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落胤03:偽史

 あれから20年。

 魔王に会う前にダンジョンの中にいた時間がよく分からないが、たぶん俺はだいたい40歳ぐらいになった。

 魔王の指導で、肉体を鍛え、武術を鍛え、闇魔法を鍛え、そしてもちろん独自に光魔法も鍛えた。魔王や魔物に光魔法は使えないが、同じ魔法だから闇魔法との共通点もいくらかある。神父様のもとで修行していたときの事を参考にしつつ、闇魔法との共通点にも学び、独自に鍛えたのだ。

 結果、俺めっちゃ強くなった。

 最初に準備運動をやってくれたアークデーモンは、今や片手で制圧できる。最近は魔王といい勝負ができるほどで、魔王四天王からも割とガチで魔王軍に勧誘されている。


「好条件を提示してくれるのはありがたいが、俺は魔王軍には入らない」


「どうして?」


「俺はあくまでも人間の冒険者として活動したい。

 実力不足で村人や母親が死んでしまったのが、俺の原点だ。救えなかった人たちの代わりに、別の誰かを救うための力がほしくて鍛えてきた。

 これで魔王軍に入って『人間を殺そう』とかやっちゃうのは、当初の目的から外れてしまう。」


 実際には、積極的に村や街を襲うのは、魔王軍の所属ではない野生の魔物だが。

 では魔王軍はどこで何をしているのかといったら、魔王城とそこへつながるダンジョンで、侵入者を撃退しているだけだ。実は魔王城もダンジョンの一部であり、魔王というのは人間が勝手にそう呼んでいるだけで、実際にはダンジョンの管理者なのだという。

 もちろん他にも大小様々なダンジョンが各地に点在しており、それぞれのダンジョンにそれぞれの管理者がいる。魔王城は世界有数の高難度ダンジョンで、それっぽい城まで構えているから、そう呼ばれるようになったようだ。


「ダンジョン同士の勢力争いというのもあると聞いたし、そしたら世話になった分のお礼は、他のダンジョンを攻略していけばいい」


 攻略されたダンジョンは、一時的だが大幅に弱体化する。配置した罠や魔物は荒らされ、ボスは倒されているので、再配置して体制を整えるまでにはいくらか時間がかかる。

 このタイミングで他のダンジョンから攻撃を受けたら、よほど格下の小さいダンジョンが相手でない限り、しのぎ切れずに吸収合併されるだろう。そうして負けた方のダンジョンは、その資源を丸ごと奪われる。勝った方のダンジョンは、大量の資源を得て、ますます大きくなる。

 そういう仕組みになっているので、人間がどこかのダンジョンを攻略した直後は、周辺のダンジョンが吸収合併のために争奪戦を起こすらしい。吸収合併の形態としては、統廃合して1つのダンジョンにする方法と、完全子会社化みたいに元のダンジョンを残して運営する方法がある。

 こうしたダンジョン側の事情を何も知らないので、人間たちは「攻略されたダンジョンはたいてい消滅するが、まれに急成長することがある」と認識している。


「そういう方法で恩返しはできるから、俺は街へ戻る。

 世話になったな。また暇を見て顔を出すよ」


 というわけで、俺は20年ぶりに人間社会への復帰を果たすことになった。





 冒険者ギルド。

 故郷の田舎村にはないので、近くの街へ向かった。時々村に来る行商人が日用品などを売ってくれるが、その品々はこの街で仕入れるのだと聞いたことがある。


「登録の手続きをお願いします」


 冒険者ギルドは人材派遣会社みたいなものだ。冒険者はそこに登録するアルバイトみたいなもの。

 母親や魔王が元いた世界では、手のひらサイズの薄い板で国中の仕事を確認できたらしいが、こちらの世界にはそんな便利な技術はなく、冒険者ギルドの各支部はその周辺から集めた仕事を、紙に書いて、掲示板に貼り出している。


「おいおい、こんなおっさんが今から登録だってぇ!? どんな冗談だよ!?」


 ゲヒャヒャヒャヒャ! と特徴的な笑い声をあげて、人相の悪い冒険者が絡んできた。

 年齢は俺より少し上だろうか。40代半ばから後半に見える。使い込んで無数の傷がついた皮鎧と、店で売っている中ではちょっと高いほうに分類されそうな剣を身に着けている。無精ヒゲ、ボサボサ頭、やせているように見える顔と体だが筋肉はついている。軽装戦士。それも斥候に近い部類か。

 確認完了。スルー決定。

 こういう手合いは珍しくないのか、受付嬢も慣れたもので、一瞥もせずにスルーして淡々と手続きを進めている。

 何だと、この野郎!? と、目つきひとつでも反抗して見せれば、それだけで調子に乗ってさらに絡んでくるだろう。不良と呼ばれるような連中の素行が悪いのは、それによって自分に注目を集めたいからだ。まともに賞賛してもらうような事ができないから、悪い事をして注目してもらおうとする。承認欲求の表れなのだ。

