48話 出立
◆15歳の冬(3) 【魔時計:6時14分】
日中の執務を終えたエミルが、わたしの部屋を訪ねた。
いつもの陽気さが消え、肩を落とし気味にし眼を落ち窪ませている。だいぶお疲れやなと感じた。とりあえずテーブルまで案内し得意のカボチャスープで慰労する。
1口すすって「ハアッ」と息をついたエミルは、子供っぽく口を尖らせて母親にでも弱音を吐くように愚痴りだした。
「もーアカンよ、直らへんっ。装置自体は壊れてへんから、恐らく自称勇者さんが障壁でも張ってるんやろ。あーあ。僕の魔力知識程度じゃゼンゼン歯が立たへんわ」
魔能の心得のあるサシャが居てくれたら……と言外に含ませる。
物見の塔のスクリーン機能が復帰しない。なので、フィルコレーヌの状況がまったく掴めないとエミルは嘆いているのだった。
同調の頷きを返したわたしは彼女の前にコトリ、魔時計を置いた。
「この魔時計もね。一切の声を伝えてくれへんの。相当強い妨害を受けてるんやと思う。けどね、時々やけどブルッて震えるの。まるで『わたしたちは大丈夫だから』ってシーちゃんが教えてくれてるように」
ゆった尻から魔時計が「ブルッ」とテーブルを揺すった。
「ね?」
「……んー。そうやね、僕もそう思うよ。きっとそのシンクハーフって魔女さんが報せてくれてるんだよ」
「……うん」
会話が途切れた。しょせん根拠の無い希望的会話。それ以上の発展は無い。
外で定刻を報せる鐘音がした。続いて衛士らが交代の号令を掛け合う声も届いた。いつも何とはなしにやり過ごしてる日常の音も、静かだからすごく良く聞こえる。
「わたし。ラマンダのお墓に行って来る」
「……え! 今から? 護衛をつけな」
「いい。大丈夫」
目線を落とし再びスープに手を付けたエミル。
「それって。もしかして別れの挨拶?」
「……そう、なのかな」
「行くん? フィルコレーヌに」
「……だね」
何かを断ち切るように勢いよくスープをすする。やがてエミルは顔を上げ、真っ直ぐわたしを見た。
「……ごめん。……カモデナンディ公国としてはもうこれ以上は」
首を振り、言葉を遮ったわたし。おかわりを勧める。
今、本腰を入れて兵を差し向けると、パヤジャッタと決定的に対立することになる。下手をすれば戦争になる。実権者になったばかりのエミルには酷な選択だ。そんな決断はさせられない。
「この部屋のホウキ、貰ってくね」
出て行こうとしたわたしに、
「ノエミ! ひいばあさまの事、有難う。シンクハーフさんの事、お願いします」
「そんなゆい方、重すぎてヤダな」
今日初めて歯を見せたエミルは、「いってらっしゃい」と手を振った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
海沿いの白浜が途切れた辺りでゴツゴツした岩場に行き当たり、更にその先に進むと周囲から隠れた秘所にごく小さな岬がある。その舳先にポツンと墓石が置かれ、【颯爽姫】と控えめなカモデナンディ文字で銘が刻まれていた。
その前にペタリと腰を下ろす。
「いやぁ本当にカモデナンディは暖かいねぇ。こうゆうの、常夏ってゆーのかな。良い場所に、良い国を創ったねぇ」
一望出来る水平線の向こうで、お日さまはそろそろ沈む準備に入っていた。心残りのように放たれた強烈な西日が眼に痛かった。
「颯爽姫。あなた二つ名の異名通り本当に颯爽としてたよねぇ。わたし、内心憧れててん。あなたがわたしのしゃべり方をマネたって告ってたように、わたしもあなたの仕草とか、立ち振る舞い、実はマネしとったんやで? その事、気付いとった?」
言葉を切って、周りの雑草を取り除く作業に入る。持参した布で時間をかけて石を磨き清めた。丁寧に、丁寧に。そうしてからもう一度座り込んだ。あたりは徐々に暗くなり出していた。
「とうとう勇者が登場したよ。神さまってのはいっつも人間の味方ばかりするね。わたしらは神さまに対抗して黒姫を神さまに祭り上げようか? そうしたらちょっとは天も風向きを変えてくれるかも知れんからね。……ラマンダ、その時はあなたも神のひとりとして魔族に幸をもたらすよう励まなアカンのやで? ええね?」
ちょっぴりこみ上げた可笑しさ。味わうようにグッと噛みしめた。
「わたし、シンクハーフのところに行って来るわ。勇者コレットをやっつけて来る。やからね、……ラマンダ。神さま。……どうかわたしを護って!」
ふわっと、両肩に毛布が掛かった。
振り見ると数人の女官と護衛の人たちが立っていた。エミルの姿は無かったけど、彼女が気を利かせてくれたに違いない。
彼らは余計な口だと思ったのかモノをゆう事もなく、わたしの視界の入らないところまで退くと、何やらゴソゴソと始めた。どうやら野営の準備やと判ると堪え切れない嬉しさと可笑しさに身悶えしたが、エミルの言いつけを一生懸命守る彼らの苦労を尊重し、構ってあげない事に決めた。
だから聞こえない大きさで「有難う」と呟くだけにした。
