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朝食を終えると、いったん部屋に戻る事にした。
この世界で過ごすなら、この世界の色んな事を知らなければならない。
ラーシュ君の部屋にて。
「ラーシュ君、私お風呂に入りたいんだ。このお宿にお風呂はあるの?」
「この宿にはありません。浴場でしたら街に公共のものがあります」
「あら、そうなんだ。泊まるお宿にあった方が便利だな。お風呂付きのお宿ってないの?」
「ありますが……、貴族や大商人が泊まるような高級宿屋なので、料金が高額になるかと」
え、高額ってどれくらいよ?
あまり高いんじゃ連泊はムリよね……。
「ちなみにラーシュ君は、お風呂とかってどうしてるの?」
「私は清浄魔法ですませています」
「清浄魔法!なにそれ!聞いた事は(正しくは読んだ事は)あるけど、どんな感じなの?」
ラーシュ君は何やらつぶやいた。
「わっ!」
なんだか身体がさっぱりしたよ!
あれ?服も綺麗になってる気がする?
「ラーシュ君、服も綺麗にしてくれた?」
「はい」
「すごーい!ありがとー!」
ラーシュ君からは照れたような感じが漂ってくる。
ちょっと……。顔が見えないのは不便だなぁ。
なんというか、慣れないというか不自然というか。
「ラーシュ君、もしラーシュ君がイヤじゃなかったらフードをとってくれるかな?私の生まれ育った国では、顔を隠して生活している人っていないんだ。ラーシュ君みたいな感じって、ちょっと慣れないっていうか……。
昨日言った通り、私が生まれ育った国とこの国とでは美醜の感覚が逆だから、ラーシュ君気にしなくていいんだけど……。やっぱ難しいかな」
ラーシュ君は固まった。
ちょっと慣れてきたぞ。そのまま待つ。
「本当に……? 本当に、大丈夫なんですか? 本当に、私の顔が醜くないのですか?」
「本当に醜くないよ!私の生まれ育った国では、ラーシュ君は超イケメンだよ!」
ラーシュ君は、イケメン……? と不思議そうにつぶやいた。
それからフードに手をかける。
手をかけるけど、それからなかなか進まない。
私は急かさず待つ。
二十年間で身についた常識や価値観だもん。逆だよと言われて、そうなんだと思う事はできても、納得するのは難しいよね。
それがひどい扱いで身に沁み込まされたものなら、なおさら。
あぁ、ラーシュ君の手が震えちゃってるわ。
「ごめん、辛い事を言っちゃったね。ムリしなくていいよ!顔を見なくても話せるしね!」
「……いえ!」
ラーシュ君は返事をしながら、ほんと“えい!”って感じでフードを払った。
「わぁ…!」
現れた顔は、こんな表現じゃ追い付かないくらい、めちゃくちゃ綺麗だった!
驚く事に、髪は輝く銀色!ローブの中に隠れちゃってわからないけど、たぶん長いと思われる。
切れ長の二重の瞳は衝撃の紫!これが透明度の高い宝石のように美しい。
スッと高く通った鼻!少し冷たい印象の薄い唇は、かなり好みだ。
おまけに声もいいときてる!その上スラッとした高身長のモデル体型!完璧か!
昨日はフードの陰だったしチラ見だったし、これ程とはわからなかった。
私の感嘆の声をどう思ったのかわからないけど、ラーシュ君の目は泳ぎまくっている。
「ほんと綺麗ねぇ……。これが眼福って事なんだろな、初めて知ったわ」
手を合わせたくなる。しないけど。
「綺麗…… 眼福……」
「うん!ラーシュ君の事だよ!ほんとすっごい綺麗!私の人生でナンバーワンの美人だわ!」
「…………」
また固まったラーシュ君はジワジワと赤くなってきた。
何か言おうとしてるのか、口を開いたり閉じたりしてるし、目も泳ぎまくっている。
困惑とか照れなんかも、美形なら普通の人のニ倍、いや三倍は可愛らしくなるんだな!
これ危険だわ~、やられる!
