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壁紙の張り替え工事の発注がすんで、さて、今日はこれから何をしよう……。
「ラーシュ君、今日の予定は?仕事はいいの?」
冒険者は出勤が義務じゃないと言っていたし、依頼を受けて報酬を得るんだから、個人事業主みたいなものかな?
だけど何にしても仕事をしなきゃ賃金は得られない。
昨日は休ませてしまった。今日は出勤するのかな?朝はまだ早いし。
後で知るんだけど、この世界の人の朝は超早い。日の出とともに起きて、働き出すのだ。
それからすると、こんなにゆっくり朝ご飯を食べている時点ですでに朝は早くないのだった。
「サ、クラコさんは、どうするんですか?」
「う~ん」
スマホの時間は8時を過ぎたところ。
いつもなら出勤中だけど、ここには会社がないからね……。
「今日はこの邸をお掃除しようかな。管理してくれていたといっても、やっぱりなんとなくね。一度掃除をして綺麗さっぱりさせたいと思う」
こういうところが、根っからの日本人なんだなぁと思う。
「あ、あの…」
「うん?」
ラーシュ君は言いかけて迷って、言いかけて迷ってを繰り返す。
私は急かさず待つ。
ラーシュ君が自ら発言しようとしているのだ。少しずつでもがんばっているんだなぁと、母の心境だ。
「もし、サ、クラコさんの、ご迷惑でなかったら、私も一緒に掃除をしたいと思います」
「え、いいの?」
「はい! わ、たしも、住むの、ですので……」
「そうだね!じゃあ一緒に掃除しようか!この邸結構大きいから一日がかりになると思うし」
「はい!」
という事で、さっそくお掃除開始!
ハニーバタートーストのカロリーを消費せねば。
それじゃあお掃除に取り掛かろうと言うと、ラーシュ君がおずおずと
「掃除は……、清浄魔法でも大丈夫ですか?」
「その手があったかー!」
昨日の夜、部屋とお布団を綺麗にしてもらったのにすっかり忘れてたよ!
なんせ魔法のない世界出身なもんでね!
清浄魔法はそのまんま“清浄”にしてくれるんだけど(たぶん)邸中の窓を開けて換気をする。自然の風は魔法とはやっぱり違う気がする。
私が窓を開けている間に、ラーシュ君が清浄魔法をかける。流れ作業だ。
そういう訳で、一日がかりの重労働だと思っていたお掃除は一時間もしないで終わってしまった。
「ラーシュ君、魔法は便利だけど、これから何をしよう?」
まだ午前中だ。
「すみません、出過ぎた事をしました」
「やだ、楽して綺麗になったのに文句なんてないって!
あぁ!そういえば明日壁紙の張り替え工事があるんだった!掃除はその後すればよかった!」
ラーシュ君はちょっと黙った後おずおずと
「また明日も清浄魔法をかけます」
魔法便利だな!
