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「サクラコさん?」


私が不自然に足を止めたからか、ラーシュ君が心配そうに声をかけてきた。

私は驚きと興奮で勢いよくラーシュ君に振り返るとまくしたてた!


「ラーシュ君!電車!!電車だよ!!」

「え?」

「電車!! ほら、大通りに電車が入って来てるでしょ!」

「デンシャ……。 サクラコさんのお国の乗り物ですよね? どこですか?」

「どこって、ほら!あっち!大通りに……」


私はスピードを緩めてきている電車を指さしながら、不思議声をしているラーシュ君に違和感を覚えた。


「ラーシュ君、 ……見えてないの?」

「はい、たぶん……」


そういえば、大通りに電車が(どうやってか)走ってきたら、その場にいる人がはねられちゃう筈なのに、悲鳴も何も聞こえてない!


えぇ!そんな!

私の目の錯覚じゃないよね?!願望が見せてる幻なの?!


愕然としている私の耳に『〇〇~、〇〇~』と駅名を告げるアナウンスが聞こえた。

錯覚でも幻でもない!本物だ!


あれに乗れば、元の世界に帰れる?

来た時も、電車に乗ろうとした時だった。


だけど……


私はラーシュ君を見た。

電車に乗ったら、ラーシュ君と離れ離れになっちゃうかもしれない。

ラーシュ君と離れるのはイヤだ。

だけどこんなチャンス、もう二度とないかもしれない。

今を逃すと、もう二度と家族に会えないかもしれない。


どうしよう! どうする? どっちをとる?

私が迷いに迷っているとーーー


ラーシュ君が、 

ラーシュ君がフードを払った!

外では決してフードを取らない彼らなのに!


そして、笑顔になった。

私の大好きな、惚れ惚れするような笑顔で、ラーシュ君は言った。


「サクラコさん、ありがとうございました。どうかお元気で」


言って、頭を下げた。


ラーシュ君!


頭を下げたままのラーシュ君を見る。

発車のアナウンスを告げる電車を見る。

あんなにいい笑顔で、しっかり声も出てたのに、見てわかる程震えているラーシュ君を見る。


私は……


ドアが閉まるのを見て、電車が動き出す音を聞いた。

そして未練を振り切るように、電車の音がすっかり聞こえなくなる前にラーシュ君に向かって駆け出した。


ラーシュ君はその音に気付くと顔を上げて、驚いたように目を見開いた。


一生懸命生きていても、人生には反省と後悔がつきまとう。

私は、未来から見た過去()を後悔しないように生きていきたい。

何度この時に戻っても、同じ選択をする方にしよう!


私の人生は私が選んで決めていく。

私はここで生きていくと決めた。


だけど失ったものの大きさに涙が止まらない。

ここに残ると決断させた君には、私を慰める義務があるんだよ。

私にこんな決心をさせたんだから、君は私を慰めなくちゃいけないよ。


私はラーシュ君に抱き着いた。


「サク、ラコさん……」


ラーシュ君は私に抱き着かれたまま、微動だにせず突っ立っている。


ちゃんと慰めてよ。


泣いている私の背中に、やっとぬくもりを感じたのは、泣き止む少し前だった。




元の世界を吹っ切った私がリードして、ラーシュ君と恋人になるのはすぐだった♪


まぁ、しばらくは両想いの()()()カップルみたいなもんだけどね。なんなら幼稚園カップルかもしれない。

ラーシュ君の気持ちを大事にして、ゆっくり進んでいこうと思う。


ギルドの仕事も順調にこなしているよ。なんせみんな攻撃力がハンパないからね!

私は相変わらず足手まといにならないように完全防備でいるだけだけど。

でもそれが私の一番の仕事だよね!


たま~に、やっぱり少しだけ淋しい思いが込み上げる事がある。

そんな時は、ラーシュ君やみんなが寄り添ってくれるよ。

必要とされている、大切に思われていると思うと、過ぎた思い出を懐かしむような感傷を乗り切れた。


そんな風に、ゆっくりゆっくりと過ぎていったある日。




元の世界でも、スリや置き引きはあった。日本でもある事だと知識としては知っていたけど、私は遭った事がなかったし、外国での事のように思っていた。

実際海外旅行の時には、しつこいくらいスリや置き引きの注意がされる。ガイドブックなんかにも書いてあるしね。


それがここにきてきたかー!


私の、海外のスリのイメージは子供だ。すばしっこい子供がサッとかすめ取っていく。走るのも早い。そのまんまだよ!!


