15.5
◇◆ラーシュ◇◆
今日も朝日が昇る前に目が覚めた。それはいつもの事だけど。
だけど、起きて、ギルドに行って、依頼をこなして、宿に戻って寝る。その繰り返しに、ただ生きているだけの毎日に、特別何かを思う事なんてなかった。
夜と区別するだけの朝の光が眩しいなんて、二十年間で初めて感じた。
食材も味つけも違うんだろうけど、食べ物が美味いなんて初めて実感した。
楽しそうに食事をしている人たちを見て、自分は一生知らないものなのだろうと思っていたのに、それを知る事ができた。
朝起きるのが嬉しくてしかたない。
サクラコさんのために何ができるか、考えるだけで嬉しすぎる。
眠るのが惜しいだなんて、今まで思った事もなかった。
毎日幸せな気持ちで眠りについて、心も体も健やかになっていく。
そんな奇跡の日々は、サクラコさんと出会って今日で7日になった。
横になっていられず、いそいそと起き出してしまう。
今のところぼくだけしか使っていない“男湯”に行って顔を洗う。
今までは清浄魔法ですませていたけれど、サクラコさんと同じ事をしたくて水を使う。
小さな満足を得て厨房に行く。
火の準備をしてお湯を沸かす。
そろそろサクラコさんが下りてくる頃だ。
「ラーシュ君おはよう!早いねぇ、今日も負けた!」
「サ、クラコさん、おはようございます」
サクラコさんの姿を見て声を聞いて、嬉しさでいっぱいになる。
……あれ?
嬉しさでいっぱいだった心の中に、小さな違和感が……。
隣に並んで一緒に朝食を作り出す。
ぼくはハムエッグを焼きながら、チラチラとサクラコさんを盗み見た。
やっぱり少し変だ。
サクラコさん……、ちょっと元気がないように思える。
ぼくの勘違いかもしれない。だけど勘違いじゃなかったら、ぼくなんかでも何か力になれないだろうか。
勇気を出して声をかけた。
「サクラコさん!」
ぼくが言い終わる前に、サクラコさんの目から大量の涙があふれ出た。
笑顔で料理をしていたはずのサクラコさんが、何の前触れもなく滂沱の涙を流している。
ぼくは死ぬほど驚いて、どうしていいかわからず……、サクラコさんが泣き止むまで何もできないでいた。
「ごめん、もう大丈夫。いっぱい泣いたらすっきりした」
ずいぶんたった頃、サクラコさんが小さく言った。
声を上げないで泣く姿は悲痛だった。真っ赤な目が痛々しい。
ぼくなんかでも何かの力になれないかと思ったのに、冷やしたタオルを渡す事しかできなかった。
「ごめんね、ご飯が冷めちゃったね。
……食べながらでいいから、私の話を聞いてくれる?」
それから、サクラコさんは信じられないような話をしてくれた。
にわかには信じられない。だけど、やっぱりそうかという思いもあった。
サクラコさんのあの魔法、ぼくはあんなの見た事がない。ぼくの知る魔法とはまったく違っている。
家族の話をし始めると、サクラコさんはまた目を潤ませた。
ぼくには家族がいないから、それを失うかもしれない恐怖や哀しさはわからない。
だけどサクラコさんがいない人生を思ったら……、わかる気がした。
サクラコさんがこんな真っ暗で冷たい思いをしているとしたら……
そんなのはだめだ!サクラコさんには少しも辛い思いをしてほしくない!ぼくは必死に言い募った。
後から思い返したら赤面ものの言葉だ。だけど思いは届いたようで、サクラコさんはありがとうと笑って言ってくれた。
それから朝ご飯を食べた。「冷めちゃったね、ごめんね」とか「トーストかたくなっちゃったね」とかサクラコさんは言うけど、そんなのは全然平気だ。
もちろん温かい方が美味いけど、これだってサクラコさんと出会う前のものに比べたら美味すぎる。
泣きはらした顔で、それでも美味しそうにご飯を食べるサクラコさん。
少しでもサクラコさんが元気になってくれたのならよかった。
食事が終わると、まだ哀しみの残る顔でサクラコさんは元気に言った。
「今日は図書館に行かずに冒険者ギルドに行こうと思う!」
……え、冒険者ギルド?
ぼくはぎくりとした。
ギルドには強くてかっこいい男がたくさんいる。
サクラコさんに見てほしくないな、と思って思い出す。
サクラコさんのお国と、この大陸とでは美醜の感じ方が逆なんだった。
あんなにかっこよくて美しい男たちを、サクラコさんは“ブサイク”と言う。
やっぱり信じられない。
それだけじゃない。サクラコさんはぼくたちのような者への“当たり前の行為”を理不尽だと憤っている。
サクラコさんは大胆な行動をとるからな。ぼくが十分に注意しておかないと。
と思うのに、
後ろを歩いているサクラコさんから不穏なものを感じる……。




