラーイク!」と叫んでいたことだろう。
「やったな! 成功だ!」
「ああ、よかったよ。成功できた」
なんだか俺の方が喜んでいる。たかがゴミ箱へのゴミ入れとはいえ、10連続成功はなかなかできることじゃない。大したものだ。
とはいえ、これでこの遊びは終わり。俺はまたテレビゲームで対戦しないかなんて提案しようとする。
すると――
突然、部屋に一人の老人が降臨した。
白い服をまとった白髪白髭の老人だった。光を発しているわけではないのだが、やたら神々しく、俺は眩しささえ覚えてしまう。
この老人の姿に、俺はすぐさま“ある存在”を連想した。
「か、神様……?」
「そうだ。ワシは神だ」
当たってたのかよ。だが、不思議と驚きはなかった。多分この老人を見た人は絶対即座に「神様」だって判断しちゃうと思う。稚拙な表現になるが、それだけ神様オーラを放っていたのだ。もしこの人がなにか宗教を作ったら、絶対入信するだろうなって思った。だって本物なんだから。崇めちゃうに決まってる。
しかし、神様は俺に用があるわけではないようだった。
「よくやった」
「はい、どうにか成功できました」
友人は平然と答える。
どうにか成功って、何を成功したんだこいつは。
少し考えるが、俺には思い当たる節があった。
「おい、まさかさっきのゴミ入れって……」
「ああ、この神様に言われてて、さっきチャレンジしたんだ。神様が来たのはお前が家に来る10分前ぐらいだったかな」
さっきのゴミ入れが、神様の命令によるものだというのは分かった。
肝心なのは、そのルールだ。
「お前、『外したら人類が滅ぶつもりでやる』って言ったよな」
「ああ、神様に言われたんだ」
「ここからはワシが説明しよう」
神様自ら事情を説明してくれることになった。
「詳しい事情は説明できぬし、説明したところで人間には理解できないので省くが、ワシは近頃人類を滅ぼすか否か迷っていた。いくら悩んでも結論は出なかった。そこでワシはこの審判は下界の者に委ねることにしたのだ。ワシは無作為に一人の人間を選んだ」
選ばれたのが友人だったのだろう。
「ワシはこの者の元に降臨し、こう告げた。『今いる地点から、あのゴミ箱めがけて10回ゴミを投げ入れてみよ。もし成功すれば人類は存続させるし、一度でも失敗すればその時点で人類を滅亡させる』と。期限は今日中。もちろんもっと近い場所から投げるなどの不正行為は即座に人類滅亡に繋げると付け加えてな」
俺が遊びに来る直前にこんなこと言われてたのかよ。
「その後、しばらくこやつは挑戦に踏み切らなかったが、先ほど挑戦を開始し、見事成し遂げてみせた。ワシも見ていたが、不正行為はなかった。よって人類を滅亡させることはやめにいたす。見事であったぞ」
「ありがとうございます」
友人は淡々としたものである。
「ではワシはこれで立ち去るとしよう。さらばだ、人間たちよ」
神様は煙のようにいなくなってしまった。
夢かな、と思った。だが夢じゃないのは間違いなかった。間違いなく人類は滅亡の瀬戸際にあったのだ。
俺は友人に向き直る。
「お前、こんなことがあったのか」
「ああ」
「なんで俺に教えてくれなかったんだよ」
「信じてくれるか分からなかったし、なにより喋るとお前にも責任負わせちゃう気がしてさ。言えなかった」
俺は友人の意見が正しいと感じた。俺が友人の立場でも、きっと他人には言えなかっただろう。
友人は続ける。
「だけどお前が来て、一緒に遊んで、楽しかったし今なら失敗しても悔いないかなって気分になってきて、チャレンジしてみようかなって思ったんだ。いい感じにリラックスしてたし、今ならイケるとも思った」
「……で、やったらイケちゃったと」
「そういうこと」
涼しい顔で言い放つ友人に、俺はこんな褒め言葉しか思いつかなかった。
「すごいなお前!」
おわり
お読み下さりましてありがとうございました。