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「あぁ、驚かせてしまったようで申し訳ない」
「い、いえ、大丈夫です。 えっと、何でしょうか?」
ヒソヒソと小声で会話する。ここは図書館だからね。
「トマスと申します。あやしい者ではありません。覗くつもりはなかったのですが、珍しい文字が目に入ってしまってつい」
「え、あ、はい。 えっと、私は桜子といいます。」
え、こっち?
文房具より文字の方がまずかったか。
「少し見せてもらってもよろしいですかな?」
「どうぞ……」
「ありがとう、それほど時間は取らせません。では失礼」
トマスさんはそう言うと私の隣の席に座って、それ以上近づかないようにしてノートを見た。
「初めて見ました。これはどこの国の文字ですか?」
「私の国の文字です。日本といいます」
「二ホン……、初めて聞きました。 それでしたらサクラコさんはロセウス人ではないのに、随分ロセウス語がお上手ですね」
「ありがとうございます」
とだけ言っておこう。なるべく話さないように。
それから、最初にトマスさんが言ったように少しだけ話しをしたと思ったら
「いきなりすみませんでした。またお見かけしたら“ニホン語”を見せていただいてよろしいですか? 意味はお聞きしませんから」
最後ウインクなんてしてくれちゃったりして!
それで私はちょっと笑っちゃって、警戒心が薄くなってしまった。
「はい。見るだけならどうぞ」
「ありがとう。ではまた」
本当に2~3分の短いやり取りだけで、トマスさんは去って行った。
……何だったんだろう?
学者さんには見えなかったけど、やっぱり学者さんだったのかな?色んな人がいるもんね。
まぁナンパじゃなかったのは確かだ。変ないやらしさは感じなかったし。
だけど困ったぞ。ジロジロ見られる事はないと思うけど、今みたいにたまたま目に入る事はあるかもしれない。日本語は興味を引くのかも。
でもこの国の文字で書いたら内容がわかられちゃうしな……。(チートフルセットで、話せるし読めるし書ける)
私は用心のために、人通りがない壁際の席に移動した。
これなら隣と前の人だけに気を付ければいい。といっても、すぐ横やすぐ前に座るという人はいないんだけど。
さり気に周りを見回す。大丈夫そうだ。
では続きを書こうか。
2、ラーシュ君を邸の所有者にする事。そのための方法を見つける事。
3、バンスクリップのロイヤリティーをラーシュ君に入るようにする事。
これは契約の変更をすればOKだと思う。
問題なのは、ラーシュ君が認められるかどうか。これは聞いてみればいい。ダメだったらまた考えよう。
4、もしも帰れるめどがつかないようなら、ここでの生活を真剣に考えなければならない事。
これは考えたくないけどね。
帰る方法はずっと探し続けるとしても、期限を決めて区切りをつけようと思う。仕事もしなくてはならないだろうし。
今思いつくのはこんなところかな。
頭で考えていた事でも、文字にするとはっきりするなぁ。計画も立てやすいぞ。
1の帰る方法を探すのは、まずはこの図書館で調べる事だ。
今ちょっとそれどころじゃなくなっちゃってるけど。
という事で、2のラーシュ君を邸の所有者にする計画を立てよう。
昨日も考えたけど、権力者に後ろ盾になってもらえるのが一番いいよね。
この世界の常識的に、ラーシュ君が邸の所有者になるのは厳しいかと思う。
ならば、ラーシュ君たちへの悪条件をすべてねじ伏せられる程の力を持つ人か、公には秘密でもいいから権利を確保させられるくらい力のある人が望ましい。
それくらいの権力者、いないかな~。
チートなスマホ様がいらっしゃる私なら、その人にとってラーシュ君の後ろ盾になってもいいと思えるくらいの価値のある物を差し出せると思うんだ。(たぶん)
私がこの国で知っている偉い人といえば、商業者ギルドの副ギルド長と、冒険者の方のギルマスさんだ。
どちらも偉い人だと思うけど、この世界の根強い常識を覆せるほどの権力を持っているかはわからない。わからないなら聞けばいい。
お二人がそれに該当しなかったら、また考えよう。
という事で、商業者ギルドに行こう!
