落胤07:踏破
本来、他人を護衛しながらダンジョンを進むというのは自殺行為だ。
お互いに守り合える冒険者パーティーなら別だが、エリノアは「1人では戦えない」と言った。
「エリノアの職業は?
俺は、暗黒騎士だが」
「僧侶です。
暗黒騎士って何ですか?」
ああ、そうか。暗黒騎士は人間にはない職業だった。
「聖騎士ってあるだろ? 剣術と光魔法を使う」
「ありますね」
「あれの闇魔法バージョンだ。剣術と闇魔法を使う」
説明しつつ考える。
エリノアは僧侶か。ならば、回復や防御の魔法が使えるはず。「1人では戦えない」というのは、攻撃能力がないという意味だろう。俺みたいに、自分にしか光魔法が使えないというのであっても、自分自身を守っていてくれれば、敵は俺が倒せばいい。
「僧侶なら、防御や回復は得意だな?」
「そうですね。
攻撃能力がないので、1人では戦えませんが」
「問題ない。攻撃は俺がやる」
もちろん俺が苦戦するような敵は出てこず、その日のうちに10階まで進んで、あっさり最高到達記録を塗り替えた。
◇
ボス部屋というのがある。
ダンジョンによって異なるが、「荒野の塔」の場合は、1階ごとにボス部屋があって、ボスが配置されていた。
ボス部屋には、他の場所とは異なるルールがあって、1度に1パーティーしか入れない。2パーティー以上が同時に入ると、ボスが出てこない。ボスを倒すと、次の階層への階段や転移魔法陣が現れる。ボスに挑戦したパーティーが全滅するか、勝利して先へ進むかしないと、扉が開かず、ボスも再出現しない。
つまり、ボスを倒したあと、先へ進まずにボス部屋にとどまれば、そこは魔物が出ない安全地帯というわけだ。
「んぐ……んぐ……うえっぷ……まっず……」
「ライトさん、古くなった水は飲まないほうがいいですよ?」
「いや、これは水じゃない。ブラックドラゴンの血液だ」
「ブ……!? えええええ!?」
「肉体や魔力が強化されるらしいし、わざわざ水を買うよりいいかなと。
エリノアも飲むか? ドラゴンの肉もあるぞ」
水だってタダじゃない。日本とかいう場所は地球の中でも水がタダという珍しい土地らしいが、ここはそうじゃないのだ。資金に余裕がない今、倒したドラゴンの血でも飲むしかない。
ガーゴイルを召喚して、調理器具の代わりになってもらい、自分の火魔法で熱せられたガーゴイルの体にドラゴンの肉を乗せて焼く。
肉汁だらけになったガーゴイルが、ちょっと嫌そうな顔をしていた。すまない。
「いやいやいや……! 水のほうが安いでしょ!? ブラックドラゴンの血液なんて、どこで買ってきたんですか!?」
「3日目に討伐したばかりだ」
「ドラゴンスレイヤー!?」
「称号はまだ貰ってないけどね。来週あたり王城に呼ばれて授与されるらしい」
「えっ……じゃあ、まさか、ここへ来たのは……」
「暇つぶしだな。
ついでに資金もちょっとほしかったし」
「…………」
エリノアがフリーズした。
しばらくして再起動したエレノアは、「道理であっさり最高到達記録を塗り替えると……」とかブツブツ言っていた。
◇
エリノアにもブラックドラゴンの血肉を飲み食いさせて、翌日、寝て起きたらエリノアがパワーアップしていたので、俺たちはあっさり30階まで到達した。
30階のボス部屋には、ブラックドラゴンがいた。
「闇魔法【ディレズ】」
4日前と同じ魔法で、同じように首を切り落として勝利。
戦闘とも呼べない一方的な殺害なので、特に語るべき事はない。
「闇魔法【シャドーコンテナ】」
ブラックドラゴンの死体を収納し、少し待つと、転移魔法陣が現れた。
これまでは、ボスを倒すと階段が現れていた。つまりこれは、外へ出るための魔法陣だろう。
「転移魔法陣!? 凄いです! 『荒野の塔』を完全制覇しましたね!」
エリノアもその意味を理解していた。
「ああ……けど、なんかおかしいんだよな」
特に25階から上。
ボス部屋に入ると召喚魔法が発動してボスが現れるというのが普通だが、召喚魔法らしきものが発動しても、そこから何も出てこない事があった。30階のボス部屋に至っては、3度も失敗して、4度目にようやくブラックドラゴンが出てきたのだ。
どうも制御できない魔物を呼び出しているような感じだ。召喚の魔法で、術者より上の魔物を召喚しようとすると、拒否されて召喚できなかったり、召喚できても指示に従ってくれなかったりする。
もしかして、4日前に倒したブラックドラゴンも、ここから出てきたのだろうか? 方角的には合っているし……。
ここの管理者がそういう無茶を繰り返すなら、今後もダンジョンから魔物が出ていく危険はある。ちょっと問い詰めないといけないな。
