23.5
◇◆クラウス◇◆
「じゃあ行ってきます。ちゃんと安静にしててね」
サクラコさんとラーシュが出かけて行った。
玄関でふたりを見送って、ぼくは“ぼくの部屋”に行ってみる。
静かに中に入るけど、全然自分の部屋という気がしない。
当り前だよな。生まれてから今まで“自分の部屋”というものを持った事がないんだから。
教会では大部屋だったし、その後は、よくて宿屋暮らしだった。
それに、ぼくの部屋になったばかりだし。
元に戻しておいた高級な椅子を、また窓際まで持って行く。座って外を見る。部屋からは広い庭が見える。
庭の先には門があって、ぼくは昨日そこから入ってきたけど、二人の姿はもうどこにも見えなかった。
サクラコさん、図書館に行くって言ってたな。
図書館で何をするんだろう。何って本を読むんだろうけど。
それからぼくは、少し考えて部屋の中央に立って部屋中を見回した。
ここが、こんな立派な部屋が、ぼくの部屋……。
やっぱり信じられない。夢なんじゃないかな。
ぼくは森を出たところで倒れて、もうすぐ死ぬってところで、最後に幸せな夢を見てるんじゃないかな。
ぼくたちのような者は、死ぬ時にやっと幸せを感じると聞いた事があった。
これがそうなら、聞いていた事は本当だった。
それなら、あの立派なベッドに横になってもいいかな……。
ぼくはローブを脱いで、恐る恐る高級なベッドに横になった。
うわぁ!ものすごく柔らかい!
椅子もそうだったけど、ベッドも体全体を柔らかく包み込んだ。どこまでも沈んでいく感覚に目を閉じる。
「クラウス君、上級ポーションのおかげで大丈夫になったかもしれないけど、昨日あんなにひどいケガをしていたんだよ?私が心配だから、一日だけでも様子をみてよ」
ふわふわの柔らかさに、サクラコさんの声を思い出す。
心配……。
サクラコさん、ぼくは心配なんてされた事なかったです。心配されるって嬉しいんですね。
サクラコさんが心配するなら、言われた通り安静にしています。
生まれて初めての柔らかいベッドに横になっているうちに、ぼくはいつの間にか眠っていたようだ。
ふと目覚めて、焦って窓の外を見る。よかった、まだ日は高い。
立ち上がると、 ……あれ?
驚くほど体が軽くなっている。なんだか頭もスッキリしたような?
びっくりした。そんなに深く眠ったか?
この世のどこにも安心できる場所なんてなくて、いつも眠りは浅かったのに。
そんな事ありえないよな。あの高級なベッドのせいかもしれない。
この時はそう思っていたけど、この日の夜も、それからの夜も、ずっと深く眠れるようになった。
腹が減った。寝てただけなのにちゃんと腹って減るんだな。厨房に下りていく。
サクラコさんが朝食を作っている時に一緒に昼食も作っていて「お昼ご飯ここに置いておくから遠慮しないでちゃんと食べてね」と言ってくれたんだ。
遠慮する気持ちはあるけれど、食欲とサクラコさんの言いつけには逆らえない。
ひっそりと、皿に盛られているサンドイッチを食べる。
「美味い……」
思わず声が出た。
昨日からずっと美味いものを食べさせてもらっている。
そもそも毎食食べられるなんて稀な事だ。それなのに、そのご飯が美味いんだ。本当に、なんていう幸運なんだろう。
食べながら涙が出てきた。何の涙かわからないけど。
食べ終わったら皿を洗って、お揃いのコップで水を飲む。
厨房内を見回す。
居心地がいいと感じる。ここにはぼくを拒むものがない。
サクラコさんは帰ってきたらお茶を飲むと言っていた。
ぼくは丁度よくお湯が用意できるように、何度も玄関と厨房を往復した。
こんな事した事なかったから、ぼくは何もかもわからないんだ。
どのくらい経ったか、やっとサクラコさんが帰ってきた。
ドアが開く音に慌てて玄関に行くとーーー
両肩をサクラコさんとラーシュに支えられた“こちら側の者”がいた。




