11.5
◇◆ラーシュ◇◆
「できるかわからないけど」と言っていた壁紙の張り替え工事が注文できたのか、サクラコさんは満足そうにスマホを置いた。
それからぼくの方を向いて尋ねた。
「ラーシュ君、今日の予定は?仕事はいいの?」
ギルドに行くには遅い時間だ。薬草の採取なんかならいつでもいいけど。
ぼくはこの国に不慣れなサクラコさんが、何か不自由がないように側にいるつもりだった。
もちろんずっとという訳にはいかない。収入を得なければ、この“シェアハウス”の家賃を払えないから。
でも何日か、サクラコさんがこの環境に少しは慣れるまでは側にいたかった。
ぼくたちのような者はいつ休んでもいいくらいの蓄えはある。
何日かくらいなら収入がなくても大丈夫だ。
それに、サクラコさんは普通の人だからぼくたちのような目には遭わないと思うけど、若い女の人が一人で行動するのは心配だった。
サクラコさんは女の子に見えるから、人買いなんかに攫われたら大変だ。
そんな事を上手く伝えられないぼくは、サクラコさんはこれからどうするのかと聞き返した。
するとサクラコさんは掃除をすると言う。
こんなに大きなお邸を?ひとりで?
金持ちの事なんて全く知らないぼくでもわかる。金持ちの家の掃除って使用人がするもんなんじゃないかな。
サクラコさんはお嬢様と思われるのに、どういう事だろう?
なんにしても、こんなに大きなお邸をひとりで掃除させるなんてできない。
そんなのぼくに命じてくれればいいのに。
ぼくも一緒に掃除をしたいと言うと、(ぼくなんかが一緒にしてもいいのなら)
「そうだね!じゃあ一緒に掃除しようか!この邸結構大きいから一日がかりになると思うし」
喜んで、そう言ってくれた。
ぼくが一緒にいる事も、一緒に料理する事も許してくれる。
嫌悪されず、暴力をふるわれず、会話をしてくれて、こんな風に喜んでもくれる。
サクラコさんと出会って、今までの二十年とはまったく逆の接しられ方に、ぼくはずっと信じられない思いでいる……。
「ラーシュ君、魔法は便利だけど、これから何をしよう?」
清浄魔法でさっさと掃除が終わってしまったので、サクラコさんからそんな事を言われてしまった。
しまった!出過ぎた事をしたか?
ぼくが慌てて謝ると、サクラコさんはおかしそうに笑った。
こんな風に笑い声をあげられるのもサクラコさんが初めてだ。そこには皮肉も侮蔑もない。
笑いながら会話をする事が楽しいものなのだとも知った。
「ラーシュ君、食事をするならこの厨房でもいいかな?あっちの食堂までご飯を持って行くと、運んでいるうちに冷めちゃうじゃない?
ここわりと広いし、この作業台をなくしてテーブルを置けば、普通にダイニングキッチンになると思うんだ」
「はい」
言われた事はよくわからなかったけど、サクラコさんがしたいという事を反対する理由はない。
「ありがと♪」
サクラコさんは笑顔になって、またスマホを触り出した。
今度は何を出すんだろう?
ぼくが興味深く見ていると、そこにあった作業台がなくなって、代わりにきれいなテーブルと椅子が現れた。
「古い物の引き取りをしてくれるなんて便利~♪」
サクラコさんは満足そうだ。
「ついでにカップも買ってみようか。ラーシュ君どうする?」
え…? どうするとは?
お茶の好み? どういう事だ?
質問されているという事はわかるけど、何を答えればいいのかがわからない。
ぼくがどうしていいかわからない事に気づいたサクラコさんは、丁寧に説明してくれた。
そしてまた、ぼくに希望を聞いてくれた。
……日常使いのカップ……
サクラコさんは、当たり前のようにぼくに普通に接してくれる。
慣れない気持ちと、嬉しいんだか何だかわからないソワソワした気持ちでいっぱいになる。
「……いり、ます」
いるか、いらないか。
簡単な答えは、心からの思いだった。
その後、どのカップにするかとスマホの画面を見せられたけど、自分で何かを選んだことのないぼくは(売ってくれるものを買うだけだったから)たくさんあるカップの中からひとつを選べない。
「ラーシュ君の瞳の色みたいな、これなんかどうかな?」
サクラコはサクラコさんのものと同じ、一回り大きなラベンダー色をしたカップを指さした。
「それがいいです!」
「OK♪」
ぼくのためにサクラコさんが選んでくれた……。
「あっ!そうだ!それオーナープレゼントにしよう♪
改めまして。ラーシュ君シェアハウスにようこそ!」
誰かに贈り物をされたのも初めてだった。
温かい思い出だけじゃない、ぼくにふれる事のできる宝物もできた。




