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とりあえず今夜の宿が心配だ。辺りはますますオレンジ色になってきている。
時間を見ようと、無意識にリュックのポケットからスマホを取り出す。
画面には16:26の表示。
―――ん?
え!スマホ生きてんの?!
パスコードを入れると、普通にホーム画面が現れた!
え、使えるの? 異世界なのに圏外じゃないの?
そういえば、アニメ化もされたスマホが使える異世界物もあったっけ。
え…。
インターネットが使えるなら、“私TUEEE”じゃね?
いや、今は時間がない。とりあえず色んな検証は後にして、お金を作る事を優先しよう!
「ラーシュさん、話は戻りますが、これって(ダイヤのピアス)換金できますか?それとも未使用じゃないとダメですか?」
私は自分の耳を指さしたんだけど
「私の事は、どうぞラーシュと呼んでください」
何故かラーシュさんは明後日の返事をしてきた。
なんだそれ。私の問いに返してないんだけど?
「呼び捨てと言われても……。ちなみにラーシュさんおいくつですか?」
「二十歳です」
「あら年下。 ……ならラーシュ君で」
「はい」
ラーシュ君は嬉しそうに答えた。脱力。
「それで、これって…
あっ!未使用のものがあったわ!」
私はリュックの中から、お土産に買ったバンスクリップを取り出した。
「これはお金になりますか?」
綺麗な色のプラスチック製のヘアアクセサリー。
姉と私と妹二人分の、色違いのそれを見せる。
「これは……、なんですか?ガラスとも違う。こんなものは初めて見ました」
あぁ、プラスチックはないのか。な?
「これは髪留めです。ただ留めるだけじゃなくて、ちょっと綺麗でしょ? 素材はプラスチック(と金具)といいます。あまり丈夫じゃないけど、ものを軽く作る事ができるんですよ」
私はひとつをラーシュ君に手渡した。
ラーシュ君はおずおずと受け取ると
「本当に…、軽くて、透き通っていて綺麗ですね」
光に透かしたりして見ている。
「お金になりますか?」
「なります!どれほどの価値になるかわかりませんが、これは商業者ギルドに持って行った方がいいと思います。
私は女性の装飾品はわかりませんが、少なくとも今まで見た事はありません。同じものがないなら、サ、クラコさんは、この髪留めの権利を得た方がいいと思います」
ん? 特許権とか著作権って事?
ほ~お……。
私は持っている知識をフル動員して考えた。
よし!当たってくだけろだ!やれるだけやってみよう!
「すみません、場所がわからないので、面倒とは思いますが商業者ギルドに連れて行ってもらえますか?」
「面倒なんて思いません!私なんかでよかったら商業者ギルドへご案内します」
私でよかったらって、君しかいないんだけど……。
「ラーシュ君、君づけになったという事で、お互いしゃべり方を変えません?お世話になってる身でナンですが、ちょっと堅苦しいんですよね。馴れ馴れしいのが苦手ならこのままでいいですけど」(送ってもらったらお別れだろうし)
道々歩きながら提案してみる。
「しゃべり方ですか? どのように?」
「ラーシュ君だって普段からこんなに丁寧に話している訳じゃないでしょ?親しい人とはもっと気軽に話してると思うんだけど。って、こんな感じです」
「…………」
あら、また固まった。いったいなんの病気だろう。心配になるわ。
「別に強制じゃないですよ?馴れ馴れしい口調が好きじゃない人だっていますし。ラーシュ君がイヤなら…」
「いえ!どうかそのように! サ、クラコさんは、そのように話してください!お望みなら私もできるだけそうします」
そんなに大変な事なんだろか……。
まぁ、ため口でいいっていうならそうしよう。
丁寧語とか使い慣れてないし、会社にいるみたいだしね。
「サ、クラコ、さん。ここから大通りに出ます。私と一緒にいると思われると、サ、クラコさんに、ご迷惑がかかります。少し離れて後をついて来てください」
「え?何の迷惑?道案内をしてもらってるんだから迷惑じゃなくて親切じゃない?」
ラーシュ君はまた固まった。
ほんとに大丈夫か~?
というかラーシュ君、私の名前が呼びづらそうだなぁ。
ぎこちない発音だよ。日本語の“桜子”は発音しづらいのかな?
「……そう言ってくださってありがとうございます。 サ、クラコさんは知らないでしょうが、この大陸の多くの国では、私のような者は先ほどのような事が日常なのです。一緒にいるというだけで、きっと、サ、クラコさんにも被害がおよぶと思います。ですから離れてついて来てください」
泣きそうな声でそう言われたら、うんとしか答えられないよね。
美醜逆転、マジで厳しい世界かも。
それから道案内され、後をついて歩く事しばし。
ラーシュ君はある建物の前で一瞬足を止めると、そのまま通り過ぎた。
看板には『商業者ギルド』と書かれている。
私は大急ぎでラーシュ君を追いかけて、追い越しざま彼にだけ聞こえるようにお礼を言うと、不自然にならないように踵を返した。
お礼はちゃんと言わないとね!
そうして商業者ギルドの建物の前に戻ってくると、気合を入れた。
社会人一年生の世間知らずな小娘にどこまでやれるか。
緊張はあるけれど、ここでお金を手に入れなくては今夜の宿代にも困るのだ。
がんばれ桜子!!
ひとつ深呼吸。
私は商業者ギルドのドアを開けた。
建物の中は、大きな病院の受け付けロビーのようだった。
いくつかある窓口には受付嬢が一人だけ。営業時間は終わりなのかもしれない。
「あの、まだ大丈夫ですか?」
受付嬢さんはお太りのブサイクさんだった。
という事は、この世界的に美人さんという事だ。たぶん。
そういえばさっき醜男にブスと言われたけど、私ってここの基準ではどうなんだろう?
言われた通りブスなんだろか?ブサイクには(私にとっては美形)厳しい世界と思われる。できれば元の世界と同じく普通がいい。
「はい。ご新規のご加入ですか?商品の売込みですか?」
受付嬢さんのにこやかな対応に、一応ブサイクでは(私にとっては美形)ないらしいとホッとする。……いや、微妙。
「両方お願いします」
「承りました。今日は商品をお持ちですか?」
「はい、これなんですけど……(リュックからバンスクリップを取り出す)これがもう商品としてあるのか調べてもらって、ないならこれの登録もお願いします」
「これは……? この材質、この形状……、 少々お待ちください!」
受付嬢さんは後ろにあるドアから急いでどこかに行ってしまった。
やっぱプラスチックはヤバかったかな~。このままここにいて大丈夫かな。逃げるなら今だけど、お金がないままじゃ困るしなぁ……。
私がどっちつかずに迷っていると、受付嬢さんが出て行ったドアから、でっぷりとしたギリ耐えられるくらいのブサメンさんがやってきた。
「副ギルド長のオスカーです。珍しいものを持ち込まれたと。見せていただいても?」
このブサメンさんは街でぶつかってきたり、ラーシュ君を蹴ったヤツとは違うようだ。ちゃんとしているっぽい。
ならブサメンさんは悪いね。いやこの世界では誉め言葉なのか?
「お時間をいただきありがとうございます。私は桜子といいます。お売りしたい物はこれです」
そう言ってバンスクリップを手渡すと、オスカーさんはそれをしげしげと見て、私に返しながら聞いてきた。
「これは何に使うものですか?」
「髪留めです。これはまだ未使用ですけど、使い方をお見せしましょうか?」
「ぜひ。ではこちらにいらしてください」
どうやら商談にはこぎつけたらしい。
これからが本番だ!がんばれ桜子!!