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「ただいま~!エネちゃん、ラーシュ君も一緒に帰ったよ!」
「おかえりなさい。みんな無事でよかった」
次の日、夕方より少し前に邸に帰り着いた。
すでに帰宅していたエネちゃんが無事の帰りを喜んでくれたけど、実はラーシュ君は無事ではなかったというね。
まぁ今は元気だからいっか。
手洗いうがいをしてから、いつものようにお茶を淹れる。何はともあれ一息つこう。
ありがたい事に、私がお茶を淹れている間にエネちゃんがお風呂の準備をしてくれたよ!
「サクラコさん、酷い顔色をしてます。お疲れでしょう、ご飯の支度はしておきますから、お茶を飲んだらお風呂に入ってきてください」
え、そんなにひどい顔を(違)しているかな?
でもまぁ疲れているのは確かだわ。慣れない馬車に三日も揺られていたし。
「ありがとうエネちゃん!ありがたくいただきます」
せっかくの好意だし、それにお風呂の誘惑には抗えない。
私はお茶を飲んで人心地着くと、後をたくして女湯に向かった。
「くうぅぅ…」
温かいお湯の中で手足を伸ばすと、馬車に乗りっぱなしだった体がほぐれていくよ。
思わず年寄りくさい声が出ちゃうほど。
お湯につかりながら改めて思い返す。
ラーシュ君が死んじゃうかもしれないと思ったあの時の、真っ暗な冷たい喪失感。
ラーシュ君がいなくなったら、私も生きていけないと思った、
何というか……
改めてラーシュ君への想いがわかったというか。
それに、ずっと一緒にいてくれたラーシュ君が初めていなかった夜に感じた、どこか画面の中の世界を見ているような現実感のなさや、すべてが他人事のような自分自身の存在感のなさなんか。
もしも元の世界に帰れず、ずっとこっちの世界で生きていく事になったとしたら……
きっと私は、ラーシュ君がいてくれないとこの世界で幸せに生きていけない。
もちろん一緒に暮らしているクラウス君もエネちゃんもフェリクス様も、ちゃんと元気でいてほしい。
みんながいなかったらひとりぼっちの私の、今ではこの世界の家族といっていい存在だもんね。誰一人欠けてほしくない。
現代社会の知識や、チートなスマホ様をフル活用して、今回のような事はもう二度と起こさせない!
「という訳でね、明日はみんな揃ってギルドに行くよ!」
夕ご飯を食べながら、帰りの馬車の中で話していた計画をエネちゃんに話す。
御者をしていたクラウス君や、馬に乗っていたユリウスさんには休憩の時に話していたから、二人はすでに知っている。
ラーシュ君とクラウス君は、本当にそんな事ができるのかと、半信半疑ながら同意してくれた。
フェリクス様は、まあやってみるだけやってみようって感じだったけど。
そしてユリウスさんは、パーティーメンバーにはならないから聞いていただけだったけど。
「本当に…、わたしたちのような者が、パーティーを組めるんでしょうか……」
エネちゃんも半信半疑だ。
三人の、この半信半疑。私に対しての疑いじゃなくて、ギルドや世の中に対してだとわかっているよ。
「登録する時に少し聞いた話では、パーティーは誰とでも組めるって事だったよ。
ランク差があっても大丈夫だって。見込みのある新人を育てるとか、家族を仲間に入れる時とか、そういう事があるみたい」
「そうなんですか」
「うん。だけど受けられる依頼が下のランクに合わせる事になっちゃうから、高位の人たちはあまり組まないらしい」
「それは…、そうですね」
「ちなみにだけど、みんなはどのくらいのランクなの?」
私は三人を見回した。
フェリクス様は最近登録したばかりだから、私と同じ新人ランクだよね。
「ぼくはCです」 とラーシュ君。
「ぼくもCです」 とクラウス君。
「わたしもCです」 とエネちゃん。
「え、そうなんだ…?」
年齢が違うから冒険者をしている年月だって違うでしょうし、たぶん依頼をこなした数とか難易度なんかでもランクが決められると思ったんだけど……、同じなんだ?
