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6.5




◇◆宿の主◇◆




昨夜、遅い時間に珍しい客が来た。

フードで顔を隠し、ゆったりした服装で体型を誤魔化しているが、この客は“俺たちのような者”ではない。

まずローブを着ていない事で区別できる。

いったい何故うちに来た?


「一泊銀貨二枚、朝食つきなら銀貨三枚」


驚きを声に出さず、短く料金を告げると


「朝食つきでお願いします」


客はきちんと返事をして、カウンターに銀貨三枚を置いた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


今度は顔に出てしまったと思う。フードの下でよかった。とても見られた顔ではないからな。


それにしても……。

労働をした事もないようなきれいな手だ。爪の先まで整えられている。

上等な服を着て、フードからこぼれ出ている髪には艶がある。

声と肌から、若い女と思われる。

……訳ありか?


ここは、他の宿で受け入れられない者のための宿だ。

俺たちのような者以外が来たのは初めてだったが、他に泊まれないなら泊まればいい。


「部屋は二階。朝食は夜明けから8時まで」

「わかりました。お世話になります」


この丁寧な言葉遣いにも違和感を覚える。

俺たちのような者は、他者に少しでも不快な思いをさせないようにと丁寧な言葉遣いをする。

そうではないのに、この客は何故こんな話し方をするんだ?俺相手に。


鍵を持って階段を上がる後姿を、不思議な思いで見送った。




翌朝、とっくに日が昇ってから、あの客が下りてきた。

驚いた事にこちら側の者と連れ立っている。

そしてそのまま同じ席に着く。


どういう事だ?俺たちのような者と一緒にいられるだと?俺たちのような者と一緒に食事ができるのか?

信じられない思いで、朝飯を二人分持って行く。


「おはようございます。いただきます」


挨拶をされた。

何十年もむかし、教会にいた頃には()()()()()()()事はあったが、挨拶としてその言葉をかけられたのは初めてだった。

あまりの驚愕に、やっと頷いて、席を離れる。


俺相手に、普通の者のように接するこの客。

こちら側の者と同じ席にもついているし……。 

こちら側の者か? 

いや、違う。この客には、俺たちのような陰鬱さがない。


「ごちそうさまでした」と、わざわざ声をかけて階段を上っていく後姿を、やっぱり不思議な思いで見送った。







◇◆ラーシュ◇◆




日が昇る前に目が覚めた。

いや、眠れたのかどうかも曖昧な状態だったと思う。

だって昨日は、あまりにも信じられない一日だったのだから!


あんな、奇跡のような事、夢を見たと思った方が納得できる。

あんな嬉しい事なんて知らないから、夢に見ようもないけど。


もっと、サクラコさんの役に立ちたい!

サクラコさんはこの国の事を知らないから、何をするにも困るだろう。

せめてこの国の常識や習慣をすっかり知るまで、側にいて少しでも助けになりたい。

ぼくにそれを任せてくれるならだけど……。


サクラコさん起きたかな。早すぎるか。まだ誰も起きだす気配がない。

ドアの外の気配をさぐりながら、時間が過ぎていく。


泊まっていた客が全員出かけても、サクラコさんの気配は動きがなかった。

まさか!やっぱりこんなところにいられないと、夜中のうちに出て行ってしまったのか?!


不安になってサクラコさんの部屋の前まで行く。

だけどそれからどうしていいかわからない。

そのまま立ち尽くしていると、ずいぶん時間が経ってドアが開いた。


「あれ?ラーシュ君。おはよう」

「お、おはよう、ございます……」


昨日と同じサクラコさんがいた。


「なに?私に用?」

「え…、あの……。 あの……」


口ごもるぼくを、サクラコさんは朝食に誘ってくれた!

昨日の夜も屋台飯を一緒に食べたけど、本当に驚いてしまう。とても信じられない。


「さあ食べよう!いただきます! で?ラーシュ君の用ってなに?」


食事の席についてそう促されても、ぼくはなかなか言い出せなかった。


やっぱりぼくなんかが助けるとか、烏滸がましいよな。

ぼくなんかと一緒にいたら、サクラコさんまで危害が及ぶかもしれない。

サクラコさんだったらきっと一人でも何とか……


いや!やっぱり一人じゃ大変だろう!知り合いだっていない初めての土地なんだ。断られたら断られただ!


「何か、手伝える事があればと思いまして。 サ、クラコさんは、この国に慣れていないと言っていたので」


やっと覚悟を決めて言ったけど、サクラコさんにはやんわりと断られてしまった。


やっぱりぼくなんかじゃダメなんだ……。

サクラコさんの助けになりたかった……。

いや、ぼくなんかが何かを望んじゃいけなかったんだ。わかり切った事だったのに……。


ぼくが身についた諦めを受け入れてると


「それじゃあラーシュ君の一日を買わせてよ」


サクラコさんは笑って、そんな風に言ってくれた。




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