3.5
◇◆ラーシュ◇◆
「ラーシュさん、話は戻りますが、これって(ダイヤのピアス)換金できますか?それとも未使用じゃないとダメですか?」
サクラコさんはぼくなんかに丁寧な言葉遣いをしてくれる。
それに、何度もぼくなんかの名前を呼んでくれる。
恥ずかしいような、嬉しいような、なんだか落ち着かない。
それから“さん”づけされるなんてお恐れ多いと気がついた。
呼び捨てにしてくださいと言うと、サクラコさんはちょっと困ったようにぼくの歳を聞いてきた。歳?なんでだ?
「二十歳です」
「あら年下。 ……ならラーシュ君で」
サクラコさんは年上らしい!こんなに可愛らしい女の子が成人しているとは!
サクラコさんは十四~十五歳の少女にしか見えなかった。小さいし、何よりあどけない顔をしている。
いったいサクラコさんはいくつなんだろう?
それにしてもラーシュ君かぁ……。
さんづけも初めてだったけど、君づけも初めてだ。そもそも名前を呼ばれた事がない。
教会にいた頃も冒険者ギルドでも、ぼくの名前を呼ぶのは、そうせざるを得ない時だけだ。
たいてい“おい”か“おまえ”だった。
ラーシュ君……。なんだかドキドキする。
それから、未使用のものがあったわ!と信じられないくらい綺麗な髪留めを見せてくれた。
「これはお金になりますか?」
お金になるどころの話ではない。と思う。いや、お金にはなるんだけど。
ぼくは女性の装飾品なんてまったくわからないけど、これ程の物はそうとう価値がある事くらいはわかる。
その辺の店で換金するより、商業者ギルドに持って行って相当の権利を得た方がいいと提案した。
するとサクラコさんから、商業者ギルドに連れて行ってほしいと頼まれた。
この、頼まれるという事にそわそわする。
命令や言い捨てではない、会話というものに落ち着かない。
道々、しゃべり方を変えないかとも言われる。
そう言われても、どうしゃべっていいかわからない。ぼくたちのような者は極力存在感をなくして生きているし、話す事があっても、少しでも相手に不快な思いをさせないようにと丁寧に謙って話す。
「ラーシュ君だって普段からこんなに丁寧に話している訳じゃないでしょ?親しい人とはもっと気軽に話してると思うんだけど。って、こんな感じです」
そんな風に話したら、立てなくなるまで殴る蹴るが続くだろう。最悪死ぬかもしれない。
身についた恐怖は簡単に変えられないけど、サクラコさんにはそう、親しい人と話すように話してもらいたい。
ぼくがそう頼むと、サクラコさんは「そ~お?じゃあそうするわ」と軽い感じで了承してくれた。
親しい感じに、またそわそわした。
それから、サクラコさんは
「え?何の迷惑?道案内をしてもらってるんだから迷惑じゃなくて親切じゃない?」
親切だと、そう、言ってくれた。
そう思ってくれるんだ……。
今まで、すべてを否定されてきた。何をしても報われなかった。認められるなんて、そんな事は思いもしないけど、ほんの少しでも、役に立っていると思われたかった。
全部無駄だったけど。
それをサクラコさんは、たった道案内をしただけで、親切だと言ってくれた。
親切だなんて、生まれてから一度も言われた事はなかった。もちろん受けた事もない。
親切の意味が思い出せなくて、少し考えてしまった程だ。
商業者ギルドまでの短い時間、ぼくはとても幸せな気持ちで歩いた。
ギルドに送ったら、サクラコさんとはお別れだ。
そう思うとものすごく淋しいけど、このたった数時間の間にもらった、一生分の幸せを胸に生きていける。
最後にもうひとつ、サクラコさんから嬉しい言葉をもらった。
ギルドの前まで送ると、ぼくはそのまま歩きすぎた。
ぼくなんかと連れ立っていると知られれば、サクラコさんが嫌な思いをする。危ない目にあうかもしれない。
淋しいけど、ここでお別れだ。
心に穴が開いたような、だけどそれだけじゃないような、なんともいえない気持ちでいたぼくは、ぼくを追い越すサクラコさんの声を聞いた。
「ラーシュ君、送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
ありがとうの声。
数時間前、サクラコさんを助けた時に聞こえた、誰かへの言葉だと思った声と、同じだった。
あのありがとうは、勝手にもらったありがとうは、本当にぼくへのお礼だったんだ……。
胸が、温かい思いだけで満たされた。




