落胤01:追放
「ライトくんは、光魔法に適性がありますね」
15歳の誕生日。俺は神父様に自分の魔法適性を調べてもらった。
魔王城に最も近い辺境の田舎村。こんな所にも、教会があり、神父様が派遣されてくる。光魔法の訓練を積んだ神父様は、村の怪我人や病人にその光魔法を使い、癒してくれる。回復の他に解毒や防御などの魔法もあるらしい。
そして、大勢を癒してきた経験から、他人の魔法適性が分かるという。適性がなければ事務職や商人などになればよく、属性に偏りがなければ身体強化の魔法を使って戦士や職人など力仕事をやればよい。たいていは、このどちらかになる。
だが稀に、特定の属性に偏りがある人もいる。ならば、その属性魔法を使う魔術師になればよい。それが光属性なら、僧侶に向いている。
「であれば、神父様のもとで僧侶の修行をつけてください」
そうして俺は、神父様のもとで僧侶見習いとして修業を積むことになった。
◇
順調に光魔法を鍛えて数年。まだ実際に怪我人や病人を癒したことはないが、料理のときにうっかり包丁で指を切ったりしたら自分で回復魔法を使って治すぐらいはできるようになった。
「大したものですね」
と、神父様は褒めてくれた。
「まるで魔力を感じないのですが……普通なら魔法を発動できないはずですが、よほど魔力制御がうまいのでしょう」
永久機関は存在しない。それは、エネルギーの伝達には必ずロスが生じるからだ。魔法でもそれは同じで、普通では考えられないほどロスを減らせば、普通では考えられないほど少ない魔力で魔法を使える。
ただ、俺がそれをやっているという自覚はない。俺には他人の魔法をそこまで観察する能力がないから、比較対象がなくて分からないのだ。本当に俺は、効率よく魔力を使えているのだろうか?
「すぐ魔力切れになると思いますから、あまり大勢は治療できないでしょうが……そろそろ実際に誰かを癒してみるのも、いい経験になるかもしれませんね。今度やってみましょうか」
「はい。楽しみです」
「これこれ。怪我人や病人を楽しみにする人がいますか」
「あ。すみません、神父様」
「我々は、出番がないほうがいいのですよ。もしもに備えて鍛えることは必要ですがね」
「はい、神父様」
「ところで、明日からしばらく他の街へ出かけます」
「そうなんですか?」
「近隣の教会の神父たちが集まる会議があるのですよ。数日は帰れません。
留守は任せますが、ライトくんが治療するのは重篤な状態の人だけにしてください。まだ魔力が少ないのですから、あまり何度も魔法を使うと魔力切れを起こして倒れますよ」
村の人たちにも話はしてあるから、と言って、神父様は翌日から他の街へ出かけた。
◇
神父様不在の2日目だった。
村が魔物の群に襲われた。
魔物なんて野生動物と一緒にそこらをうろついている。ろくな防壁もない田舎村が襲われるなんて、珍しい事ではない。野鳥・タヌキ・イノシシなどが村にやってくる事があるように、魔物もまた姿を見せることがある。
厄介なのは、野生動物と違って魔物は人間を見れば襲ってくるということ。そして今回は群で現れたという事だ。
村の青年団――20歳前後から50代半ばまでの男たちで構成される組織が、魔物の群と戦った。
「俺も戦う」
「待て。神父様がいない今、お前は村で唯一、光魔法が使える奴だ。
お前がやられたら、誰が怪我人を治すんだ」
というわけで、俺は後方待機。
激戦の末、青年団は魔物の群を撃退することに成功する。
だが大勢の怪我人が出て、数人は重傷だった。
「魔力が少ないことは神父様から聞いている。重傷者だけでいいから治してくれ」
「分かりました」
と意気込んで重傷者のもとへ向かうと、大きな傷口を作って血まみれになっている重傷者が待っていた。
「行きます。《ヒール》!」
光魔法が発動し、淡い光が生まれる。
この光が怪我人の傷に吸い込まれるようにして消えれば、傷が治る。
だが、いくら待っても光は吸い込まれて行かなかった。当然傷も治らない。
「何やってんだ!? 早く治してくれ!」
負傷した本人からも、周りで心配する村人たちからも「早く治せ」と口々に言われる。
だが、何度やり直しても、他の重傷者や軽傷者で試しても、まったく傷が治らなかった。
そのうち重傷者がしゃべらなくなり、周囲の村人たちが慌て始める。
重傷者たちの顔色がどんどん悪くなっていき、周囲の村人たちは俺につかみかからんばかりの勢いだ。
重傷者たちの手足が指先から順に紫色になり、そして全身が白くなっていった。周囲の村人たちは泣き崩れている。
俺は魔法を使い続け――
「もういい」
肩を掴まれ、放り投げるようにどかされた。
村人たちが、白くなった重傷者を運び出していく。
現実感がなく、あっという間に時間が過ぎていった。
俺は、最後に残った母親の死体を、ぼんやりと見ていた。
◇
5日目に、神父様が帰ってきた。
生き残って傷がまだ治りきらない人たちを癒した後で、神父様は俺の実力を試験した。
「治してみなさい」
神父様が自分の指先をちょっと切って、俺に言った。
「はい。《ヒール》!」
俺はいつも通りに魔法を使った。
淡い光が発生し、そして何も起きなかった。
「……光が生じる以上、魔法は発動しているはずですが……?」
発動しているのに、効果が出ない。
どういう事なのかさっぱり分からない、と神父様は言った。
俺は何度か自分の傷を治したことがあるのを思い出し、自分の指をちょっと切って、もう1度魔法を使ってみた。
「《ヒール》」
すると、今度は光が傷口に吸い込まれ、俺の指は治った。
もう1度、神父様の指に魔法をかける。
だが、やはり神父様の指には魔法が作用しなかった。
「……ふむ……?
