落胤04:頭角
「冒険者には、A、B、C、D、E、Fの6段階の『ランク』があります。
依頼も同じ6段階に分類されており、同じランクの依頼のみ受注できます。
これは、いずれ強くなる冒険者がまだ弱いうちに無茶な依頼を受けて、重傷を負って活動できなくなるような事態を回避するための制度です。
そのため、実際の強さよりも慎重にランク判定がおこなわれます。具体的には、『実力』ではなく『実績』でランクが変わります。つまり、たとえ世界最強の『実力』を持つ戦士が登録しに来ても、登録したばかりで仕事を1つもこなしていないなら『実績』がないのでFランクです」
登録手続きの時、受付嬢がそう説明してくれた。
他にギルドの様々な規約についても説明を受けたが、要するに「悪いことをするな」というルールなので、特に覚える必要はない。
さっそく掲示板に貼り出された依頼書をながめ、Fランクの依頼からよさげなものを探す。
ちなみに、平民の識字率は低いが、俺は文字の読み書きができる。母親が僧侶で、経典を読むために文字を学んでおり、俺にも文字を教えてくれたからだ。魔王から受け継いだ強大な闇の魔力があってもどうにか光魔法を使えるのは、母親の僧侶としての素質を受け継いでいるからなのかもしれない。
「これと、これにするか」
選んだのは常設依頼2つだ。
ゴブリンの討伐と、薬草採取。
ゴブリンは繁殖力が強く、サイクルが短いために、ゴキブリやネズミのごとく、いくら討伐しても根絶やしにはできない。戦闘能力はそこらの村人と変わらないが、極めて凶暴なので、人間や家畜がやられる事もある。そのため、ゴブリンの討伐依頼は常に貼り出されている。
薬草は、栽培する方法も研究されているが、うまくいかないらしい。なので、これも常に貼り出されている。
栽培された薬草は、野菜として食べるなら問題ないのでレタスみたいに市場へ出回っているが、一方でポーションの材料に使うとポーションの効果が落ちる。含有魔力量が違うらしく、森で自生しているものは豊富に魔力を含むが、栽培すると魔力をほとんど含まない。付与魔法の要領であとから魔力を足してやることはできるが、そのために魔術師を雇うぐらいなら冒険者に採取依頼を出したほうが安上がりだ。薬草の含有魔力量を増やすような肥料や栽培方法がないか、今も各地で研究されている。
閑話休題――この2つの依頼は、どちらも同じ森に出かけることになるので、一緒に引き受けた。
そして俺は、次に宿を確保しようとギルドを出て――前述のとおり、例のおっさんに刺されたわけだ。
◇
おっさんに呪われたナイフを渡して、宿屋に部屋を取り、いよいよ森に出かける。
厄介なことに、ゴブリンも薬草も詳しい所在は不明で、「森の中」としか分からない。薬草の植生に詳しければ、どういう場所に生えるとか分かるのだろうが、俺はそんなの知らない。しかも、この国の国土は、面積の半分以上が森だ。「森の中」と言われても、範囲が広すぎる。
というわけで、ギルドを出る前に植物図鑑を見せてもらい、薬草の形を確認した。
それから手あたり次第に探し回り、それっぽい植物をいくつか確保する。
面倒だが、いったん街へ戻り、冒険者ギルドで確認をとる。
「この中に薬草はありますか?」
「これとこれは薬草ですね。
あとは違います」
見慣れた人なら見分けがつくのだろうが、俺にはどちらも同じに見える。
さて、困ったぞ。
確認のためのサンプルとして採取した植物のうち、8割が薬草じゃなかった。単純に考えると、依頼の5倍以上「それっぽい植物」を持っていけば、5分の1ぐらいは薬草だろう。だが、大量採取をやるのは面倒くさいし、サンプルの数が少なすぎて「的中率2割」がどこまで信用できるか分からない。
「ありがとうございました」
再び森に戻る。
しかし、薬草の実物を持っていても、見比べたぐらいでは分からない。
「分かる奴を頼るか。闇魔法【サモンダークネス】【ヘルハウンド】」
ゾンビやスケルトンやそのほか邪悪そうな魔物なら何でも召喚できる闇魔法を使って、ヘルハウンドという魔物を指定して召喚する。
もちろん、実際に召喚できるのは術者の実力より下の魔物だけだが、魔王と互角に戦えるようになった今の俺に召喚できない魔物はいない。
「バウッ」
召喚の魔法陣から、真っ黒な犬が現れた。
