番外編 1
「ただいまかえりました」
「ラーシュ君! おかえり~、お疲れ様!」
ラーシュ君が数日の出張から帰ってきた。
私はおかえりのハグをする♪
「……サクラコさんも、お疲れ様」
「うん、ありがと♪」(疲れてないけどね)
毎度ラーシュ君は固まってしまうんだけど、それも段々と時短で解凍できるようになってきたよ!
解凍されても顔は赤いままで、まだまだ初々しい新婚さんラーシュ君だ。
シェアハウスで暮らしだしてから「ただいま」や「おかえり」や、色んな挨拶を言い合うようになっていたけど、結婚して“二人の家”に帰ってくるようになってから、その声に別の照れが入っているのを、桜子さんは聞き逃していないのだよ♪
とかいいながら、手洗いうがいに向かうラーシュ君について行く私も、しっかり新婚気分なんだけどね♪
いきなり異世界転移なんてさせられちゃって、ラーシュ君たちの悲惨な状況を目の当たりにして、彼らが生きやすい場所をつくってやる!と奮起してがむしゃらに頑張ってきた。
それと同時に、ラーシュ君とのお付き合いも、小学生カップルのようなゆっくりしたペースで進めてきた。
魔法使いギルドという名の魔法使いの派遣会社を作って二年ほど、なんとか目指しているものの骨組みができたところで、小学校を卒業しようかと私からプロポーズをした。
二十代で結婚したかったんだよね。子供を育てるなら体力のある若いうちがいいよと聞いた事もあったし。
まぁそんな希望はあるけれど、子供は天からの授かりものというし、あまり気にしないで私たちのところにきてくれるのを待ってるけどさ♪
なんて考えていたら、呼び鈴が鳴った。
一応呼び鈴は鳴らすけど、来客はさっさとうちに入ってくる。
フェリクス様が綺麗な箱をもってやってきた。後ろにはしっかりユリウスさんもいる。
「サクラコいるか? 青龍王から珍しい菓子を預かってきた。サクラコにとの事だ」
「あらフェリクス様いらっしゃい。王妃様のご様子どうでした?」
「問題ない」
ユリウス様、相変わらず自信満々の俺様だよ。(一人称俺じゃないけど)
まぁその腕の高さは知ってるけどさ!
「ならよかったです。ユリウスさんもいらっしゃい。ラーシュ君も帰ってきたばかりなんですよ、お茶を淹れましょうね」
「ありがとうございます。 ラーシュ、お茶を一杯ご馳走になったら帰るからそんな顔をするな」
「……すみません」
勝手知ったる人の家。
さっさと洗面所に向かう二人の後ろ姿に、ラーシュ君は小さくつぶやいた。
「じゃあラーシュ君お湯をお願い♪お茶はどれがいい?ラーシュ君の好きなお茶にしよう!」
「はい! では…」
フェリクス様たちと知り合って六年以上。他人と会話なんてありえなかったラーシュ君は、少しずつだけどユリウスさんと話ができるようになってきている。
フェリクス様は、いってみればお仲間なんだけど、まぁあの方は元王子様だからね、別の意味で言葉を交わすなんてありえない心境なんだろうな。
と、また呼び鈴が鳴った。
「サクラコさん、ちょうど焼きたてのパンが美味しそうだったので買ってきま ……ラーシュが帰ってくるの今日でしたっけ?」
「うん?そういえば明日の予定だったような? ラーシュ君、一日早く帰れたんだね」
「はい!」
がんばりました!と目がいっている。
元々そういうところはあったけど、ますますラーシュ君はこんな風に気持ちを表すようになった。
もちろん私も気持ちを伝えるよ!
「早く帰って来てくれて嬉しいよ!ありがとう!」
ラーシュ君が赤くなる。
こういうピュアなところはずっと変わらないんだな。すでに私たちは夫婦なんだけどね。
「では、今日は帰りますね…」
エネちゃんが淋しそうに言う。
新婚さんだからって気を使わなくていいよ!
