2.5
◇◆ラーシュ◇◆
女の子は、ここに至るまでのいきさつを話し出した。
なるほど。この大陸の人じゃないから、ぼくたちのようなローブ姿の意味を知らないんだな。
だけど顔を見られたらどうなるかわからない。
けして顔を見られないようにしなければ。
対面で話してくれている事でさえ(もちろんフードでしっかり顔は隠している)ぼくにとっては奇跡だというのに、女の子は驚く事を言った。
「私の持ち物で換金できる物があるか見てもらえますか?それから換金できるお店を教えてもらえたら助かります」
私物を見せてくれる? ぼくなんかに?
そんな事は生きてきて今まで一度もなかった。
どういう事かと理解するのに時間がかかる。
「すみません面倒な事を言いました。大丈夫です自分でなんとかします。親切にしていただいてありがとうございました。では」
一瞬言葉を失った事をどうとらえたのか、女の子は去ろうとした。
待って!行かないで!
このままこの子と別れたくない!
人に対して、初めて覚えた感情だった。
僕は大慌てて面倒じゃないと告げた。
それから、初めての感情をもっともっと知った。
ぼくなんかに名のってくれた事。
誰かを名前で呼んだのも初めてだった。
ぼくたちのような者は、仲間同士、といっていいのか、で連れだったりしない。
お互いの醜い顔を見て不幸を再認識するのが辛すぎるから。
だから名を呼び合う事もなかった。
サクラコさん、とスムーズに呼べるまで、緊張と恥ずかしさと嬉しさで時間がかかってしまった。
驚く事に、僕の顔を見ても平気だった事。
後から、サクラコさんの生まれ育った国とこの大陸との感性の違いなのだと言われたけど。
そう言われても、ぼくはなかなか理解できなかった。
だけどサクラコさんが言った、国が違えば感性も習性も違うという事を、サクラコさんはその後の言動で納得させてくれた。
理不尽な暴力から庇われた事。
自分の三倍はあろうかという男に向かって、サクラコさんはぼくへの謝罪を求めたのだ。
暴力の対象がサクラコさんに移ったけど、返り討ちにしたサクラコさんはめちゃくちゃかっこよかった!
こんな、ぼくなんかの、手をとってくれた事。
男を怯ませた隙に、サクラコさんは僕の手をとって一緒に走り出したのだ!
一緒に何かをするというのは、いつでも無視や罵声や暴力なんか相手側だった。
ぼくなんかと一緒に逃げてくれた事、途中で頼ってくれた事に、走りながら信じられない気持ちでいっぱいになった。
しばらく走っていたら、何故かサクラコさんは笑い出した。
何がおきた?!
驚いて足を止めたぼくに、ひとしきり笑ったサクラコさんは言った。
「ごめんなさい。あんな風に人を怒鳴った事も、習った護身術を使ったのも初めてだったからテンションおかしくなっちゃってます!
あー、疲れた!あー、怖かった!」
何て事だ!
そんなの、考えなくても分かる事だったのに!
自分より大きな男に向かっていくなんて、どれほど怖かっただろう。
しかもそれは自分のためではないのだ。
ただ守られた事、暴力を受け入れる事が当たり前だと思っていた事が、初めて恥ずかしいと思った。
サクラコさんの手、震えてる……。
もう二度と怖い思いをさせたくないという思いが込み上げる。
今日一日で、いや、このたった何時間かの間で、温かい思い、戸惑い、喜び、望み、恐れ、後悔、たぶん幸せという思い。
色んな感情がいっぺんに心の中にあふれてきて、こんな感情を教えてくれたサクラコさんに感謝の気持ちでいっぱいになった。
どうしてもこの感謝を、心からの思いを伝えたかった。
お礼を言ったぼくに、サクラコさんは不思議な顔をしている。
きっと、普通の人にとっては特に何という事もないのだろう。
だけどぼくにとっては、本当に……、奇跡みたいな出来事だったんだ。
こんな高揚感も初めてだった。