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落胤06:迷宮

 街から徒歩2日の距離にあるダンジョン「荒野の塔」を目指すことにした。

 片道2日を「近い」と考えるか「遠い」と考えるかは、立場によって違う。

 ダンジョンから得られる資源を重視するなら、普通に鉱山を掘るよりも近い。

 しかし冒険者として攻略に行くなら、往復4日は遠い。

 なんせ冒険者には1日2リットルの水が必要だ。ちゃんと飲まないと脱水症状を起こし、判断力が鈍って戦闘で命を落としやすくなる。だが4日分となると8リットル。さらにダンジョンの中で活動する時間1日ごとに2リットルずつ追加――最低10リットルだ。10リットルの水といったら、ランドセルみたいなサイズである。他に野営の道具や武器防具、ポーションなども持っていくのだから、荷物の量はまるで人間1人かついでいくようなサイズになる。


「んぐ……んぐ……うぇっぷ……まっず……」


 俺の場合、【シャドーコンテナ】で収納しているブラックドラゴンの死体がある。

 肉は食料になり、血は飲料になる。しかも、ドラゴンの血肉には肉体や魔力を強化する効果がある。血液を浴びたら皮膚が鋼のように頑丈になるとか、心臓を食べたら魔力が無限になるとか言われる。実際にはそこまでの効果はないけども。

 魔王だって魔力は有限なのだ。ブラックドラゴンなんて、魔王城によくいるザコの1つに過ぎないのだから、その心臓に魔力が無限になるなんて効果はないに決まっている。もっとも、人間からすると「膨大」と「無限」はどっちも同じように感じられるかもしれないが。

 とにかくブラックドラゴンの血肉を飲み食いするメリットは大きい。すでに手に入れていて、新たに購入する手間や代金もいらない。とはいえ、血液は水の代わりに飲むにはちょっと味がアレだ。苦行である。


「さて……闇魔法【サモンダークネス】【ガーゴイル】」


 悪魔をかたどった動く石像を召喚。

 ゴーレムと何が違うかといったら、知能だろう。敵を前にしてゴーレムに「行け」と命令したら、ひたすら歩いて進むだけで攻撃とかしてくれない。ゴーレムに曖昧な命令は厳禁だ。一方、ガーゴイルなら、同じようにしてもちゃんと戦ってくれる。


「ガーゴイル。周囲を警戒しつつ、焚火程度の火を維持してくれ」


 ガーゴイルはゴーレムと同様、しゃべる機能がない。

 うなずいて、さっそく火魔法を発動し、焚火程度の火を出してくれる。

 周囲は荒野。俺と同じように「荒野の塔」を目指す冒険者や、「荒野の塔」から帰ってきた冒険者たちが、街との中間地点であるこのあたりに野営している。

 お互いに不干渉というのが暗黙のルールなので――干渉すると、荷物をなくしたときに疑われる――冒険者たちは、お互いに距離を保っている。だからそれほど大勢いるようには感じないが、夜が近づき、周囲が暗くなると、荒野にぽつぽつと輝く焚火がけっこうな数だと気づく。


「やかましい! さっさと水をよこせ!」


 誰かが怒鳴った。

 水の使用量はちゃんと調整しないと足りなくなるが、だからといってちゃんと調整できる冒険者ばかりではない。とりわけ天気のいい日に荒野で戦闘なんかしてしまった戦士は、日光で熱せられた鎧と、運動による発熱で、発汗量がすごいことになる。

 だから板金鎧よりも皮鎧のほうが人気なのだが、中にはそんな事も知らない新人とか、そういうのを覚悟してでも防御力を高めておきたい戦士というのがいる。

 水の使用量で怒鳴るような奴は、その中間だろう。板金鎧は熱くなると知っていながら、皮鎧はそれほどでもないと知らなかったり、知っていても防御力を下げるつもりがなかったり。要するに、暑さに耐える覚悟もなければ、回避する自信もないという中途半端な連中だ。


「やれやれ……」


 冒険者同士は不干渉。俺は無視を決め込んだ。

 周囲の冒険者たちも同様だ。ただ、騒がしいのを迷惑そうに顔をしかめる連中がいるぐらいだ。

 やがて冒険者たちは眠りにつき、生活音は次第に途絶えて、虫の声や風の音がくっきりと聞こえるようになっていく。警戒のため交代で夜警に立つものの、燃料も無駄にはできないので焚火は消される。

 一晩中火を維持していられるのは、ガーゴイルを召喚しっぱなしでも魔力消費がまったく気にならない俺ぐらいだろう。おかげでテントもないのに暖かく眠れる。





 「荒野の塔」は、建造物型のダンジョンで、その名の通り荒野にある塔である。

 10年前、「朱色の聖剣」という冒険者パーティーが最奥まで攻略して「進化」した。

 進化する前は地下へ広がる洞窟だったらしい。進化したら地下洞窟は消えて、急に塔になったそうだ。


「けっこう賑わってるな」


 1階には大勢の冒険者がいた。

 2階に上がると少し冒険者の数が減り、3階に上がるとあまり冒険者に出会わなくなった。

 4階に上がると他の冒険者は見かけなくなり、5階――ここが進化後の最高到達記録らしい。


「魔王城と比べたら全然ぬるいが……お?」


 余裕で進んでいると、前方から戦闘の音が聞こえて来た。

 ガチャガチャと鎧の音がしたり、「おりゃあ!」だのと叫ぶのが聞こえてくる。この声は、昨日「水をよこせ」と怒鳴っていた奴か?


