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6月のある土曜日、私は実家に帰るべく自宅最寄りの駅に向かっていた。

就職を機に実家を出て三ヶ月、一泊二日のプチ帰省だ。


今日は、初めてもらったボーナスで家族に夕ご飯をご馳走する事になっている。

妹二人にお小遣いも用意したし。

いやぁ、なんか大人になったって感じがするなぁ!


駅ビルのアクセサリー屋さんで目についたバンスクリップ(ガバッと毛束をつかんで留めるヘアアクセサリーね)や、小洒落たお菓子なんかもお土産に衝動買いしちゃったり。


我ながらちょっと浮かれているなぁ♪

なんて気分は、やってきた電車に乗り込んだ瞬間どっかに吹き飛んだ。




……なに、これ?


え、なに? どうなってんの? え?え? 

バカみたいに、どうなってんの?という疑問だけが頭の中をグルグル回る。


だって、目の前には雑踏が広がっているんだよ? 私電車に乗ったのに。


車両に乗り込む時に一瞬足元に目をやったけど、戻した視線の先にあったのは、見えるものすべてが映画のような世界だった!


思わず後ろを振り返る。

少し行った後方にも、人の行きかう通りが見える。

私はちょうど、通りと通りを繋ぐ細い路地から出てきたような格好だ。


前に向き直る。

時代がかった髪型や服装の人たちが、石畳の道を歩いている。

腰に剣を佩いている人、大きな剣を背負っている人、弓を背負ってる人もいる。魔法使い風の人もいる。


なんか……

めっちゃファンタジーなんだけど! 

あ、馬車も走ってる!


ファンタジー物や異世界物なんかにありそうな、近世ヨーロッパっぽい風景みたいだと、ただただ呆然としていると


「邪魔だ!ボーっと突っ立ってんじゃねえ!」


ドンッとぶつかってきた小太りのブサイクが、そう言い捨てて行った。

私は路地から出てきたような道の端にいたのだ。ぶつかってきたのはそっちじゃないか!


人を容姿で言うとかただの悪口だけど、ぶつかってきてそんな事を言われたんだから思ってもいいよね!口には出してないし!


言い返す間もなく転びそうになった私は、だけど転ばずにすんだ。よろけた私の腕をとって助けてくれた人がいたからだ。

フードを目深にかぶったその人は、手を離すとそのまま去って行こうとした。


「ありがとうございます!」


ほぼ反射でそう言うと、その人は一瞬足を止めて、わずかに頷いて離れて行った。

雑踏に紛れてもしばらく見える程背が高い。


ぶつかっといて文句を言う人もいれば、親切に助けてくれる人もいる。

人ってどこでもそう変わらないものなのかもしれない。


ちょっと冷静になろう。


考えるために、建物にはりつくくらい道の端による。

ここはどこなんだとか、これはどういう事なんだとか、改めて考えても全然わからないよ!

これからどうしたらいいんだろう!


これが夢だとしたら目覚めるまで楽しむんだけど。

夢じゃないとしたら……。


もしかして、流行りの召喚系とか異世界転移とかかもしれない、とか?

いや、ほんと現実的じゃないけど!ありえないけど!


でもさ、何度瞬きしても目の前の風景は変わらないし、自分で自分を平手打ちしても目が覚めないんだよ?

平手はなしだな。ちょっとあぶない人みたいで恥ずかしい。


とりあえず……。

これが夢だとしても夢じゃないとしても、直近の事を考えなければならない。

辺りは午後から夕方になりかけの薄いオレンジ色になってきている。

泊まるところを探さなければならないね。


店先にかかっている看板の文字は読めるから、これなら宿屋もわかるだろう。

さすが夢というのか、異世界物なら言語変換能力チートというのか。

そういえば、さっき会話?もできたな。これは助かる。


というか……。

考えながらずっと人の流れを見ていたんだけど、どうもある事が気になった。


なんか、お太り率高くね?