まだ午前中といっても、何かを始めるにはちょっと中途半端な時間だ。
なので昨日計画した通り、長期戦を見込んで住みやすい家づくりをしようと思う。
壁紙問題は片付いた。次はカーテン問題があるんだけど、これは壁紙の感じを見てから選んだ方がいいよね……。
じゃあ他は何をしようか……。
食事をするならこの厨房がいいな。わりと広いし。朝ご飯を食べた作業台をなくしてダイニングテーブルを置けば、普通にダイニングキッチンになるじゃない♪
広すぎる食堂は、人が増えてから使えばいいし。(ここはシェアハウスなので)
さっそくスマホからダイニングテーブルセットをお買い上げ。
シンプルなデザインの、白木で出来たものを選んでみた♪
こっちの世界の口座には5000万円ほどあったけど、すでに家の購入で2000万円くらいなくなった。壁紙の張り替え工事には300万円ほど使う予定だ。
無駄遣いをしようとは思わないけど、とっておいても持って帰れないし(帰れたらね)あまり節約は考えないで使っていく。
ギルド口座引き落としで、スッと目の前にテーブルセットが現れた。
椅子の座面にレモンイエローのクッションが張ってある。明るくなっていいじゃないか♪
ちょっとのってきたぞ。
「ついでにカップも買ってみようか。ラーシュ君どうする?」
「え…」
私はお茶好きなのだ。食後だけじゃなく、寝起きや寝る前、会社では休み時間、家にいるなら一日中ちょいちょい飲んでいる。
休日には、わざわざ話題のカフェに行ったりするくらいだ♪
この邸にも食器類は揃っているけど、これがまた高そうで落ち着いてご飯が食べられない。もちろんカップもそうだ。
食器はまぁ、増やしても残していったら(帰れたらね)困るでしょうから、ここにあるものを使おうと思うけど、カップなら増やしてもいいでしょ?お茶くらいリラックスして飲みたい。
「カップのついでに茶葉も買っておこう♪ラーシュ君、お茶の好みってある?あ、もしかしてコーヒー党?」
「え…」
訳が分からずおろおろしているラーシュ君に気づいて、スマホの画面から目を上げる。
「邸にある食器類って高そうで落ち着いてご飯が食べられなくない?カップくらい日常使いできるものがほしいと思って。よかったらラーシュ君もどうかなって思ったんだけど、いらない?」
「……いり、ます」
「そう!じゃあ、この辺りなんてどう?丈夫で使いやすいの。自宅で使ってたんだ♪」
私は自宅にあるものと同じカップをカートに入れた。丸みを帯びたシンプルなものだ。色は淡いピンク。
私は自分の名前にちなんで淡いピンクのものを選ぶ事が多い。
お手ごろ価格は税込み880円。
これくらいなら割っちゃう心配をしないで普段使い出来るってものよ♪
ちなみにシェアハウスの家賃?としては、ラーシュ君の常宿と同じ金額にしてみた。
私も一泊したあのお宿、朝夕の食事付きで一泊銀貨4枚だそうだ。
一ヶ月30日で金貨12枚。日本円で考えると12万円くらい?
シェアハウスもその金額でどうでしょう。
食費(三食ね)・光熱費(魔石とか)込みならお安いんじゃないかと思う。今まで払えていた訳だし。
話を戻して。
ラーシュ君はなかなか決められないようだった。
画面をのぞく目が泳ぎまくって溺れそうだ。
ちょっと提案してみようか。
「ラーシュ君の瞳の色みたいな、これなんかどうかな?」
私は私のものより一回り大きなラベンダー色をしたカップを指さした。
「それがいいです!」
「OK♪」
カップをふたつお買い上げ。
一緒に茶葉も届いたし、さっそく一杯淹れましょうかね♪
あ、ティーポット……。
お湯を沸かしてもらっている間に、追加でティーポットもお買い上げ。
普通に揃っていたものが、ここには全然ないんだもんなぁ。(高そうなものはあるけど)
「はいどうぞ。お砂糖入れるならこれね。あ、ミルクはいる?」
湯気を上げているラベンダー色のカップ(内側は白いよ)とスティックシュガーをラーシュ君の前に置く。
「いえ、あの……。お茶を、飲んだ事がなくて。何か飲み方がありますか?」
「あらま」
お茶ってまだ日常的に飲まれるようになってないのかな?
それともラーシュ君の事情的にラーシュ君が飲んだ事がないのかな?
「私はストレートが好きだけど、初めて飲むならお砂糖を入れた方が飲みやすいかな」
私はスティックを一本切って、サラサラとカップの中に入れてスプーンでかき混ぜた。
「はいどうぞ。このまま飲んでみて」
「はい」
ラーシュ君は大事そうにカップを持つと、紅茶の香りをかいだ。
目を閉じて、口元が少し上がっている。
お、わかりますか♪
「いただきます」
すでに口をつけている私は返事が出来ないので、ヒラヒラと手を振る。
ひと口飲んだラーシュ君の声が小さくこぼれた。
「美味しいです……」
「よかった♪」




