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◇◆ユリウス◇◆
ラーシュが依頼で一晩邸を空けた翌朝、サクラコさんは図書館ではなく冒険者ギルドに行くと言った。ラーシュの依頼内容を聞くためだそうだ。
そうして受付で話を聞いたサクラコさんは、ギルドを出ると深く息をついた。
「一週間かぁ……。長いな」
重い雰囲気のサクラコさんを慰めようと言った私の言葉は的違いだったようで、サクラコさんは魔獣よりラーシュに対する人間の方を心配していた。
「あぁ…」
私にも他人ごとではない。
フェリクス様が同じ目に遭う事があったら……。
王族から籍を抜かれたフェリクス様は、かねてより決めていた冒険者になった。
ローブ者には選択できる職業がないと知ったフェリクス様は、そうと知ってから更に剣の鍛練に力を入れた。
それまでもお爺様に稽古をつけてもらっていたけれど、きっとその頃にはご自分の行く末を考えていたのだろう。
ギルドに登録したばかりのフェリクス様はソロの依頼を受け、その剣の腕前でやすやすと魔獣を倒し成果を上げている。このままいくと最速で冒険者のランクを上げられるだろう。
今のところ大きな怪我もなく、無礼を働かれる事もなくすんでいるが、これから先も無事ですむとは思わない。
私にとってフェリクス様は仕える主だ。私が生まれた時からそう教え込まされてきた。
たとえその主が醜いとされる人であってもだ。
殿下がお生まれになった時からお姿を見ているし、二歳違いの私たちは離宮で共に育った。
殿下が醜いと“知っている”という感覚とでもいおうか……。
私と妹には、殿下を忌諱する気持ちは微塵もなかった。
だが他のローブ者を見ればきちんと醜いと感じられるし、忌諱する存在だと認識できた。
それはサクラコさんの邸に住むあの者たちにもいえる。
ただ、フェリクス様と共に暮らす者たちだから、慣れるために耐えているだけだ。私はこれからもフェリクス様にお仕えするのだから。
相当な精神力をもつ私でもこうなのに、サクラコさんはまったく平然とあの者たちと接している。
フェリクス様になら(私の事情的に)私も納得できるのだが。
大陸に住む大多数の人間からすれば、サクラコさんは奇人に見えるだろう。
私は少し特殊な環境で育ったから、サクラコさんを違った目で見られるのだと思う。
サクラコさんは慈愛深い人だ。
それともうひとつ大きな感情がある。感謝だ。フェリクス様は私たちからの援助を拒むから、フェリクス様に居場所をくれたサクラコさんには感謝しかない。
サクラコさん、フェリクス様を受け入れてくれてありがとうございます。
◇◆フェリクス◇◆
ラーシュが依頼で一日邸を空けた翌日の夕食時、サクラコはラーシュを迎えに行くと言った。
「では私も一緒に行こう」
昨日のうちから、サクラコがこう言い出す事は予想していた。私が今まで知りえた情報や、ここの住人たちの話を(サクラコに)聞いて、Aランクパーティーと行動を共にしたローブ者がどんな扱いを受けるか、それを思えばサクラコがどうするかなど考えるまでもなかった。
「え? 何でですか?」
「サクラコを一人で行かす訳にはいかぬだろう?」
何の力もない、攻撃力もない、もっと言えば狙われる側といっていい富の持ち主だ。言葉通り、一人で行かすわけにはいかぬよ。
当惑しているサクラコに、私の癒しの力を自慢すると、サクラコは安堵した顔になって頭を下げた。
まったく。そんなに不安だったくせに、誰かに頼ろうとせず一人でどうにかしようとするとは。
「サクラコは人には世話を焼く癖に自分は頼ろうとしない」
と意見すると、
「国民性ですかね~? あぁでも!私こんなに世話焼きではなかったんですよ?ここに来てこんな風になった気がします。それに私は十分助けてもらってます。そうじゃなかったら生き残れてなかったと思いますよ」
そう言って、ヘラリと笑った。
まったく……。力が抜ける。
とにかく、今回は助けになろう。