エネちゃんはラーシュ君が出張の間、私が淋しくないようにって夕ご飯を一緒に食べてくれていたのだ。
「なんでよ、一緒に食べようよ。せっかくこんなに美味しそうなパンを買ってきてくれたのに。昨日リクエストされたサーモンのマリネにきっと合うよ!」
「わぁ!サーモンのマリネ!ありがとうございます!嬉しいです!」
今ではもう疑問文にならないエネちゃんが、幸せそうに美しく微笑んだ。眼福。
と、三度目の呼び鈴が鳴った。これはもうーー
「サクラコさんいますか? わっ、みなさんお揃いで!」
「クラウス君いらっしゃい♪ ね、なんだかみんな集合してるね!」
フェリクス様とユリウスさんも洗面所から戻ってきている。
「ちょうどお茶を淹れるところだったんだよ。エネちゃんもクラウス君も手洗いうがいをしておいでよ」
「いえ、ぼくは赤龍国のお土産を持ってきただけですので…」
「クラウス君、今日は赤龍国で仕事だったんだね、お疲れ様!お腹空いてるでしょ?美味しいお菓子がいっぱいあるよ?」
「……いただきます」
相変わらず食べ物に弱いクラウス君。100%の確率で釣れるんだな♪
初めて会った日の、あの衝撃の「腹が減りすぎていて」発言から、せっせとご飯を食べさせて、今では健康的かつ、しっかりと筋肉のついたい~い体になってるよ♪
エネちゃんとクラウス君は洗面所に向かった。
ちなみにここには男湯と女湯はないよ!
あ、そうだ!
「ミケルお疲れ様!そろそろ終わりにして!お茶にしよう」
私は窓を開けて裏庭で作業をしてくれているミケルに声をかけた。
「はい!続きはまた明日にします」
「ありがとう!手を洗ってきてね~!」
「はい!」
あの日、私がこの世界で生きていくと決めた日に助けた小さかったあの子も、今では私より背が高くなっている。
助けた次の日、名前を尋ねた私に、ミケルは自分の名前を知らないと言った。名前を呼ばれる事がなかったから知らないと。
そこでまた私はメラメラしちゃったんだけどね!
ないなら私が素敵な名前をつけてあげるよ!
天使のような超絶可愛らしい顔を見て、まんまミケルと名付けた。ちゃんと本人に名付けていいか聞いて、OKをもらったよ。
ミケルは自分のものになった名前を小さく何度も口ずさんでいた。涙
さて、お茶がいい頃合いだ。淹れましょうかね♪
季節は秋で、まだ寒いと感じる程ではないけど、もうアイスティーより温かいお茶の方が美味しいね。
お菓子もあっさり系より、少しコクを感じるものの方が美味しい気がする。
「サクラコさんが淹れてくれたお茶は美味しいな…」
ラーシュ君が一口飲んで、ほっとしたように言った。
みんな、うんうんと頷いている。
「ありがとう♪ でも茶葉もだけど、誰と飲むかでも味が変わると思うよ」
「そうだな。サクラコのいう事はわかる気がする」
みんなも、うんと頷いている。
「そうそう!お茶もだけど、久しぶりに全員集まったんだし、みんなで一緒にご飯を食べようよ」
ユリウスさんがラーシュ君を見る。
ラーシュ君は頷いた。(もちろんさっき一緒にキッチンに立った時に了承はとったよ!)
「いいんです。今日だけじゃなくて、ぼくはずっとサクラコさんといられるんですから」
ラーシュ君が小さく言うと(めちゃくちゃ恥ずかしそうだけど、それよりももっと嬉しそうな顔で)みんなは恥ずかしそうに目を泳がせた。
一人だけ面白そうにニヤニヤしているのはフェリクス様だ。
ずっと、とんでもなく酷い扱いを受けて生きたラーシュ君がこんな事をいえるようになって、とても嬉しい。
“お仲間”がそういう事を言えるようになったのを、ありえないと思わなくなってきているのが嬉しい。
みんなどうしていいかわからずに照れくさそうにしてるけどさ。
あぁ、いいな……
普通の人が普通に得られる普通の暮らしができるようになってきた事が嬉しい。
穏やかな空気の中、私と目が合ったラーシュ君は赤くなって目を泳がせた。
照れてる照れてる♪
私はさっきラーシュ君に囁いた言葉を思い出す。
『ラーシュ君、大勢も楽しいけど、新婚さん生活も楽しもうね♪』
真っ赤になったラーシュ君は激しくコクコクと頷いていたっけ。
今も赤い顔をしたまま目を泳がせまくってるし。
私の夫は今日も最高に可愛い♪




