表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/93

19.5




◇◆ラーシュ◇◆




上級ポーションで回復した男は、ぼくのローブを視界に入れて少しだけ安心したようだった。

ただ、よけいに困惑していると思うけど。


サクラコさんは男に怪我の具合を聞いて、途切れ途切れの答えを聞くと、当然のように言った。


「そう!それならよかった! 

じゃあ行けそうなら行こうか。よかったら町まで一緒に戻ろう」

「え…」


男は三度みたびぼくを見た。その気持ちはわかる。


「好きにしたらいい。この方はそんな事で怒鳴ったり殴ったりしない」


サクラコさんは憤慨したようにぼくを見た。


「ぼくたちのような者は、常に暴言と暴力に警戒しなければならないのです。いつ、どんな時にどうなるか、相手の機嫌次第なので…」

「…………」


これ、もう通訳だよね。




その後も、サクラコさんは男に食べ物を与え、食べ終えて落ち着いた男をシェアハウスに誘った。

サクラコさんがぼくにしてくれた事を思い返せば、これらはとても当たり前の行為だった。


男に話す前に、ぼくに一緒に住んでもいいかと聞いてくれたのは嬉しかった。ぼくの事を尊重してくれているとわかったから。

そういう事もあって同居には同意した。そうじゃなくても、ぼくがサクラコさんに反対する理由はない。

しかもあのおやしきの持ち主はサクラコさんだ。ぼくは住まわせてもらっている方なのだから。


という訳で全部納得できるし、サクラコさんのしたい事、する事に反対なんてしないけど……。

何といっていいかわからない感情が、心の中に、少しある。

なんだか嫌な気持ちになる、これは何だろう?


「ラーシュ君、お茶を淹れるよ」


よくわからない気持ちを考えようとしたら、サクラコさんから声がかかった。


「ラーシュ君、もっと甘い方がよかったら使ってね」

「ありがとうございます」


美味しそうなアイスティーが入ったカップとシロップが渡された。

ぼくが甘い物好きなのを知っているサクラコさんの気遣いに、暗くなりかかった気持ちが霧散した。


ありがとうございます。

サクラコさんはいつもぼくを幸せにしてくれます。







◇◆クラウス◇◆




何で普通の女の子がぼくなんかの側にいられるんだろう?

何で普通の女の子がぼくなんかと会話できているんだろう?

何が何やらわからない。


同じくらいわからないけど、なんで普通の女の子と一緒に“こちら側の者”がいるんだろう?

まったくわからなかった。


それにしても、何でこの女の子は()()()()()を心配してくれてるんだ?

本当に上級ポーションを使ってくれたのか?ぼくなんかに?


でもあれほどの怪我が治っているし(見えないけどたぶん)体の渇きも薄らいでいる。

上級ポーションなんてどんなかわからないけど、きっと使ってくれたんだろう。


さらに困惑が続く。

女の子は、ぼくに食べ物を与えてくれたのだ。


一瞬躊躇する。だけど空腹の限界を超えていたぼくは、ひと匙口にすると、後はもう手が止まらなかった。

すっかり満足するまで、与えられるまま食べつくす。


満腹になって、ハッとした。


「すみません!こんなにたくさん食べてしまって! ……すみません、料理のお代が……。ポーション代と一緒に、必ずお返ししますから」

「あぁ、うん。気にするならもらうから、今は気にしないでいいよ。

そういえばまだ名のってなかったね。私は桜子。

あのね、君にひとつ提案があるんだけど、聞いてくれる?」


女の子はまったく気にするでもなく、それどころか、ぼくに、名のってくれた?


……サクラコ、さん。

聞き間違いじゃなかったら、女の子の名前は“サクラコ”さんだ。


「私たち、私と、このラーシュ君ね、一軒の家で共同生活してるのよ。シェアハウスってわかる?

でね、もしよかったら、君もどうかな?」


え…

サクラコさんに言われた事が理解できなかった。


「本当だ。ぼくはサクラコさんの家でお世話になっている。とても信じられないと思うけど、サクラコさんはぼくたちのような者を厭わない。

ぼくもいまだに信じられない気持ちがある。夢じゃないかと思う事もある」


“こちら側の男”が淡々と言う。


夢か……。

ぼくは今、人生の最後に夢を見ているのか。


死にそうになっているのはそのまま、今までの人生で全くなかった、信じられない程の幸運を夢見ているのか。

でも、いい事なんてひとつもなかった人生だ。こんな、腹いっぱいや、親切にされる気持ちなんてぼくは知らない。

知らない事でも夢って見られるものかな?


それから、とても信じられない話を聞く。

国によっては、常識や価値観が違う事があるのは知っている。だけど大陸で共通の、美への意識が正反対なんて事があるんだろうか?

全ての人たちから忌み嫌われるほど醜いぼくたちのような者が、美形に見えるなんて事が?本当に?


夢か現かわからないまま、サクラコさんから冷たいお茶をもらう。


甘くて美味しい……。

冷たい感覚が、少しだけぼくを現実に戻した。


「……あの、クラウスといいます。 ……えっと、……えっと」

「うん、クラウス君。すぐに決めなくていいよ。とりあえずうちに来て、見て決めたら?」

「……はい」


優しい声に、小さく返事をしていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