「物理的にぶっ壊せば、上か下にコアがあるかな……?」
管理者もそこにいるはずだ。
「闇魔法【ディレ――」
「ちょっ……! 待ってくださああああい!」
いきなり現れた少年が、スライディング土下座で俺の前に滑り込んできた。
「コアだけは! コアだけは勘弁してください!」
「コアが大事か」
「はっ、はい……!」
「じゃあ教えてほしい事がある。
4日前、この近くの森にブラックドラゴンが出たが、ここから逃げ出したやつか?」
「そ……それは……」
少年が目をそらす。
「有罪だな。コアを破壊するか」
「待ってぇぇぇ! ごめんなさいごめんなさい! 僕がやりましたあああ!」
「なんで制御できない魔物の召喚を?」
「仕方なかったんですぅ! 10年前にこのダンジョンは制覇されて、そのあと別のダンジョンに吸収合併されて、そのダンジョンからの指示でぇ……!」
ダンジョン同士の抗争とか吸収合併とかを知らないので、人間たちは吸収合併によってダンジョンが強化されることを「進化」と呼び、廃棄されることを「崩壊」と呼んでいる。
10年前に「朱色の聖剣」がこのダンジョンを制覇して、このダンジョンは別のダンジョンに吸収合併され、「進化」した。来場者から魔力を吸収し、ダンジョン管理専用のエネルギーに変換して、魔物の召喚や罠の設置などに使用しているのだ。
管理専用エネルギーは、管理者たちの間でも呼び名が定まっておらず、「管理用エネルギー」とか「ダンジョンポイント」とか色々な名前で呼ばれているらしい。
地下洞窟だったこのダンジョンを地上の塔にしたのは、来場者を増やすためだろう。来場者が増えれば吸収できる魔力が増えて、管理用エネルギーも増える。来場者――つまり冒険者にとって魅力的になるように、魔物の種類も変更していたと考えれば、つじつまは合う。
「しかし、なぜ今になって急に?
この10年、逃げ出すような魔物は召喚してなかったんだろう?」
「詳しい事は分かりませんけど、『魔王城が挑発して来た』とか言ってました」
あー……あの魔王のことだから、きっと「そのうち俺の息子が行くからよろしく」ぐらいの感じで言ったのだろう。ダンジョン同士の話となると、そういう発言は「吸収合併するために侵略しに行く」という予告になってしまう。
時期を明示せず「そのうち」と濁していれば、それは宣戦布告ではなく挑発だ。現時点から将来において、自分の方が有利だぞという意味になる。
俺は魔王と互角に戦えるから、戦力的には魔王が直接攻め込むのと同じだ。魔王にしてみれば、自慢と挑発を兼ねて、ちょっと言ってみたくなるのも仕方ないだろう。
「あー……うん。だいたい分かった。
とりあえずコアを差し出せ」
「嫌ですぅぅぅ! それだけはご勘弁をぉぉぉ!」
「差し出せば、壊さないで利用する。
差し出さなかったら、壊れるかもしれないのを覚悟で奪い取る」
「差し上げますぅぅぅ!」
なんという変わり身の早さ……見事な……。
コアと管理者は命を共有しているらしいから、無理もないだろう。
「こちらですぅ……」
いったん消えて、再び現れた少年は、リンゴほどの大きさの水晶玉を差し出してきた。
いや、材質が水晶かどうかは知らないが。とにかく無色透明のボールだ。
「本物だという証明はできるか?」
「管理機能を使って見せたらいいでしょうか?」
「それが証明にはならんだろ。
こっちはダミーで、本物はここの状況をモニターしながらそれっぽく操作しているとか、ごまかす方法はありそうだし」
「ギクゥゥゥ……ッ!?」
「あー……よく考えたら、俺のほうに情報がなさすぎて照明できないのか。
まあ、しょうがない。いったんそれを受け取ろう。あとで本物かどうか確認することはできるし。
偽物だったら、改めて壊しに来るからな。そのときに、吸収合併した別のダンジョンに逃げていたら、それ以降に攻略するダンジョンはすべてコアを破壊していく事にする。そうなった時に、周りのダンジョンがどうするか……なあ?」
いくつかダンジョンを制覇してやれば、残りのダンジョン管理者たちは、自力でダンジョンを防衛するのは不可能だと悟るだろう。
あいつのせいで、自分たちのダンジョンまでコアを壊されてしまう。
残ったダンジョン管理者たちの焦りと怒りが、どこへ向かうか――言うまでもない。
「まっ……間違えましたぁ! これはコアじゃないですぅ!」
少年はいったん消えて、再び現れた。
「こっちがコアですぅ! お納めくださいぃぃぃ!」
今度差し出されたのは、無色透明の球体。ただし、淡く発光している。
「どっちでもいいよ」
俺はコアを受け取った。
エリノアが話についていけずに、ポカーンとしている。