「アーロン! もう無理だ! 撤退するぞ!」


「くそぉ! 俺はこんなもんじゃねえ!」


「アーロン! よせ!」


「うおおおお! ぐはあっ!」


 なんか吹き飛ばされたような音がした。

 どうもピンチらしいので、近づいてみる。

 ただし、助けを求めてこない限り、助けるつもりはない。それが冒険者のルールだ。助けを求めて来た場合を除けば、勝手に攻撃するのは「獲物の横取り」とみなされる。


「くそ! アーロン! もうやめろ! 行くぞ!」


 男が別の男を引っ張る。


「ちくしょう! てめえのせいだ!」


 アーロンと呼ばれた男は、大きな荷物を背負った女を蹴飛ばした。


「きゃあ!」


 バランスを崩し、女が倒れる。


「今だ! 逃げろ!」


 ゲスな笑みを浮かべてアーロンが走り出す。

 アーロンを引っ張っていた男も、倒れた女を助けようとはせずに走り出す。

 彼らは俺のそばを通り過ぎ――


「……え?」


「――!」


 一瞬アーロンと目が合い、そのまま彼らは逃げて行った。


「きゃあああ! 助けてぇぇぇ!」


 悲鳴に振り向くと、金属製のゴーレムが拳を振り上げ、女を攻撃しようとしていた。

 いかんいかん。つい彼女のことを忘れていた。助けを求められたので、もう手を出しても大丈夫だ。

 ゴーレムに駆け寄り、足払いでバランスを崩したところへ、首投げ――首を掴んで、思い切りひねるように投げる。人間に仕掛けると首の骨が折れて死ぬ技だ。

 しかしゴーレムは頭部を失っても立ち上がった。

 ああ、そうだった。スライム同様、体内のどこかにある核を破壊しないと死なないんだった。最初の頃にずいぶん訓練の相手になってもらったが、なんせ20年近く前の話だ。もう忘れていた。

 半分に切って、動くほうに核があるから、それをまた半分に――というのが、あの頃の最終的な戦法になったが。


「ふんっ!」


 バコン! と派手な音を立てて、パンチ1発でゴーレムが砕け散る。もちろん核もろともだ。

 今ならこんなものである。

 死体がバラバラになって素材にならないから、あまりやりたくない方法だ。


「待たせたな」


 冒険者や兵士は、簡潔な情報共有のため、基本的に敬語や装飾的な表現を使わない。相手の方が目上だと分かった場合には、世間話程度なら敬語を使うが、戦闘中の連絡ならやはり敬語は使わない。

 特に兵士は、より無駄を省いたシャープな表現を使う。兵士同士なら「そういう表現を使う」という共通認識と教育を受けているから問題なく通じる。一方、冒険者同士は個々の背景が異なるため、ただのタメ口になる。

 荷物持ちの女を振り向くと、彼女はポカーンとしていた。


「……ミスリルゴーレムが粉々に……」


 あり得ない、と女は首を横に振る。

 ゴーレムは、その体を構成する素材によって、いくつも種類がある。

 土でできたクレイゴーレム、岩でできたロックゴーレム、鉄でできたアイアンゴーレムなどがあり、ミスリルゴーレムはその名の通りミスリルでできている。討伐依頼が出るとしたら、ミスリルゴーレムはBランク前後だろう。

 ただ、魔王城にミスリルゴーレムはいなかった。弱すぎて召喚する価値がないからだ。魔王城でゴーレムといったら、オリハルコンゴーレムやアダマンタイトゴーレムである。


「よくある事だ。気にするな」


「よくある事!?」


「そんな事より」


「そんな事!?」


 いちいちリアクションが大きいな……。


「ケガはないか?」


 あっても俺の光魔法は他人に使えないし、ポーションも持ってきてないので、せいぜい外まで運んでやるぐらいの事しかできないが。

 外に出れば、商魂たくましい商人が店を構えている。

 ダンジョンの出入り口なんて、ろくに水も確保できないのに……と思うかもしれないが、実はけっこう安全なのである。なぜなら、周囲の冒険者たちが守ってくれるからだ。

 もし商人に被害が出れば、商人は次から来なくなる。万一の場合には頼ることになるから、来なくなると困る。そういうわけで、ダンジョンの出入り口に店を構える商人は、その場に居合わせた冒険者たちが必然的に無償で護衛する。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます。

 私はエリノアです。あなたは?」


「ライトだ。

 ケガがないならよかった。

 どうする? 1人で戻るか、俺についてくるか」


 俺はあえて「外へ送ってやる」という選択肢を消した。

 外まで送ってやって、それからどうするというのか。エリノアを見捨てた彼らのもとへ戻るという選択肢はないだろう。またいつ見捨てられ、今度こそ命を落とすか分からない。

 俺のできる最大の親切は、このまま彼女をつれて「荒野の塔」を行けるところまで攻略し、その間に得た財産を彼女に分配することだ。そうすれば、当面の資金を工面してやれるし、いくらか鍛えてやる事もできるだろう。

 ただ、彼女が1人で戻れるようなら、その後のことも心配する必要はないはずだ。


「1人では戦えないので、ついていきます」


 エリノアが仲間になった。

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