10.5
◇◆ラーシュ◇◆
信じられないほど幸せなまま横になったけど、気持ちが高揚しすぎていて眠れなかった。
昨日と同じだ。ウトウトと、眠ったような、眠ってないような。
でも体調は悪くない。心が満たされていると身体も元気なのだと知った。
そんな風に横になったまま、ずっと窓の外を見ていた。
だんだんと明るくなっていく空。朝の光は移り変わるんだな。光の見え方も変わるものなのだと知る。
何もかもが今までと違って見える。
普通の人たちはみんなこうなのか?だとしたら、ぼくたちのような者は空しすぎる。
ずっと世界は灰色だと思って生きてきたのに、こんなにも綺麗なものを知ってしまった。
元の生活に戻ったら、この風景はどう見えるのだろう……。
灰色の日常に戻っても、この日の光を忘れないと思った。
隣の部屋からサクラコさんが起き出した音がした。
少し間をあけて階下に行く。
厨房から音が聞こえる。料理を作る温かな音。きっと幸せな音。
行ってもいいのだろうか?
そっと覗きこむと
「ラーシュ君おはよう!これから朝ご飯だけど一緒に食べる?」
当たり前のように朝の挨拶をされた。
当たり前のように朝食に誘ってくれた。
昨日に続いて、今日も。
「おはよう、ございます。 ありがとうございます、 ……いいんですか?」
「何のお礼よ。じゃあ一緒に作ってくれる? 私ここの火の扱いがわからなくて。教えてくれたら助かる」
ぼくなんかでもサクラコさんの役に立てる事が嬉しい。
ぼくなんかと一緒に何かをしてくれる、ぼくなんかに頼ってくれる事が、とても嬉しい。
誰かと一緒に話をしながら料理をするのは初めてだった。何かを任せられたのも。
サクラコさんから「すごいすごい!!」とか「上手ね~!」とか言われるのが照れくさい。
このくらい、生活魔法が使えるなら誰でもできるのに。
だけどその後もずっと、サクラコさんは調理の間中ぼくを褒めてくれた。
褒められるのは初めてだからどうしていいかわからない。
ただサクラコさんに美味しいものをと、今まで生きてきた中で一番丁寧に、心を込めて作った。
「さあ、召し上がれ!」
目の前には、出来立ての美味しそうなご飯が並んでいる。
さくら子さんに勧められて、ツヤツヤに光っているトーストをひと口食べる。
…………
こんなに甘いものを食べたのは初めてだった。
こんなに美味しいもの、初めて食べた……。
「こんなに美味しいものを、私が食べていいのでしょうか……」
思わずつぶやいた言葉を、サクラコさんは笑い飛ばしてくれた。
それから、また褒めてくれた。
「ラーシュ君、パンの焼き加減もハムエッグもすっごく美味しいよ!めっちゃ好み!ラーシュ君お料理上手だね!」
サクラコさんのいう通りだ、パンもハムエッグもサラダもどれもすごく美味しい。
サクラコさんに喜んでもらえた事がすごく嬉しい。
一緒に作った朝ご飯は特別な味がした。
食後、ご馳走になったのだからと、ぼくは後片付けをしている。
サクラコさんは“スマホ”で何やらやっている。
時々独り言が聞こえたりもする。
アレはサクラコさんの国の魔法媒体なのだろう。
大陸では多くの魔法使いが杖を使う。(ぼくは持ってないけど)ずいぶん形が違うもんなんだな。
それだけじゃない、サクラコさんが使う魔法は見た事がない。
サクラコさんは魔法使いじゃないといってたけど、それなら何もないところから急にものが現れるのはなんなのだろう……。
ぼくが一人であれこれ考えてると、サクラコさんから声がかかった。
「ラーシュ君、できたらこの家の壁紙を変えたいと思ってるんだけど、ラーシュ君の部屋の壁紙、何色がいいとか希望ある?」
今までに、ぼくに希望や意見をきいてくれる人なんていなかった。
そもそも他人と話す事もないのだけど。
サクラコさんは出会ってからずっと、ぼくにどうしたいか聞いてくれる。ぼくを普通の人扱いしてくれる。
そんな経験はなくて、尋ねられてもぼくは上手く答えられなかった。
サクラコさんはヒントのように「邸全体は温かみのある白がいいと思ってるけど」と言ってくれた。
温かい白……。 想像する。 サクラコさんのようだ。
うん、ぼくもいいと思う!
ぼくがそう言うと、サクラコさんは笑顔になった。
今日もぼくなんかに笑いかけてくれる……
ぼくが感動しているうちにサクラコさんはスマホに目を戻してしまったから、笑顔は見られなくなってしまったけど。
でもいいんだ。鼻歌まじりに何か楽しそうにしているサクラコさんを見ているだけで嬉しくなる。
ぼくは途中だった洗い物を再開した。




