2
「実は……。(身の上話を考え中)
どうやら私は、魔法で(魔法設定あるよね?)この国に飛ばされてきてしまったようなんです。私の生まれ育った国は小さな島国で、私はこの国の事を知りません。お金も自分の国のものしか持ってなくて、今日泊まる宿代さえありません。
私の持ち物で換金できる物があるか見てもらえますか?それから換金できるお店を教えてもらえたら助かります」
「え……」
フード君は絶句した。
あれ?めんどくさい事を言っちゃったかな?
それとも魔法がない設定?ないならヤバいかも。
「すみません面倒な事を言いました。大丈夫です自分でなんとかします。親切に言っていただいてありがとうございました。では」
早口で言って逃げ出そうとすると、大慌ての声が降ってきた。
「いえ!面倒じゃないです! ……えっと、私が、持ち物を見て、いいんですか?」
「見なくちゃ売れるかわからないじゃないですか」
面倒じゃないというのなら面倒をみてもらおう。
魔法発言もスルーという事はあるという事だ。
よかった。
あぁそれより!世話になろうって人に名のりもしてなかったよ!
「申し遅れました。私…(姓はいわないでいいかな)桜子といいます。よろしくお願いします」
フード君はまた固まった。
何が彼をそうさせるんだろう。変な病気じゃなかったらいいんだけど。
「名前……。名前……。サ、クラコさん……。
……ラーシュです。よろしく、お願いします」
「ラーシュさん。はい、よろしくお願いします(二回目)それで、これなんですけど、未使用じゃなくても大丈夫ですか?持ち物で一番値打ちがあるのはこれなんです」
私は自分の耳を指さした。小さいけどダイヤのピアスが見える筈だ。
ラーシュさんは指につられて視線を上げた。
「わぁ…!」
私の耳を見るという事は、俯いていた顔を上げるという事。
そこにはめちゃくちゃ綺麗な顔があった!
ラーシュさんは一瞬で顔を下げると後ずさった。
「すみません!」
「え?」
「すみませんすみません。どうか大声を上げないでください。不快な思いをさせてしまいすみませんでした。すぐに行きますから許してください」
「え…」
そう言って足早に行こうとしたラーシュさんに慌てて声をかける。
「ラーシュさん待ってください!いきなりどうしたんですか!」
数歩行きかけていたラーシュさんが立ち止まった。
そして、そのまま小さな声で問いかけてきた。
「あの…、あの…、
……私の顔を見たのに、大丈夫なんですか?」
「はい?大丈夫とは?」(確かにびっくりする程綺麗なお顔立ちだけど。綺麗に大丈夫とは違うような…?)
ラーシュさんはたっぷりの間を取ってから、ゆっくりとこちらに向き直った。
「……私の顔を見て、不快ではありませんか?」
「いえ、全然?」(むしろ直視できないレベルの美しさ!男の人でも美人っていってもいいのかな?)
ラーシュさんは言葉をなくして立ち尽くしている。
これどういう事? ちょっと!どうすればいいの? 私時間がないんだけど!
……というか。
あれ? えっと……。 これってもしかして?
私はそおっとラーシュさんに近づくと、そのフードの中を覗いた。
うわっ!やっぱり美しすぎる顔が見えるよ!
ラーシュさんは身についた反射のように顔を逸らした。
あぁ、すみませんね。
それから私は大通りを歩く人たちを見た。
うん、変わらずブサイクでお太りな方々が行き来している。(悪口じゃないよ!)
これってもしかして……。
美醜逆転の世界に来ちゃった?!
うわー!うわー!マジか!
ここがほんとに美醜逆転の世界だとしたら、
いや!憶測で決めてはいけない!しっかり確認しなければ!
「ラーシュさん、二つ質問があるんですが、いいですか?」
「……はい」
私はつばを飲み込んで通りに目を向けた。
ひどく喉が渇いているよ。
「あそこを歩いている太った人たちは、綺麗な人ですか?」
「はい」
「ラーシュさんは(何て言えばいいんだろう) ……逆のように思われていますか?」
「……はい」
美醜逆転物だー! 美醜逆転の世界だ! 美醜逆転の世界に来ちゃった!!
美醜逆転物は好きなジャンルだった。
不幸な人が幸せになるお話はいい。
できれば不幸は小さい方がいいけど、よりよかったね!と思わせるには、不幸の度合いが大きい程その効果があるようで、これでもかと不幸な登場人物が多かった。
たしかに、うんうんよかったね!と喜んで、ハッピーエンド最高―!と、気分よくお話を読んでいたけど……。
その世界?
この親切で(たぶん)優しいラーシュさんも辛い人生を送ってるの?
いや、最初からおどおどしている気弱な感じは、すでにそう物語っているけど。
だけど美醜逆転って、これどうしたらいいの?
なんて思っていると
「なんでお前みたいな奴がいるんだ!目障りだ!」
ブサイクなお太りが荒げた声をかけてきた。
「すみません!」
反射のように謝罪の言葉を告げるラーシュさん。
え?このデブ何言っちゃってんの?
「さっさと失せろ!」
ブサイクはラーシュさんを蹴りつけた。
えー!このデブ何してくれちゃってんの!
「おい!何すんだ!この野蛮人!」
理不尽な暴力にカッとなってブサデブを怒鳴りつけた。
「あ?なんだおまえ」
「なんだっておまえには関係ないだろ!それよりいきなり人を蹴るなんてゴロツキか!彼に謝れ!」
「生意気な女だな!ブスが!」
醜男にブスって言われた!
じゃない!怒った醜男が腕をつかんできた!
対格差のある女の子に暴力をふるうなんて男失格だな!
私は空いている方の手で醜男の手首をつかんで技をかけた。
「―――っ!!!」
醜男はバッと手を離して膝をついた。今だ!
「逃げますよ!」
私はラーシュさんの手をとって路地に向かって走り出した。
「ラーシュさん、この辺りには詳しいですか?私まったくわからないんで、わかるなら先を行ってください!」
「はい!」
ラーシュさんは大きく返事をすると前に出て、繋いだ手を引っ張るように走ってくれた。
しばらく走って、息は苦しいし、異世界転移?なんてビックリ体験やら、生まれて初めて人に暴力(正当防衛だけど!)をふるってしまった妙な高揚感に、私は笑いだしてしまった。
ラーシュさんは驚いて足を止めた。
そりゃ驚くよね。ヤバいヤツだと思われちゃったかも。そう思うとますます笑いが止まらない。
やっと笑いが収まって、ついでに息も落ち着いてから説明した。
ヤバいヤツ判定は困る。
「ごめんなさい。あんな風に人を怒鳴った事も、習った護身術を使ったのも初めてだったからテンションおかしくなっちゃってます!
あー、疲れた!あー、怖かった!」
ほんと、今になって震えがきてるし。
私が自分の腕をさすっていると
「……ありがとうございました」
ラーシュさんにお礼を言われた。
え、なんの?
私は不思議顔をしていたのだろう、ラーシュさんは続けた。
「あんな風に庇われた事も、助けられた事もありませんでした。
それからたくさん、本当に……
……サ、クラコさん、ありがとうございました」
泣きそうなのに嬉しそうに聞こえた声は、たぶん、気のせいじゃないと思う。