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アリスの誕生日当日、ベルタは予想通りにやって来た。
「アリス、仕事が終わったら話があるんだ、いいかな?」
「……ええ、勿論よ。」
アリスは返事をすると、ベルタと別れ仕事に戻った。
アリスは順調に仕事を終えて、日が沈んだ頃に店を閉めた。ベルタは既に待っていてくれた。
「ごめんなさい、待たせたわね。」
「いいや、お仕事お疲れ様。今日は僕が奢るから、店に行かないかい? 今日は君の誕生日だからお祝いさせて欲しいんだ。」
前回と同じ、レストランに行くのだろうとアリスは思った。アリスは同意すると、二人でレストランへと向かった――。
レストランのテーブルに、紅茶が2つと夕食が並んだ。前回、学校についての話は食後であった為、断る心構えをしつつも食事を進めた。
「………。」
「どうかしたの?」
ふと、デルタから視線を感じて顔を合わせるとデルタが少し驚いた顔をしていた。
「いや、食べ方が綺麗だなと思ったんだ…あ、別に何時ものアリスの食べ方が可笑しいという意味ではなくて!
貴族達の食事作法に近いと思ったんだ。」
「…!?」
デルタからの言葉にアリスは固まってしまった。服屋の専門学校では、技術だけでなく礼儀作法も必須科目であったのだ。貴族、王族と関わる仕事となると、話し合いの場に招かれる事もある為、礼儀作法も覚えなくてはならなかったのだ。当然、そんなものとは無縁だったアリスはとても苦労したし、虐めのネタにもなったのだった。
「そ、そうかしら? 見様見真似でやってみたのだけど…褒められるなんて嬉しいわ!」
アリスは無理やり笑顔を作り、適当に誤魔化した。ベルタは不思議そうな顔をしつつもアリスを褒めた。
「見様見真似…凄いねアリス、中々出来ることではないよ。
これなら……うん、本当に申し分ないだろうね。」
ベルタの最後の言葉は、独り言のように小さく呟かれた言葉だったが、アリスは聞き取れてしまった。
――学校の入学の事よね…。
憂鬱な気持ちになりながらも、食事を続けた――。
「アリス、遅くなってしまったのだけれど改めて、誕生日おめでとう。」
食後、デルタはそう言って手のひらサイズの可愛らしくラッピングされた箱をアリスに差し出した。中身は髪飾りだろう、前回と同じだ。
「ありがとう……嬉しいわ。でも食事を奢って貰ったのに、プレゼントもだなんて。」
「そんな事は気にしないで、受け取ってくれないと困るよ。」
前回と同じプレゼントと言葉、分かっていても嬉しかった。けれど、この後の話が気になってしまい、前回ほど喜ぶ事が出来なかった。
「…それから、君に話があるんだ。貴族と王族の専門の服屋になる為の学校の事は知ってるよね? 実はアリスを推薦したいとティア王女様が仰られたんだ! お忍びでアリスの店に来た時に気に入られたそうでね。推薦ならお金は無料だし、将来的に王女様専属の仕立て人になって欲しいのだそうだ!」
自分の事のように嬉しそうに話すベルタを見つめながら、アリスは口を開いた。
「……とても光栄だわ、でも遠慮させて貰うわね。」
――ごめんなさい、ベルタ。
アリスの言葉に、ベルタは固まってしまった。当然アリスは喜んで受け入れると思っていた、と言わんばかりの驚きであった。
「何故、何か理由があるのかアリス?」
「ベルタ…いいえベルタ執事様、理由は私は今のままの生活に満足しているからです。」
アリスは言い方を改めた。友人としてではなく、推薦してくれた王女の執事として話をする事にした。ベルタもアリスの意図を組んだのか、佇まいを改めた。
「学校に推薦して下さった事は、とても身に余る光栄でございます。ですが私の望みは、今のあのお店で服を作り、周りの人々達の笑顔を見る事なのです。これ以上の地位や立場は望んでいないのです。」
「…しかし、学校に行くだけ行ってみても良いのではないですか? 望んでないと言っても、より良い服を作る事を望んでいるのならば学校に行くべきなのではないですか?」
「王女様に推薦して頂いているのに…ですか?」
アリスは前回、余りにも辛くなって学校を辞めようした時、教師から「王女様に推薦されたにも関わらず、王女様の顔に泥を塗る気なのか」と許可されなかった事を忘れられなかった。教師の言い分は最もであり、恨んではいなかった。だから「行くだけ行ってみれば」というデルタの言葉のように、簡単に決められる事ではなかったのだ。
「ただ、技術を学ぶだけならば、腕の立つ服屋で修行する方法あります。もし入学した後に、辞めようとすれば王女様の顔に泥を塗ってしまうかもしれません。」
「!…それは、確かに…。」
「それにもし卒業できたとしても、その後に今までの服屋で働く事は認めて頂けるのでしょうか? 王女様が私に専属の仕立て屋になるように望まれているとしたら、無理ではないでしょうか?」
アリスの言葉にデルタは気がついたようにはっ、とした。
「私はあの店で、今までと変わりなく働いていきたのです…申し訳御座いません。」
アリスは謝罪をして頭を下げた。数秒間そのまま静まり返っていたが、
「頭を上げてくれ、謝罪するような事ではないよ。すまないアリス、君が喜んでくれるんじゃないかと思ったのに、悩ませてしまったな。」
友人としての接し方に戻ったベルタが謝罪をした。困ったように微笑むベルタを見て、アリスは緊張を解いた。
「…いいえ、王女様に認められた事が嬉しかったのは本当よ。ありがとう、ベルタ。」
――これで、もう大丈夫よね。
アリスはベルタに申し訳なく思いつつも、入学を断れた事に安堵した――。
「…え、断られた?」
「はい、本人に入学する意志はないそうです。」
夜、城に帰ったベルタは自分が仕える主人であり、王女であるティアに報告をしていた。
「どうして…理由は?」
「…今の生活で充分だと言っておりました。」
「…そうなの。」
ティアはベルタの言葉に返事をした――。
翌日、アリスの店は休業日だったので、服の作成に集中していた。運命を変えられた事で気持ちも楽になっていた。ベルタの事だけは気掛かりであったが、いつかこの気持ちも薄れていく筈だと言い聞かせた。
お昼過ぎに郵便受けを確認しに行くと、手紙が入っていた。
――え、王家の印?!
手紙の封をしている蝋には王家の紋章が刻まれていた。恐る恐る封を開けて手紙を取り出した。
【アリスさんへ 推薦入学の件についてお話したい事があります。執事のベルタが○月○日にそちらに行きますので、日時のお返事をお待ちしております。 ティア・ベルメール】
「ティア…王女様。」
アリスの手紙を持つ手が震える。もう終わったと思っていた話は終わっていなかったのだ。手紙に記載されている日にちは明日となっていた。店の営業日であったのでアリスが居る事は分かっていたのだろう。
――断ったのに…なんでまた。
3話目です。すんなりと上手くいかないのが逆行小説あるあるですよね。自分を振った婚約者が、2度目だと惚れてきたり、実は好きだったけど理由があって…とかありますよね。そこが良いのですが(笑)
この小説で、アリスに入学して欲しいと願う王女の真意は何なのか、続きをお待ちいただければ幸いです。
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