どういうわけか、ライトくんの魔法はライトくん自身にしか効果が出ないようですね」
「射程距離が短いのでしょうか?」
体から離れたところに魔法を飛ばすのは、それなりに実力が必要だ。これを魔法の射程距離という。ごく近い距離ならそう難しいことではないらしいのだが、やってみた結果、身体強化の魔法みたいに自分自身にしか効果が出ない。射程距離がゼロということだ。
「そうですね……感じ取れないほど魔力が弱いというのもあって、圧倒的に実力不足なのかもしれません」
他人に魔法を使ったことがなかったから、全く気付かなかった。
こんな事なら、親に協力してもらって調べておくんだった。そうすれば、少しはできるようになっていたかもしれない。
「ライトくん。私にも、実力不足で救えなかった人がいます。
今回救えなかった人の分、今後より多くの人を救えるように努力しましょう」
「はい、神父様」
明日からの猛特訓を誓って、俺は帰宅した。
◇
その日の夜だった。
突然誰かが俺の家に押し入り、寝ていた俺を拉致した。
縛り上げられて身動きもできず、さるぐつわを嚙まされてろくに声も出せない。
犯人は複数。
そして彼らは一言もしゃべらなかった。
「ふがふが!?(誰だ、お前ら!?)」
暗いせいで人相風体が分からない。
そのまま俺は暗闇の中を運ばれていき、放り投げられた。
落下していく途中で、月のない星空を見上げ、星々の光を遮るシルエットが見えた。
それは見覚えのある奴だった。
「ふぐっ!?」
かなりの高さを落ちたあと、俺は地面に転がった。
全身あちこちが痛い。手足を縛られたまま落ちたので、どこか骨が折れたかもしれない。
暗くて周囲は見えないが、10m以上も落下するこの地形には覚えがある。見覚えじゃなく聞き覚えだが。
魔王城へ至るというダンジョンの入り口だ。入ってすぐにホールがあって、地上1階から地下5階ぐらいまで吹き抜けになっているらしい。たぶんその吹き抜けを落とされたのだろう。
「んが……! 《ヒール》!」
地面に顔をこすりつけてさるぐつわを外し、光魔法で回復する。
たちまち全身から痛みが消え去った。
それから、引っ張ってみたりねじってみたり擦ってみたり、色々しているうちに、どうにか手足を縛っているヒモも外せた。
「さて……これからどうするかな……」
俺をここへ放り投げた奴らは、俺が救えなかった重傷者たちの身内だった。
彼らは俺の魔法が射程距離ゼロだとは知らないから、たぶん「重傷者のひどい状態を見てビビッてしまってまともに魔法を使えなかった根性なし」とか思っているのだろう。俺がビビッてちゃんと魔法を使えなかったせいで家族が死んだのだ、と俺を恨んでいても不思議はない。
重傷者の中に母親がいたんだから、俺だって俺の実力不足が恨めしい。彼らの気持ちは分かるつもりだ。だから、彼らが俺をここへ放り込んだことに怒りも恨みもない。
問題は、周囲にひしめくダンジョンの魔物たちだ。ただの村人、それも僧侶見習いに過ぎない俺が、魔王城へ至るダンジョンの中から無事に生還できる見込みは……どう考えてもゼロだろう。