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異世界にきて6日目。
今日はお風呂の工事をしてもらう。壁紙工事の時と同じく、昨日の夜発注して翌日にもう着工。異世界はほんと仕事が早いよ!
工事中は外に出ていなければならない。ジャマだからか、危ないからか?
金銭のやり取りもギルドの口座引き落としなので、業者さんに会わなくていいとの事。
まぁよくわからない、あっちとこっちのやり取りなんでしょう。
そしてやっぱりファンタジーな異世界仕様。
お風呂をふたつに分けるだなんて大掛かりな工事だと思うのに一日で終わるんだって。
浴槽と脱衣所をまっぷたつに分けるだけといっても、壁を作ったり、反対に壁にドアを作ったりと大変なんじゃないかと思うんだけど……。
ファンタジーだしね、と考えるのをやめた。
それと、一日外に出ていてくださいといわれなくても、今日も図書館に行く予定だ。
早々に朝ご飯も食べ終わったし、では出かけますか。
「ラーシュ君、今日は送ってくれなくても大丈夫だよ。ラーシュ君だって自分の仕事があるのに二日もありがとね。おかげさまで道は憶えたよ」
「え…、 いえ、 はい……」
そんなションボリ声しなくても。
だってこっちの世界に来てからずっとお世話になりっぱなしなんだもん、申し訳ないと思うじゃない。
なのにこのションボリ感……。
しょうがないなぁ!
私だっていい大人なんだけどな!
「……えっと、道は憶えたけど人には慣れてないから、もしよかったら今日も送ってくれる?」
「はい!」
間髪入れずいい返事がくる。声から嬉しさがあふれてるよ。あれかな、必要とされたいとか、そういうの何ていったっけ? 承認欲求?
美醜逆転物のストーリーや、ラーシュ君から聞いた感じでは、ラーシュ君は今まで誰からも必要とされてこなかったと思われる。
魔力を必要とされる依頼はまた別じゃない?労いも感謝もないみたいだし。
切ないなぁ……。
私が今まで当たり前に言っていた「ありがとう」の言葉だって、ラーシュ君は言われる度にびっくりするんだよ。
いや、話しかけられる事自体におろおろしていたわ。
一緒に過ごして6日、ちょっとは慣れたみたいだけどね。
私は、ごく一般的な家庭で育った普通の子だ。
四姉妹だから四等分かもしれないけど、両親からはちゃんと愛情を感じていた。
年が離れていたのもあるかもだけど、姉妹仲もよかったと思う。
だからラーシュ君の本当のところはわからない。
わからないけど、私がここにいる間は(帰れるかわからないけど)たくさん嬉しいと思う事をしてあげたいと思う。
あげたいとか、上から思ってるんじゃないよ?
こう、自然に湧き上がってくる愛情的な?
昨今よく使われている、させていただきたいっていうのは何か違うと思うし。
という訳で、今日も一緒に図書館に行く。
「送ってくれてありがとう。ラーシュ君も気をつけていってらっしゃい」
毎度お礼を言うと、今日は大変化がおこった!
「……はい、いって、きます」
ラーシュ君から返事が来たのだ!
いや、家の中ではちゃんと言葉のやり取りはあるよ?
だけど、外に出たら離れて歩くとか、他人のふりをしていたのに。
「ラーシュ君……。 うん!」
私には当たり前の会話だけど、ラーシュ君にとっては、すごくがんばった事なんだと思う。
私とかかわった事で、ラーシュ君は変わろうとしているのかもしれない。
それがラーシュ君にとっていい方向になるならいいな。
だけど……。
ラーシュ君を見送りながら、私はイヤな事を思いついてしまった。
図書館を見上げる。
私は日本に帰るために、帰る方法を探すために、ここに来ている。帰りたいもん。
そんな私が、“期間限定の優しさ”なんて押し付けちゃっていいんだろか?気の毒だからって理由で。
いや、それだけじゃない気持ちもちょっとはあるけどさ……。
でも大きな感情でいったら同情だ。それって自己満足なんじゃないだろか。
ラーシュ君の“どうしていいかわからない喜び”みたいなものを感じるたびに、こっちまで嬉しくなってたけど……。
私がいなくなった後、ラーシュ君はどうなってしまうんだろ……。
優しくするだけしといて、帰れる事になったら置き去りにしてしまうのに。
人として当たり前の生活も、私がいなくなったら取り上げられてしまうかもしれないのに。
じわじわと罪悪感が胸に広がる。
「帰れるかわからないしね……」
言い訳がましくつぶやいてみる。
まぁ、帰りたいけどね。
私はトボトボと図書館に入った。
夕方。今日も眼精疲労がハンパない。腰も痛いし、肩凝った。何だか首や背中も痛いような……。
一日中座って本を読んでいるんだもん、そりゃ体は固まるわ。
そして今日も収穫はなし。疲れが余計増すよぉ。
外に出ると、待っていたように(実際待っているんでしょうけど)スッと近寄ってくる人影。もう当たり前のように感じている。
や、当たり前といってもちゃんと感謝の気持ちはあるよ!
「ラーシュ君もお疲れ様!疲れているのに迎えに来てくれてありがとね」
「はい、 いえ、 ……はい」
朝のあの罪悪感はなくなったわけではない。
だけど、今までの生活で当たり前に口にしていた言葉は考えなくても声に出ちゃうんだよね。
「疲れたし、お腹は空いたし、帰ろっか」
「…………」
「ラーシュ君お先どうぞ」
「……はい」
歩き出さないラーシュ君に声をかけると、ラーシュ君はちょっとためらったような後、歩き出した。
どうしたラーシュ君?
でもまぁもう歩き出しちゃったし……。
私も後を歩き出す。
ラーシュ君からは、どんどん存在感がなくなっていく。ラーシュ君の生きる術だ。
……ラーシュ君に哀しい思いをさせたい訳じゃない。
だけど私だって望んでここに来たんじゃない。
だから……
ラーシュ君の薄い背中を見ながら、私は私にとっての普通で過ごそうと決めた。
私の人生だ。私が最善と思う事、私がやりたいと思う事をしていこう。後悔や反省は後からすればいい。
おしゃべりする相手もいないし、私は色々考えながらうっすい存在感を見失わないように歩く。
そういえば、この世界に来た日から、こうやって歩いているんだよね。
なんだかラーシュ君に導かれているみたいだ。
なんて思って、ちょっと笑ってしまった。
私のイメージする“導く人”って、先生とか、ファンタジーだったら賢者とか英雄とか?強い、力のある指導者で、ラーシュ君とは正反対なんだもん。
だけど、この世界で初めて出会った人がラーシュ君でよかったと思う。
賢者や英雄だったら、また違ったファンタジー世界だったかもだけど、ラーシュ君の気弱な感じとか、私を尊重してくれるところとか、待ってくれるところとか、私がこの世界で生活するには最適な人だったんじゃないかな。
いや、馴染む前に帰りたいけどさ。
早く帰りたいけど……。
この世界に来て一週間ほど。
まだ一週間なのに、ちょっとずつ慣れてきてる私がいる。
人って環境に慣れるもんなんだなぁ。
ここにどのくらいいるかわからない。
考えたくないけど、元の世界に帰れないかもしれない。
そしたらここで生きていかなくてはならない訳で……。
まぁ、こっちの世界に馴染んどいても損はないか、と落ち着いたところで家についた。




