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では、これからの計画を書き出してみよう。
長期戦を見込んで、まず生活拠点を作ろうと思う。
一番大事なのは、セキュリティーがしっかりしている事。
部屋の他にお風呂とトイレと洗面所がある事。
総じて清潔に暮らせる事。
それから美味しいご飯が食べられる事。
これって現代社会に暮らしている日本人なら当たり前に思う事だよね。贅沢ではない筈。
生活する拠点を作ったら、日本に帰る方法を探そう。
まずは王国一という図書館に行って調べまくろう。
下手に異世界人だと知られて、騙されたり使われたりしたらイヤだ。慎重にね!
帰るめどが立たないようなら仕事もしていかなくてはならない。生活するにはお金がかかるのだ。
贅沢しなくていいけど、できるなら今までくらいの水準で暮らしたい。
まだ色々あるだろうけど、こんな感じで書き出して目に見えると、とりあえず一番最初にする事は……
「家だな」
お風呂に入れないのはかなりのストレスだ。
顔を洗いたいし、歯も磨きたい。
トイレは、不潔なものはムリです。
「ラーシュ君、不動産屋さんってある?」
「はい。 サ、クラコさん、家を買うのですか?」
「え?賃貸ってないの? ないなら、高級お宿の連泊とどっちがお得か考えて、買った方が安上がりなら買うかもしれない」
なんせ私は金貨5000枚(たぶん日本円で5000万円)持ってるからね!
その後のロイヤリティーの当てもあるし、値段にもよるけど小さい家なら買えると思う。
帰れる事になったら売ればいいし。
「じゃあ、まずは高級お宿に連れて行ってくれる?そこで宿泊代を聞いたら不動産屋さんに連れて行って」
「……はい」
おや。心なしかラーシュ君の表情が曇っているぞ。
高級宿屋さんとか、酷い扱いをされるのかな?
「お宿まで連れて行ってもらえれば、後は私一人で聞いてくるから。ラーシュ君は外で待っててくれて大丈夫だよ」
「……はい」
外で待っているのも(じっと留まっている事は)危険なのかな。声に力がない。
どうしたものかと思っていると、ラーシュ君はフードを深くかぶってドアに向かった。
「では、行きましょうか」
「……うん。お願いします」
どうしていいかわからないまま、ラーシュ君の後について歩き出した。
さて、家の方はどうなったかというと、紹介される中では小さな、でも思っていたより大きな家を買う事になった。
高級お宿の宿泊代は一泊金貨5枚から50枚と幅があって、金貨5枚の部屋を選んだとしても一ヶ月連泊したら金貨150枚、日本円にしたらたぶん150万円だ!
仮にこの世界に一年いるとしよう。
一年で1800万円……。
とてもそんな贅沢できない小市民な私。
というか、一泊5万円でも泊まれないわ。
ちなみに一日は24時間、一ヶ月は30日、一年は十二ヶ月と、ほぼ日本と同じだった。
さすがジャパニーズポップカルチャー。
わかりやすくてありがたい。
不動産屋さんでは賃貸物件もあったけど、家賃が安い庶民向けの家にはお風呂がついてなかった。
洗面所もなかったし、トイレも共同だったしね。
お風呂トイレつきの賃貸物件になると、お金持ちが住むちょっと高級仕様の家になる。
こっちは一週間の家賃が金貨20枚。一ヶ月にすると金貨80枚。日本円で80万円か。
都内の高級マンション並みだな。(勝手なイメージです。)
一年計算をすると960万円。高級お宿の半分くらいだ。
じゃあっていうんで、売り物件も見せてもらった。
小さいものから大きなものまで、すべてお風呂つきとの事!
比べた金額やら自由度なんかを考えて、戸建てを金貨2000枚即金でご購入!
持ち家ならいざという時売れるしね。
いやぁ、二十三歳で家持ちになるとは思わなかったわ!