冒険者ギルドではなく商業者ギルドにしたのは、私はバンスクリップのおかげで一目置かれてると思うからだ。
ついでに3のロイヤリティーの契約変更もしちゃいたい。(できたら)
まずは2と3だな。両方商業者ギルドですんだらいいんだけど。
話し合いにどのくらい時間がかかるかわからないから、行くのは明日かな。朝一で行ってみよう。
あ、そういうのってアポがいるのかな?副ギルド長なんて忙しそうだもんね。
じゃあ商業者ギルドに寄ってアポを取ってから帰ろうか。私は窓の外を見た。まだずいぶん明るいな……。
一応スマホの時間も見る。14:02だ。
ラーシュ君は一般的な冒険者より早めに仕事上がりをすると言っていたから、ギルドに寄って報酬を得て、私を迎えに来てくれる時間を逆算すると、そろそろ仕事上がりの頃かな?
すれ違っちゃったらまずいけど、今ここを出れば、たぶん大丈夫。
それに、たまには私が迎えに行ってもいいんじゃない?ちょっとしたサプライズだ。なんだか楽しくなってきたぞ。
まぁ迎えに行っても一緒に帰る訳じゃないんだけどね!
そうと決めたら、さっさと図書館を出よう!
冒険者ギルドに着いたら、ワクワクしながら少し離れたところに立つ。
ここなら帰ってきたラーシュ君は私が見えるし、私もラーシュ君がわかる。
わかるというのは、あのうっすい存在感のためだ。意識していなければラーシュ君を認識できないだろう。
そうして、しばらくその場に立って道行く人々を見ていたら(ちゃんとジャマにならないように張り付くくらい建物に寄ってるよ!)
へえぇぇ……
行きかう人の多さからしたらものすごく少ないけど、たまぁ~にローブ姿の人を見かける。
皆さん総じて存在感がうっすい!極薄だ。この何日か、ラーシュ君と一緒に歩いたから、かろうじてわかるようになった、ほぼ0の存在感!
すごいな。皆さん生きるためにこの技を会得しているんだ。
切ないなぁ。この人たちみんな、辛い日々を送っているのかな……。
私は初めて会った日のラーシュ君や「腹が減りすぎていて」と言ったクラウス君や、体格差のある男から暴力を受けていたエネさんを思った。
迫害されているすべての人を助けるなんてできないけど、縁あって知り合ったラーシュ君たちの助けになりたい。
というか、親類縁者のいないこの世界で、ラーシュ君と出会ってなかったら、私はとても困ったと思う。
精神的にもすごく助けてもらったし、これって助け合いだよね。
なんて考えていたら、おっ!人波にラーシュ君を発見!
ラーシュ君もすぐに私に気づいて、素早く近づいてきた。それから速度を落として私の横を通り過ぎると、路地に入って行った。私も続く。
「ラーシュ君お疲れ様!」
「はい、いえ、はい。 サクラコさん、どうしましたか?」
ラーシュ君はちょっと混乱している。
「たまには私が迎えに行こうと思ったのよ。驚いた?」
「はい、とても。何かあったかと思いました」
「あら、心配させちゃったか。ごめんね」
「いえ、何事もなかったらいいんです。 サクラコさんもお疲れ様でした」
「うん、ありがと!」
なんてやり取りをして、そういえばと迎えに来たもうひとつの理由を思い出した。
「それと、ちょっと商業者ギルドに用があるんだ。そんなに時間はかからないと思うけど、待ってもらうのも悪いからラーシュ君先に帰っててよ」
「いえ、時間がかからないというのなら待ってます。ぼくも依頼の報告がありますし。それに時間がかかっても待ってます。遅くなって女の人の一人歩きは危ないです」
ラーシュ君ならそう言うと思ったけどね!
「ありがとう。じゃあ、お互い用を済ませたら、またここで♪」
「はい」
商業者ギルド混んでなかったらいいな。