「ゆっくりでいいよ。時間はたくさんあるんだし、全然待つよ」
待つ間は美の鑑賞をしてるしね♪
なんてラーシュ君を見ていたら、ラーシュ君は泣きそうな顔をした。そんな顔も綺麗すぎる!
というか、切ない表情が胸を打つ。
ラーシュ君どうした!
「……ぼくが綺麗とか美人だなんて、信じられません……。
だけど、サ、クラコさんの声は真実に聞こえて……。信じたいと、おもっ、思いました。
ぼくなんかを、待ってくれる、優しい人に会った事もありませんでした」
ラーシュ君は時間をかけて、深い声音で静かに言った。
ただ待っただけで感動されるって……。
美醜逆転世界、どんだけ厳しいんだ。読むと体験するとじゃ大違いかも。
や、私は体験しないだろうけど。なんせ“普通”評価だし。
「サ、サクラコさんは、ずっと、ぼくを見ていますね……。
本当なんだ……」
ラーシュ君は、ほころぶように微笑んだ。
この比喩も初めてわかったわ!
というか!超絶美形の微笑み!
背景に光や薔薇の花が見えるようだよ!
でもって
……なんか胸を撃ち抜かれたぞ。
元々転びそうになった私を助けてくれた親切な人だ。
その後も、ラーシュ君の事情なら嫌な思いをする可能性が高いというのに、困っていないかと声をかけてくれた優しい人だ。
商業者ギルドまで道案内をしてくれたり、一度宿まで帰ったのに、わざわざ戻って来てくれたりと、最初から好感度は高かった。
私は普通にイケメンは好きだ。見るならブサイクよりイケてる方がいいに決まっている。
とはいっても、過去付き合った彼は見た目は普通で(恋愛フィルターで当時はカッコよく見えていた)面白くて優しい人ばかりだったけど。
私は、おつき合いをするなら何より相性が大事だと思っている。どんなにカッコいい人でも性格が悪い人とは長続きはしないと思う。
イケメンとつき合った事がないからわからないけど。
とか。なんだろなぁ~、このいい訳感。
これじゃあラーシュ君を好きみたいじゃないか……
まてまてまて!!!
うっかり脳内ハートになりかけたけど、恋愛をしている場合じゃなかった!
これが夢じゃないとしたら、どうにかして日本に帰る方法を見つけなくちゃならない!
イケメンによろめいている場合じゃないのだ!
危ない危ない。
気を取り直して。
ラーシュ君に、ここで生活するにあたって基本的な事を教えてもらった。
この国の名前はロセウスといって、大陸の中央にある大陸一の大国との事。
私たちがいるここは、王国第二の都市でルフスという。元は王都だったという、王国で一番歴史のある古都なのだとか。
歴史の古い都なので、学者や学生が多いとの事。学園都市って感じかな。
王都よりも大きな図書館なんかもあるんだって。
調べ物をしたい私にとっては好都合だね!
異世界物で王道の、いわゆる剣と魔法の世界である事。
おなじみの冒険者の職業がある事。冒険者には魔法が使える人もいて、というか魔法が使えるから冒険者になるんだとか。
ラーシュ君たちのような、醜いと差別されている人たちには魔力の高い人が多くて、冒険者になっている人が多いとの事。
生活様式を聞くと、一般人ならかまどと薪で炊事をするとか、水は井戸から汲んで使うとか、灯りはロウソクなんかが主流とか。
そこに魔石と魔道具を合わせて、生活しやすいように暮らしているんだって。
魔石は高価なものだから、貴族やお金持ちならぜいたくに使って優雅な生活をしているらしいけど、一般人にはそこまでは使えないらしい。
ガスも水道も電気もない世界……。
現代人の私には厳しすぎる。
絶望する私は、よっぽどひどい顔をしていたのか
「私は生活魔法も使えますから、サ、クラコさんが不便にならないよう、……手助け、できます」
ラーシュ君がおずおずと、そう言ってくれた。
ありがとね、ラーシュ君。