 だから、こういう手合いには「一切興味がない」という態度をとるのが一番効く。魔王いわく「荒らしには反応するな」だそうだ。


「こ……この……!」


 つかみかかる事もできずに、不良冒険者はプルプルしていた。

 そんな様子を見ていた若い冒険者グループがいた。


「ぷっ……!」


「何あれ?」


「ダっセぇ」


 イキったあげく、無視され、笑われて、居場所をなくした不良冒険者は逃げるように立ち去った。

 俺はこっそりため息をついた。

 あれは、もしかすると、あり得たかもしれない俺の姿だ。

 母親が死んだあの襲撃事件がなければ、俺は今でも「まともに光魔法が使えない無能な僧侶見習い」として生きていただろう。誰にも承認されず、何かを成し遂げることもできずに、無駄に年齢ばかり重ねてしまうとしたら……俺もああやってグレていたかもしれない。





 登録手続きを済ませ、次に俺は宿屋へ向かうことにした。

 今夜の宿を決めておかなくてはならない。遅い時間になると宿屋が満室になりかねない。

 冒険者ギルドを出て、宿屋へ向かって歩き出したところで――


「おっと、ごめんよ」


 誰かにぶつかられた。

 脇腹に鋭い痛みが走る。

 見れば、ナイフが刺さっていた。


「ちょっと待て」


 俺は刺さったナイフを抜いて、ぶつかってきた男を捕まえた。


「くっ!? なんで動けるんだ!? 麻痺毒つきのナイフだぞ!?」


 捕まえてみると、そいつはさっき冒険者ギルドで絡んでこようとした不良冒険者だった。

 ちなみに、俺に麻痺毒ナイフが通用しない理由は簡単だ。回復や解毒の光魔法を使っただけである。俺の光魔法は他人を治せないが、自分は治せるのだ。麻痺だけでなく、石化・猛毒・恐怖・魅了・呪詛などにも抵抗するため、抵抗アップ系の魔法や異状解除系の魔法は常時発動している。魔王城でまともに訓練を受けるためには、そのぐらいは最低限の前提条件となる。


「そのぐらい対策してるに決まってるだろ。

 お前、普段は何と戦ってるんだよ? 人を殺傷するのは初めてか?」


 なにも魔王城に限った話ではない。各地のダンジョンには、それぞれの特色というものがあり、魔王城ほど何でもありなダンジョンは珍しいものの、猛毒持ちのモンスターが多いとか、麻痺攻撃を使うモンスターが多いとか、状態異常そのものは珍しくない。

 状態異常に何の対策もしてない前提で攻撃してきたとなると、こいつ、普段は「初級」と呼ばれるようなダンジョンにいるのだろう。単純にダメージを狙う攻撃ばかりで、状態異常を使わないダンジョンだ。初級ダンジョンがそういう単純なものばかりというのは、人間にも知られている。

 ちなみに、これは魔王から聞いた話だが、初級ダンジョンがどれも単純なのは、状態異常を使える魔物は召喚するためのコストが高いからだ。大きい会社ほど収益も大きく、設備投資も大規模にやれる。零細企業では思い切った設備投資は、やりたくても資金が足りない。それと同じことが、ダンジョンにも言えるのだそうだ。どうやらダンジョンの運営では、金銭みたいな何かを得たり支払ったりするらしい。


「くっ……! 殺せ!」


「おっさんが言うな!」


 おもわず頭をひっぱたいてしまった。でも、こればっかりは仕方ない。だって、そうだろう?

 そういうのは女騎士のセリフだろうが! それも「本当に騎士なの? ちゃんと鍛えてる?」って言いたくなるような華奢な体つきの、そのくせ胸だけ大きいような美女が言うべきセリフだ。断じて、こんなくたびれたおっさんの言うセリフではないッ!


「……まあいい。とりあえず聞け。

 まずナイフを返すから、ちゃんと持って帰れ。俺はこんなのいらん」


 自分用のナイフは持ってるからな。

 というわけで、おっさんにナイフを返す。

 そのついでに、ちょっと細工をして、ナイフが黒く染まった。


「なっ……!? おい、何をした……!?」


「呪詛をかけた。

 そのナイフは、いったん装備したら外れない。もちろん俺なら着脱自在だが。というわけで、もうそれはお前の体から離れないぞ」


「ふざけん……!」


「最後まで聞け。

 呪われた代わりに、そのナイフは攻撃力が10倍になっている。しかも、ダメージを与えた分、相手から生命力を奪って、持ち主に与える。全く攻撃が通用しない相手じゃなければ、かなり粘れるだろう。同格相手なら圧倒できるはずだ。

 その代わり、もう1つ呪詛がある。お前がまじめに努力すれば、攻撃力やダメージ吸収率は少しずつ上がっていくが、素行不良や犯罪行為をやれば、それらの効果は失われる。

 いいか? これはお前が立ち直るチャンスだ。まともに生き直すんだ。分かったな?」


 後はお前次第だ。そう告げて、俺はおっさんを解放した。

 おっさんは、しばらくポカーンとして立ち尽くしていた。

 願わくば、おっさんには正しい道を歩んでほしい。

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