27
商業者ギルドのドアを開けると、この世界に来た初日の時とは違って、何人かが窓口に並んでいるのが見えた。
あの日私がここに来たのは17時くらいだったからなぁ。終業時間だったのかもしれない。
私は、あの日応対してくれた受付嬢さんの窓口に並んだ。
「こんにちは」
「こんにち… サクラコ様!ようこそおいでくださいました!今日はどのようなご用件で?」
サクラコ様? 私ギルドのメンバーだよね?
疑問に思ったけど、とりあえず要件を言おうか。
「オスカーさんにお会いしたくて。アポイントをお願いします。私の方はいつでも大丈夫です」
「オスカーはただ今出張中ですが、明日の夕方には戻ります。明後日でしたら、サクラコ様のご都合のよろしい時間にいつでもお約束をおとりします」
え!そんなにすぐに会えるの?出張から戻った次の日で大丈夫なの?っていうか、本人に確認(秘書さんでも可)しないで決めちゃえるもんなの?
……まぁ、そっちがいいって言うならいいけどさ。
「では、明後日の朝、二番目の鐘の頃に伺います」
「承りました。明後日の朝にお待ちしております」
この世界は(時代かな)まだ一般には時計が普及してなくて、時間は教会の鐘が知らせてくれている。
二番目の鐘は、私が図書館に行くくらいの時間ね。
アポ取りだけだったので、10分しないで終わったわ。
ラーシュ君の方はどうかな?
外に出て、約束していたさっきの場所を見ると、すでにラーシュ君が立っている。
あら、ラーシュ君もう終わってたんだ。
私は足早にラーシュ君の元に向かった。
「お待たせ! じゃあ帰ろうか」
「はい」
返事をすると、ラーシュ君は先に歩き出した。
私は、今夜は何にしようかな~、なんてメニューを考えながらラーシュ君の後に続いた。
帰宅すると、手洗いうがいをしてひと休みする。
お茶を一杯飲んで、夕ご飯の支度を始めるのが、日本にいた時からの私のルーティンだ。
それは今でも続いていて、ラーシュ君もすっかり習慣になっているよ。
私たちが帰って来たからか、エネさんがダイニングキッチンに顔を見せた。
「あ、エネさん、ただいま。日中変わりありませんでした?」
「おか、えり、なさい?」
「なんで疑問文なんですか!ちゃんと帰って来てますよ!」
いきなり面白発言だ。笑ってしまったじゃないか。
「ご飯の前にお茶にしますね。エネさんも一緒にどうぞ」
「え、……はい。 ありがとうございます」
「いいえ~。ゆっくり休めましたか?体調は大丈夫ですか?お昼ご飯ちゃんと食べました?」
「え、 え? えっと、 はい、ありがとうございます、休みました」
おっと質問攻めしてしまった。エネさん困っちゃってるわ。
「すみません矢継ぎ早に。お茶が入りましたよ、はいどうぞ。
ラーシュ君も座ってね!まだ支度はいいって。ご飯は一緒に作ろう」
「はい」
「はい…」
私は二人の前によく冷えたアイスティーと、山盛りシロップのカゴを置いた。
「暑かったからスッキリとミントティーにしてみました。シロップはお好みでどうぞ!ご飯の前だからお菓子は少なめです♪」
お茶請けはチョコレート菓子にする。
これは好き嫌いがわかれると思うけど、私はチョコミントが好きなのでこの組み合わせはありなんだな♪
二人はどうだろう?
