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28.5




◇◆ラーシュ◇◆




小さなノックの音。

ぼくの部屋を訪れる人なんてサクラコさんしかいない。

ぼくは慌ててドアを開けた。


「サクラコさん、どうしましたか?」

「遅くにごめんね。ちょっといいかな?そんなに時間は取らせないけど、話があって」


サクラコさんは柔らかそうな生地でできた半そでと

……とても丈の短い半ズボン姿だった。

季節的に薄着はありだけど、そんなに足を出している女性を、ぼくは見た事がなかった。

サクラコさんのお国では、女性もズボンをはくのか?しかもこんなに丈の短いズボンを?目のやり場に困る!


しまった!サクラコさんにソファーを勧めて、隣に座るなんて事はできず向かいのソファーに座ったけど、綺麗な足がよく見えてしまって逆効果だったかもしれない!激しくドキドキする!


……なんて、そんな落ち着かない気持ちは、サクラコさんが話し出してすぐに消えてなくなった。


ぼくが、このお邸の所有者になる?こんな立派なお邸の?

あの、信じられない程綺麗な髪留めの……、売り上げからいくらかの(ちょっと難しくてよくわからなかった)受け取り人になる?


どういう事かさっぱりわからなかった。

わかる事は、サクラコさんがぼくたちのためにと考えて、実行しようとしてくれているという事だ。

ぼくたちなんかのために……。


今までも本当に信じられない思いで過ごしてきた。夢のような幸運に、夢ならば目覚めずこのまま死んでしまいたいと思ったりもした。

サクラコさんが笑いかけてくれるたびに泣きたくなるほど嬉しくなる。こんな幸せな気持ちを教えてくれた事に感謝の気持ちでいっぱいだ。


本当は、この生活がずっと続けばいいと願っている。

サクラコさんとずっと一緒にいたい。

サクラコさんがいない人生なんて考えたくもない。

だけど……

サクラコさんは元の世界に帰りたいんだ。


一昨日の朝、サクラコさんはこのまま家族に会えないのかと不安に泣いた。ぼくまで哀しくなるような悲痛な涙だった。

ぼくにはわからない、家族や友達といった人たちへの深い愛情。サクラコさんもとても愛されていたんだろう。それならぼくにもよくわかる。


サクラコさんは、元の世界のその人たちと引き離されたまま生きていく事はできない。

帰れずに、この世界で生きていく事になってしまったとしたら、きっと幸せにはなれないだろう。


ぼくは……。

ぼくを幸せにしてくれたサクラコさんの幸せを願う。

サクラコさんが元の世界に帰れる事を願おう。

サクラコさんが望むなら、サクラコさんがぼくたちのために残してくれようとしてくれている事をやってみよう。ぼくなんかにできるかわからないけど、精一杯頑張ろう。


ぼくがそんな決意を込めてサクラコさんを見ると、サクラコさんの瞳が揺れた。


……あれ?

ぼくは今、サクラコさんを見ていた? 

サクラコさんと目を合わせていた?


気づいて一瞬で頭が真っ白になった!

サクラコさんが立ち上がる気配に意識が戻ったけど!


「本当にまだできるかわからないし、これからの事だから。私の気持ちと、ラーシュ君には、そうできた時の心構えっていうか……、そういうのを話しておきたかったんだ。

とりあえず明後日、商業者ギルドに行ってみてからだね。どうなったかはまた話すから。じゃあ、急にごめんね。おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


サクラコさんは来た時と同じく突然帰って行った。


大変な事を頼まれてしまった。

だけどサクラコさんの望みだ。そうなった時は精一杯やろうと強く決意する。




ずっと後になって知る。

あの時、急いで部屋に戻っていったサクラコさんの気持ちを。


ぼくたちのような者が一番ほしいもの。

ぼくたちのような者から一番遠いもの。


その時は全く思いもよらず、ぼくはしばらくサクラコさんが出て行ったドアを見送っていた。




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