小さいといっても元はお金持ちの邸宅なので、庶民の小さいとは違う。
そこそこ大きく、お洒落な造りで設備もしっかりしている。
お金持ちの居住区域なので騎士団(騎士団!生騎士様見てみたい!)が警邏しているそうだ。
セキュリティーばっちり!素晴らしい!
我が家になった邸の間取りは、入ってすぐが広い玄関ホール。吹き抜けになっていて解放感がある。なんかゴージャス!
それから大広間と、大きな食堂と、大きなキッチン。
一番望んでいたお風呂は大きくて、旅館の浴場みたいだ。(洋風だけど)そこに洗面コーナーもあって、それも旅館の浴場っぽい。
それとトイレルームがあった。
玄関ホールから二階へ続く階段を上がると、二階の一番日当たりのいいところに主部屋があった。
結構大きい!私が住んでいたワンルームが全部入ってもまだ余裕そう!
それ以外にはゲストルームが六室あった。
それとトイレルーム。
内見一件目で決めてしまったので、午後には手続き完了。早速今日から住める事になった。
邸の管理をしていてくれたので、すぐ住めるのはありがたい。
しかも家具や食器類なんかもそのまま置いてあるという。
元の持ち主が借金返済ため、ほぼ居ぬきで売り出されたとか。
不動産屋さんは、こんな小娘が金貨2000枚即金で払ったので驚いていた。
今後の上客と思ったのかもしれない。サービスで早急に生活に必要な魔石と薪の手配をしてくれるという。
サービスは手配ね。魔石と薪の代金は払うよ。
ここを買ったよと言うと、ラーシュ君もかなり驚いていた。
不動産屋さんが帰り、二人残される。
「ラーシュ君、おいおい買いそろえるとして、今日いるものを買いに行きたいんだ。日常品とか食品なんかを買えるお店に連れて行ってくれる?」
「はい」
ネットショッピングはできるけど、この世界のお買い物もしてみたい。
いいものがあったら買えばいいし、なかったらスマホからポチればいい。
大通りまで出ると、フードを深くかぶったラーシュ君の後ろをついて歩く。
ラーシュ君は道の端を気配を消して歩くんだよね。
後をついてるんじゃなかったら、そのうっすい存在に気づかないかも。
まぁラーシュ君はそういう意味でそうしてるんでしょうけど。
そして、昨日商業者ギルドへ案内してくれた時と同じに、目当てのお店の前で一瞬足を止めて目印にしてくれる。私はそのお店で必要な物を買って、外に出る。するとまたラーシュ君が目の前を歩き出す。私はまたそれについて行く。
そんな風にして道案内してもらいながら必要な物を買いそろえて(途中からラーシュ君が荷物をもってくれてるよ)帰り道となった。
邸に戻ると、魔石屋さんの従業員さんが待っていた。魔石は高価なものなので置き配はしないらしい。
当座の必要分だというそれを受け取ってお代を払うと「またのご利用をお待ちしています」と笑顔で帰って行った。
ついでに薪屋さん?が、薪置き場に薪を置いていったと教えてくれた。
お代はまた配達の途中で寄るとの事。
しかし困った。
私は魔石も薪も使い方がわからないよ。
「ラーシュ君、私魔石も薪も使えないよ。使い方教えてくれる?」
「私でよければ」
私でよければって、君しかいないし。
「ありがとう。だけどまずはご飯にしようか。ごめんね、家を決めるのに時間がかかってお昼ご飯が食べられなかったね。お腹すいたでしょ?」
「いえ、一食抜くくらいなんて事はないです」
すぐ食べられるようにと思って、買って来たものをガサガサテーブルの上に出していると、なんか聞き捨てできない事が聞こえたぞ。
「普段はお昼ご飯ってどうしてるの?」
「昼はたいてい食べません。私たちのような者に何かを売ってくれる人は少ないのです。声を上げられて、私たちのような者をより嫌悪する人に気づかれるくらいなら食べない方がいいのです」
「…………」
聞けば聞くほど壮絶だな。
「まぁ……、とりあえず食べようか」




