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「フェリクス様に伺う前に、私の事情を少し聞いてください。
昨日もちょっと言いましたし、調べたのなら知っているかもしれませんが、私はこの大陸の生まれじゃありません。私も何故かわからないのでどう言っていいかわかりませんが、魔法のようなもので突然この国に飛ばされてきたみたいなんです。
そしてどうしていいかわからず、途方に暮れていた私を助けてくれたのがラーシュ君でした」
「ローブ者から助けられたと?」
フェリクス様は驚いたように言った。
そこは知らなかったのか。
「はい。それから今まで、ずっと支えてもらってます。
出会った最初から、ラーシュ君は理不尽な目にあってました。私はラーシュ君たちが苛虐な環境で暮らしている事を聞きました。ここで一緒に暮らしているクラウス君もエネちゃんも同じです。“ローブ者”はみんな人間扱いもされず不幸に生きています。酷くないですか?」
「……それが世の理だからな。しかたあるまい」
「私はイヤです!そんな理なんか知りません!私は私の信念でやっていきます!」
おっと、興奮してしまった!
落ち着け、落ち着け……
私が深呼吸していると、フェリクス様がふいに笑い出した。
「フェリクス様?」
フェリクス様はひとしきり笑うと、ニヤリと強気の顔で私を見た。金色の瞳が爛々としてきて、その目力に圧倒される。
ほんとこの人、何者なのよ!
「で? その信念とやらでどうするつもりだ?」
「はい、ちょっと脱線しちゃいましたが……。
私は突然この国に飛ばされてきたので、もしかしたらまた突然国に戻されるかもしれないと考えたんです。そしたらラーシュ君たちはこの邸に住めなくなってしまうかもしれません」
「間違いなく住めなくなるだろうな」
「やっぱそうですよね……。長くなりましたが、そこでフェリクス様にお聞きしたい事があるんです」
「何だ? 言ってみよ」
フェリクス様は面白そうに私を見ている。
私は期待を込めて尋ねた。
「もし私がいなくなったとしても、ラーシュ君たちがこの邸に住み続けられるように、ラーシュ君をこの邸の所有者にしたいんです。秘密裡でいいんです。フェリクス様は世界の常識を覆せる力をお持ちですか?」
フェリクス様とユリウスさんは、不思議な事を聞いたというような顔をした。
私は心からの願いを込めて続けた。
「フェリクス様、強い権力をお持ちなら、どうかラーシュ君をこの邸の所有者にしてください!お願いします!」
カラン とグラスの中の氷が音を立てた。
風が入ってきて、白いカフェカーテンが揺れるのが目の端に見える。遠くで小鳥の鳴き声がした。
止まったような、静かな時間はやけに長く感じられた。
実際はほんの短い時間だったと思うけど。
ややあって、フェリクス様は訝しむように尋ねてきた。
「ローブ者に権利を、財を与えようというのか? それにそれではそなたは丸損ではないか?」
「う~ん……。国に戻されるとしたら、来た時と同じように突然だと思うんです。だからたぶん何も持って行けません。最初からそう思っているので、損するとは思いませんよ」
「そなたの国にはギルドはないのか?」
「ないですね~。それに私、国に戻ればお金に困ってないので、ここでのお金は別に惜しくないです」
異世界のお金が使えるとは思えないし、二十三歳の社会人一年生が分不相応な大金を持つなんて人生狂いそうで怖いわ。
ここは現実とは思えないから受け入れてるというか、現実味がないと思いながらも生活があるから必要というか。
何の保証もない異世界で、頼りになるのはお金だけだもんね。
「手っ取り早いのは、あの者たちをこの邸の所有者の所有物にする事だ。そうすれば何の面倒もなくここに住まわせられる」
「え、なんですか所有物とか物騒な単語」
「奴隷だ」
「ええぇぇぇ!イヤですよ!!」
「嫌か」
「イヤです! ラーシュ君たちには、ここに住む権利がほしいんです。住むか住まないか、選ぶ自由も」
フェリクス様はしばらくじっと私を見ていたけど(その間、私は美の鑑賞をしていた)さっき見た笑い方とは違う、嬉しそうな笑顔になって言った。
「よかろう。そなたがいなくなったなら、あの者をこの邸の所有者にしてやろう」
「本当ですか!できるんですか?!ありがとうございます!!」
「私が生きている間だけならば可能だ」
「や、なんですかその不吉な言い方!フェリクス様も健康に長生きしてくださいよ!」
「長生きしたとて、何も良い事などあらぬしな……」
フェリクス様は笑った。乾いた笑いだ。
さっき見た面白そうな笑顔でも、嬉しそうな笑顔でもない。何の感情もない、無表情の笑いだった。
フェリクス様もなのか……。
フェリクス様は、たぶんものすごく高い身分の人なんだと思う。この世の理を(秘密にでも)覆せるほどなんだから。この世界でいったら高位貴族とか?
そんな高い身分の人でも、お金持ちでも、幸せじゃないんだ。この美しさのせいで。
たかが醜い(私にとっては超絶美形)というくらいで、こんなにも生きる気持ちをなくさせる世界。
私にはわからない、醜いとされている人たちの痛みや辛さ。
実際に自分の目で見て、話を聞いて、そんな理不尽間違っている!ってどんなに憤っても、私一人では何も変えられない。
でも、世界は変えられないけど、もしかしたら不幸は変えられるかもしれない。
「フェリクス様、家を出ると言ってましたよね。住人の三人に聞いてからですけど、たぶんいいって言ってくれます。行く当てがないならここに来てください」
「同情はいらぬよ」
チリッと胸が熱くなる。
世界に歯向かってやりましょうよ!
「同情はしますよ!当たり前でしょう?私の国にはなかった迫害です。ほんとありえないし、腹立たしいです!
という訳で、同情以上にやり返したい気持ちが大きいんです。あなたたちを見下してる酷いやつらや、不幸を植え付けているクソったれな(失礼!)世の理とかっていうものに挑んでみませんか?美味しいものを食べて、あたたかいベッドで寝て、楽しいと笑って、嬉しいと喜んで。普通の人が普通に得られる普通の人生を生きてやりましょう!私、そっち方面は得意なんです!
突然国に戻されちゃったらすみませんけど……」
一気に言ってやった。
フェリクス様とユリウスさんは、ポカンとした顔をしていた。本当に見事なポカン顔だ。
「なんですか!その顔!」
興奮していた事もあって、私は笑い出してしまった。
だっておかしかったんだもん。読んだ事はあったけど、実際には初めて見たよ。
どんな顔をしていても、フェリクス様は神がかりの美しさだけどね!
私が笑っていると、フェリクス様も笑い出した。
「そのように、理に啖呵を切った者は初めて見た。
……そうだな、不幸に従う事もあるまい。
それにしても、ククク… 痛快だ!」
ユリウスさんも笑い出す。
なんか変なテンションで、私たちはしばらく大笑いをしたのだった。
その後「庶民の料理でよかったら」とお昼ご飯をお誘いして一緒に食べて、ついでに食後のお茶までまったり過ごすと「では明日返事を聞きにくる」とフェリクス様は満足そうに帰って行った。
その日の夕食時、三人にフェリクス様も一緒に住んでいいかと聞くと、思った通り三人とも了承してくれたよ。
私がフェリクス様と言っていたからか、身分の高い人とわかって緊張するみたいだけどね。