「まって!!」

「サクラコさん!!」


お財布にはたいして現金は入っていない。露店や市場なんか以外はギルド口座の引き落としができるからね。

お金よりも盗られて困るのがスマホ様だ!


私は必死に追いかけた。

小さな頭だけを目印にどれくらい走ったか、息が切れてこれ以上走れないというところまで走って足を止めた。

あの小さな頭は見失っちゃうし。


はぁはぁと荒い息を整えてから、はて、ここはどこだろうと周りを見回した。


わ……


狭くて暗くて汚い、裏路地っていうのかな。

やだなぁ。こういうとこって貧困者や犯罪者なんかがいるところだよね。(イメージ)

貧困者はいいけれど、犯罪者は困る。


それに……、来た道を振り返るけれど、ラーシュ君の姿が見えない。

私、そんなに足は速くなかったと思うけど、ぶっちぎってきちゃったのかな?

やばいかも。ここにいたらいけないと、胸がざわつく。


でもスマホ様が……、 

あ! 見回した先に私のカバンが落ちていた!


近くにお財布も落ちている。中身はなかったけど。

カバンの中を見ると、ハンカチやリップなんかと一緒に、しっかりスマホ様があった!


よかった!

またカバンを盗られてもいいように、スマホはポケットに入れておこう。


さて、あとは無事にここから帰る事だけど……。

私は用心しながら来た道を戻った。




しばらく歩いた時だった。

来た時には気づかなかった、道の端に横たわる小さなかたまりに目が吸い寄せられる。

近寄って見ると、それはボロいローブにくるまった子供だった。


「サクラコさん!」

「わっ! ラーシュ君!驚いた!」

「驚いたのはこっちです。無事に見つかってよかった」

「心配かけてごめんね。スマホを取り返す事で頭がいっぱいになっちゃって」

「無事だったならいいんです。 ところで?」

「そうだラーシュ君!この子大丈…、いや、大丈夫には見えないな。 ……生きてる?」

「……生きています」

「よかった!」


何人も見てきた、酷い状態のローブ者だ。

だけどこの子は小さすぎない?子供の頃は教会で保護されているって聞いたと思ったけど……。


「悪辣なところなら、飛び出る事もよくある事です」

「だって……、生きていけるの?」


大人になってからだって生きづらいのに。

会話をしながら、上級ポーションを買う。

よかった、スマホ様が取り返せて。


「……生きるのは、難しいです」

「…………」


だからこうなってるんだよね……。


私は怒りに燃えた。

いつもいつも酷すぎるよ!こんなに小さな子まで!彼らがなにをしたっていうのさ!ただ醜い(いや美しいけどね!!)ってだけで、生きさせもしないのか!


いや、落ち着け。落ち着け。この子を死なすもんか!

まずはポーションを飲ませて、それからうちに連れて行ってフェリクス様にしっかり治してもらおう。


「ねえ起きて、この薬を飲んで。私たちは君に酷い事をしないから心配しなくていいよ」


怖がらせないように、なるべく優しく声をかけながら抱き起す。


―――軽い!


フードから見えるあごが尖って見えるほど痩せている。

子供らしい柔らかさや、高い体温が感じられない。


私は、子供を抱き上げて膝の上にのせた。

それから、体温を分けるように抱きしめた。そっと背中や腕をなでる。声もかけ続ける。


少しの間そうしていたら、かすかに声というか、少し音のついた息がもれた。


「ねえ、この薬を飲んで。飲んで元気になって生きよう。幸せになるために私たちと一緒に生きよう」


子供の口にポーションの入ったビンを当てると、わずかに口が開いた。

私はゆっくりポーションを流し込む。


ひと口… ふた口… 


長い時間をかけて三分の一ほどを飲ませ終わると、さっきまでより息が楽そうになった。

それでもまだ弱々しいけどね。


ちょっとだけ安心したからか、怒りがもどってきた。

こんな世界間違ってるよ!こんなの大嫌いだ!

私はこの世界の人じゃないから、この世界の常識なんて知るもんか!望んできた訳じゃないし、この世界の決まりなんか守らない!

私は私の信念で、思い通りにやってやる!


弱々しい息づかいをしている小さな体を見ながら、私はふつふつと湧き上がる強い思いに、ある決意をした。


「ラーシュ君、私はやるよ!君たちが生きやすい場所をつくってやる!」

「サクラコさん……」


世界が彼らをいらないのなら、私が全員いただきましょう!




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