「クラウス君は何時ころ帰ってくるのかな~」
なんて言っていたら、玄関の方で音がした。
お、帰ってきたようだ。
「クラウス君おかえり~。お疲れ様、暑かったでしょ?冷たいお茶を淹れるね!」
「た、だ、いま……。ありがとう、ございます。手を洗ってきます」
挨拶がぎこちないのは慣れてないのもあるだろうけど、照れもあるんだろうなぁ。声からそんな感じがとれる。
クラウス君は十代に見えたし、それならまだ思春期だもんね。
「お疲れ様、今日はミントティーね♪お菓子は夕ご飯が入るくらいにしておいてね!」
「はい、ありがとうございます」
なんせクラウス君は「腹が減りすぎていて」のインパクトが大きい。食べたいだけ食べさせてあげたいと思っちゃう。十代の男の子ならいくらでも食べられるでしょうし。
なんて勝手に十代と思っているけど、違ったりして。
「クラウス君は何歳なの?」
「十八です。たぶん」
たぶんって……。 でも、
「やっぱそうか♪一瞬見ただけだったけど、十代かなと思ってたんだ〜♪ 十八かぁ……、下の妹と同じだな」
「え! ……サクラコさん、いくつなんですか?」
「二十三だよ」
「え!わたしと同じ?!」
「え?エネさん二十三歳なんですか?タメ?なんだ~、じゃあエネさんじゃなくてエネちゃんだね! あ、ごめんなさい、馴れ馴れしい?」
「いえ、大丈夫です。じゅうぶん丁寧です」
「え、タメ口なのに丁寧?」
「サクラコさん、そもそもぼくたちのような者に話しかける人はいません」
「…………」
腹立つな!
いいもんね、その分私が独り占めしてやる!
「えっと、じゃあ“エネちゃん”でOK? 口調もこんな感じでいい?」
「は? い?」
「あはは。エネちゃん疑問形多い~!もしかして私惑わしてる?」
「いえ、 ……すみません」
「謝らないでよ。ラーシュ君からあなたたちの事を少し聞いてるよ。私みたいな対応は戸惑うよね。でもこれが私の素だから」
「はぁ…」
エネちゃんは返事とも言えない、ため息のような声を出した。
「それじゃあそろそろご飯を作ろうか♪何か食べたいリクエストある?」
私は笑顔で三人を見回した。
夕ご飯は四人で作った。
私とラーシュ君が夕ご飯作りにと立つと、クラウス君もそわそわと立って来て、それを見たエネちゃんも一緒に作ると言ってくれたのだ。
四人が立っても狭くない調理場。さすがお金持ちの邸。
今夜は和食も作ってみよう!ここに来て毎日ずっと洋食だったから、そろそろ和食が恋しい!
いや、本当はもう3日目くらいから食べたかった。
お米を食べられていたから何とかガマンできていたけど、いいかげんお醤油味が食べたい!
という事で、ラーシュ君たちには洋食を作ってもらって、私は煮物を作る事にした。
「不思議な匂いですが……、美味しそうですね」
お、ラーシュ君!そう感じますか?
「私の国のだしの匂いだよ。お魚と昆布から作るんだ。これは誰でも美味しく簡単に作れちゃう顆粒のものね」
私は顆粒だしの袋を見せた。(さっきポチりました)
「確かにサクラコさんが作るものはどれも美味しいです」
「私というより、私の国の食品メーカーさんが優秀なんだよ」
お味噌汁も食べたいな。
スープとお味噌汁、ふたつ作るのは不経済だ。
私はフリーズドライのお味噌汁をポチった。
具だくさんのお味噌汁はちょっとお高目だけど、野菜がたっぷりでけっこう美味しいんだよ。
固まっているキューブ状の物にお湯をかけると野菜が現れるという不思議☆
三人ともめっちゃ驚いていたよ!
「それもさっきと同じようないい匂いがしますね」
「和風だしだからね。食べてみる?ラーシュ君たちは食べ慣れない味だから、どうかと思ったんだけど」
「では明日。今日はもうスープができあがってしまったので」
「うん!」
ラーシュ君も“もったいない精神”があるようでよかった♪
クラウス君がそわそわしている。
「クラウス君も食べてみる?」
「はい!」
クラウス君たら!
食い気味の返事に笑っちゃったよ。
「じゃあ明日はお味噌汁を作ってみようか。
エネちゃんスープの方がよかったら、スープもインスタントがあるから大丈夫だよ」
エネちゃんにも言っておく。
とりあえず明日の朝食まではここにいるもんね。
「はい、 ……ありがとうございます」
「じゃあご飯にしようか♪
あ、エネちゃん。ラーシュ君がフードを取っても驚かないでね!」
私がフードを取る事を推奨している話をしたら、エネちゃんは出会ってから一番驚いていたよ。