普通に四つ足で立っているだけで、顔の高さが俺と同じぐらいになるという超大型犬だ。
地獄の猟犬というだけあって、こいつの猟犬としての能力は素晴らしい。嗅覚や聴覚に加えて魔法でも探知し、広い範囲を障害物に影響されずにカバーできる。知能も高く、獲物が追跡者を間違った方向へ進ませようとしても、ヘルハウンドは決して引っかからないという。
「んぶあああ……! やめろ! ベロベロするな! ……うわー……生臭い……」
この恐るべき猟犬が、魔王のもとで修業している間に、すっかり俺になついてしまった。
訓練の対戦相手として何度も戦ううちに、俺のことを親しい友人のように思ったらしい。
「ヘルハウンド。これを探してくれ。薬草だ」
「バウッ」
答えて小さく吠えると、ヘルハウンドは音もなく風のように走り去った。
そして10秒もしないうちに戻ってきたかと思うと、また走り去り、また数秒で戻ってきては走り去る。それを繰り返して、5分もしないうちに、俺の前に薬草の山ができあがった。
「もういいぞ。
次はゴブリンを討伐してくれ」
「バウッ」
答えて小さく吠えると、ヘルハウンドは薬草と同じペースでゴブリンの死体を俺の前に積み上げ始めた。
いやぁ……かくれんぼはよくやったから、優秀だというのは知っていたつもりだが、こんなに優秀だったのか。
「もういいぞー」
5分もしないうちに、ゴブリンの討伐が十分な数になった。
「ありがとうな。
すまないが、周囲を警戒していてくれ」
ヘルハウンドをなでてねぎらい、もう1つ頼みごとをすると、ヘルハウンドはその場に「お座り」した。
「闇魔法【シャドーコンテナ】」
自分の影に魔法をかける。これは収納の闇魔法だ。影の中に物体を収納できる。
この魔法は、影の中に異空間を作っているわけではなく、3次元の物体を2次元に折りたたんでいるだけらしい。魔王がそう言っていた。正直ちょっと何言ってるか分からないが、大量の荷物を簡単に持ち運べる便利な魔法だという事は分かる。
この魔法では影の大きさや形は変更できないのだが、そんなものは光源を用意すればいいだけだ。俺の場合、それはとても簡単である。
「光魔法【ライト】」
照明の光魔法を使い、思い通りの方向・大きさに影を作れる。形は、姿勢とか持ち物とかで何とでもなる。
薬草とゴブリンの死体を収納した。
「さて……ん? どうした?」
さて街へ戻るか、と言おうと思ったら、ヘルハウンドが「お座り」をやめていた。
しかも俺のほうを向いていない。何かを見つめるようにじっとしている。
「……敵か?」
このあたりには、討伐依頼にしてもFランクにしかならない弱い魔物しかいない。
当然だがヘルハウンドの敵じゃない。わずかでもヘルハウンドの気配とか匂いとかを感じたら、このあたりの魔物は即座に逃げ出すレベルだ。
ヘルハウンドは「周囲を警戒してくれ」という俺の頼みを聞いて、魔物が近寄らないようにあえて自分の気配を隠さないでいた。今の様子も、ただ単に「なかなか逃げないニブい魔物がいる」とかで、その動向を注視しているだけだろう――と、俺はそんな風に考えていた。
「グオオオオオオオ!」
正直、考えが甘かったと言わざるを得ない。
バキバキと木々をへし折って、現れたのはどう見てもドラゴンだった。それも鱗が黒いやつ。
ドラゴンは、生まれたばかりのころは鱗が白い。成長するに従って色がつき、赤なら火魔法、青なら水魔法という具合に、色に応じた魔法を使う。鱗の色が濃くなるほど魔法の威力や規模も上がっていき、しまいには色が濃くなりすぎて真っ黒になる。
ブラックドラゴン。Aランクの冒険者が束になっても勝てない相手だ。軍隊が万単位の犠牲を出しながら、いくつかの街を滅ぼされつつ、どうにか撃退――討伐ではなく、追い払うだけ――というのが限界である。過去には、運よく討伐できた例もあるが――いや、甚大な被害を出して討伐しても「運よく」とは言えないか。
「闇魔法【ディレズ】」
俺は、魔王が得意とする攻撃魔法を放った。
触れたものを分解除去する闇魔法だ。分解というのは、木っ端みじんにバラバラにするという意味ではなく、薪が燃えて灰になるように跡形もなく消滅するという意味だ。
細い紐状に放った魔法は、ブラックドラゴンの首に命中し、スパッとあっさり切り落とす。
それきりドラゴンは絶命した。
ブラックドラゴンなんて、魔王城では「よくいるザコの1つ」に過ぎない。