わたしがよくわからない顔をしていたからか、ラーシュ君が教えてくれた。
ラーシュ君たちは、どんなに強くても、どんなに長く冒険者をしていても、Aランクになる事はないんだそうだ。よっぽどすごい人でもB止まり。
だけどラーシュ君はそんな人、見た事も聞いた事もないって。
さっき依頼は下のランクに合わせるといったけど、二つ差までなら上と一緒の依頼を受けられる。
つまり、ラーシュ君たちがCでさえあればAランクのヤツらは助っ人にしてこき使えるという訳だ。腹立つ!!
「聞けば聞くほど腹立つ事ばかりだね!この世界はラーシュ君たちに不利益ばかり押し付けて、それがまかり通ってる。こんなの間違ってるよ!きちんと働いたら、それに見合う報酬を得るのは当然の権利なのに」
毎度私が激しく憤っていると
「サクラコの生まれ育った国ではそうであろうが、この大陸ではこれが当然なのだ。気持ちはわかるが、そう怒るな」
「フェリクス様たちが怒らないから私が怒ってるんですよ!」
フェリクス様に諭されるけど、あなたたちだって怒っていいんですよ!
だけどみんなは、そんな私を温かな眼差しで見ているだけだった。
「サクラコさん、ぼくたちのために怒ってくれてありがとうございます」
嬉しそうに言うんだもんなぁ!
おい!この世界のヤツら!この人たちはこんなに優しいんだぞ!
私は改めて、ラーシュ君たちが少しでも安全に、元気に、幸せに生きられるよう、力を尽くそうと決意した。
さて翌日。いつものように朝ご飯を食べたら、後片付け組を待って、みんなで冒険者ギルドに向かう。
今までもラーシュ君たちが出勤するのは冒険者の平均的な出勤時間より遅いくらいだったけど、今朝はそれよりもう少し遅めになった。
「おはようございます!パーティーの手続きをお願いします」
遅い時間だからかすでにみんな仕事に出かけたようで、人がまばらになっているギルド内を進んで、カウンターで朝の挨拶と要件を言う。
カウンター内にいた受付嬢さんは、私と一緒にいるローブ姿の四人を見てギョッとした。
ちなみに四人一緒だったけど、みんなはしっかり気配を消して、町の人たちには気づかれないように歩いていたよ。さすが!
ローブ者生活新人?のフェリクス様も、すでにその技を会得したようで、なかなか上手く存在感をなくしていた。
「……おはようございます。 メンバーは……、 その?」
「はい!この人たちです! わぁ!」
受付嬢さんは青い顔をしながら私に問いかけたけど、私の返事を聞くと、そのまま倒れてしまった!
「ナスタ―!」
「ナスタ―!しっかりして!」
ナスタ―さんの他にいた受付嬢さんが驚いて大きな声を出しているけれど、なぜか二人はナスタ―さんに近づこうとしない。
「大丈夫ですか?!」
私はカウンターの中を覗き込みながら声をかけるけど、真っ白な顔をしたナスタ―さんは意識を失っているようで何の反応なかった。
ヤダ怖い!大丈夫なの?この人どうしちゃったの?!
「おい、お前らちょっと姿を消しとけ。お前らみたいのが四人も揃っちゃ、いくら鍛えている受付でも耐えられねーだろが」
ええぇぇぇ!!!
倒れたのってそういう事なの?!
私の後ろにいたラーシュ君たちは音もなく姿を消した。
ラーシュ君たちが見えなくなると(いや、私には見えてるけど)二人のお仲間が大慌てで走り寄ってくる。
……こういうの、久しぶりに目の当たりにしたわ。
「お嬢ちゃん、ちょっと待ってな」
ギルマスさんはそう言うと、ナスターさんをひょいと抱き上げて、ドアを開けてくれた受付嬢Aさんと奥に消えていった。
受付嬢Bさんはそのままカウンターに残る。
でもその顔は青ざめていて、チラリとも私を見ようとしなかった。
気まず……。