小太りな人、太ってるといっていい人、完全にデブな人(失礼!)が、通行人の半分くらいいる。

残りの半分くらいの人は標準体型って感じかな。

フードをかぶってローブ姿でよくわからないけど、手首なんかの感じで細いかと思われる人も何人か見た。

助けてくれた人もそうだった。


そういえばどこかの国ではふくよかさは富の象徴だとかで、太っている人の方がモテるとか聞いた事がある。ここもそれが当てはまるのか?

だけど健康を害するほど太ってる人もいたぞ?

あれでもいいのか?


しかも(悪口じゃなくて!)ブサイクな人が多い気がする。

私だってそうそう人の事をいえる程じゃないけど、ややブサさんから、はっきりブサイク、直視できないくらいヤバいランクの人までが、通行人の半分くらいを占めている。

お太りさんはもれなくこれに当てはまる。


私の日本人的美的感覚で、普通顔の人が残りの半分くらい。

こっちは標準体型の人たちだ。


体感一時間くらいの間だけど、この統計。

人の行き来が多い大通りだし、これはこの国の国民性なのかもしれない。


イヤだなぁ。もしも異世界転移だとしたら美形が多い国がよかったよ。

私は普通にイケメンは好きだ。ただし鑑賞対象としてね。見る分にはブサメンよりイケメンの方がいいに決まっている。

いや、ここの場合、メンはメンズではなくて面だな。だって女性ももれなくブサイク率高いし。


人は見た目じゃない、中身が大事だとわかっているけど、中身と()()()いい方がいいじゃない?

まぁ私自身だって、いうほど立派なもんじゃないけどさ。


いや、そんな事より泊まるところをみつけなくては!夕方の色が濃くなってきている。

どうなるかわからないけど、宿屋を探しに行こうと思って気がついた。


日本のお金って、使えるんだろか?


金目のものは……、今つけているダイヤのピアスくらいかな。といっても高いものじゃないけど。

リュックの中には一泊分のお泊りセットしかない。あとお土産。


私がまた考え込んでいると


「あの……」


小さくかけられた声の方を見る。


あれ? たぶん、さっき助けてくれたフードを深くかぶった人だ。背ぇ高いし。


助けてもらったのに薄情とかいわないでね。なんせさっきは顔が見えなかったし(今も見えないけど)声も聞かなかったからね。

ローブ姿の人はみんな同じように見えるしさ。


「はい?」


どうしたのかと、とりあえず返事をすると


「すみません。あれからずいぶん経っているのに、まだここにいるのを見かけて気になりまして。 

……お困りでしたら、私に何か手伝える事はありますか?」


え! 

……確かにさっきは助けてもらったけど。

すれ違ったくらいの私の事を憶えていたの?助けられた私だって声をかけられなかったら助けてくれたこの人に気づかないだろうに。 

……ちょっと怖いわ。


「すみません!お困りでなかったらいいんです!すみません、私なんかが差し出た事を。では」


私の警戒がわかったのか、フード君(男性の声なので)は早口に言って去ろうとした。


いや、ちょっとまて。確かに私は困っている。


この人はさっき転びそうになった私を助けてくれた親切な人だ。

言葉遣いは丁寧だし、声もイヤな感じがしない。

そういうのが詐欺師の作戦なのかもしれないけど。


短い会話の中に「すみません」を三回も入れてるくらい気弱な感じ。

全体的に、大丈夫なんじゃないか?と思わせる存在感。勘というか。

よし!自分を信じよう!


「いえ、(疑って)すみません。おっしゃる通り少々困っていまして、助けていただけるとありがたいです」


去りかけていたフード君は、自分から申し出てくれたくせに驚いたように肩を跳ねさせて固まった。


一呼吸。それから向き直って


「何をお困りですか?」


何故か泣きそうに聞こえた優しい声は、ちょっと好みかも。




これが、私とラーシュ君との出会いだった。





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