陽はとうに西の彼方に沈んでいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――その晩。
わたしは夢を見た。
ラマンダの墓前で寝入ってしまったのだ。
夢やと自覚するまでにやや時間を要したものの、まるで過去に戻ったかのような印象深いシーンだったんで、それが現実でも夢でもこの際どうでも良く、とにかくわたしは、その夢想の中で在りし日を想い、心を揺らし、そして大いに懐かしく感じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうや無い。シンクハーフは良い子過ぎるの。その作戦やと結果的に2分の勝ちも拾えんで?」
「そうおっしゃいますが、ナディーヌのやり方だと我が方の損害が計り知れず、得策とは思えません。わたしは奇襲に反対です」
テーブルいっぱいに広げた作戦図をふたりで睨み、喧々囂々意見を戦わせていると、大柄な女戦士が入って来た。胸当てと腰回りに装着した防具の他には一切の備えをせず、そのおかげでところどころに生傷を拵えている。
「何や。また二人きりで。作戦会議ですか?」
「ラマンダ。戦果を挙げてくれるのは嬉しいですが、少しは自分の身も案じて下さい」
「チッ、シンクハーフ。またお説教かい? やったらアンタも最前線出て敵兵前にしてみたらエエねん。お上品なそのすまし顔が血を求めて歪みまくるで? ……魔女の性でな」
ウインクしたラマンダ、シンクハーフにズイと迫った。
顎にかけられた手を払ったシンクハーフは、頬をプーッと膨らませて黙ってしまった。
「ラマンダ。シンクハーフは常にアンタの事を心配して、少しでも損害の少ない作戦を考案しようって頭を悩ませてるんや。そんな人を小馬鹿にした態度はアカンよ?」
「お言葉ですが。知恵はもっと大勢の方が沢山出ると思いますが? 何故こんな密室で、しかも二人きりで顔を突き合わさなきゃアカンのですか? それともわたしがおったら邪魔だとでも?」
もう。ひねくれてんなー。
「ラマンダからの報告は後でちゃんと時間取って聴くから。そう突っかからんでも宜し」
「……うん。ならいいです」
クルリと反転したラマンダ。出て行こうとして。
「――あ。そうそう。シンクハーフさぁ。ちょっと外来てみ」
「な、何すんです、ラマンダ? そんなに強く手を引っ張らないでください。わたしは今ナディーヌと……!」
「いーから、いーから」
抵抗する彼女をムリやり連れて行く。……そうして二人して部屋から居なくなってしまった。
「ちょっとォ……」
わたしはどうすればいいんよ!
ラマンダの企みはいつもの事だけどシンクハーフが心配になったのでわたしも様子を探った。
すると作戦室の部屋の前は左右に通路が分れ長い回廊になっているんやが、左手側には帝国期に建てられた礼拝堂を改築した兵たちの宿営所があり、そこから歓声が沸き起こっていた。
「我が魔族軍が誇る作戦参謀長のシンクハーフ・バレーヌさまである! 只今より閣下より訓示を賜る。心して聞くが良い!」
ラマンダが声高らかに紹介し、シンクハーフを演台に押し上げる。
「あ……、え……と、……ゴホン。初めてまみえた者もいるかと思いますが、わたしが参謀のシンクハーフ・バレーヌです。さてあなた方。あなた方は自分が戦場で死ぬと決めていますか。決めていないとすれば、その者は途方もない能無しクソヤロウか、さもなくば穀潰しの、およそ軍隊には不向きな、イカれた不能、役立たず者と言えます。何故なら太古の昔より、戦の場で死を迎えられる幸運な兵は総数の半分にも満たないからです。なんと残りの半数は戦後、その老い耄れたクソな悔恨に首まで漬かって、見事に死に得たあの世の戦友らに罵られつつ、彼らの行き着いた天国から糞尿を降り掛け続けられるのです。それは単にありきたりであって事実を述べているに過ぎません。無事死ねたラッキーボーイ&ガールは魔族としての使命感と、最大の責任を果たした栄誉ある神に成り得たのだから、死ねなかったクソな連中を蔑すみ、糞尿を浴びせかけてもそれは当然の行為でしょう。更に言うと死ねた彼らは死の恐怖に打ち勝ち、生への執着を捨てることに成功した、自己の悪しき心に勝利したのだからまったくもって納得のいく話です。ところであなた方は魔族の英雄、神になりたいのか、それとも糞尿かかったクソヤロウに落ちぶれたいのか、今からでも遅くは無いのでよーくそのあたりを考えて欲しいものです。これは決して難しい話ではありません。英雄とは降り注ぐ矢の雨をものともせず、人族共の頸獲りに精勤し、仲間の臓物で戦場を飾り付け、自らもどす黒い血を吸った土へと還る。それだけを全うした者らのコトを総じて言うのです。故郷の両親や愛する家族に、その五体満足の身では無く、幸福の二文字を届けられた者のコトを言うのです。願わくば、わたしの言があなた方の耳にしっかりと届くように。死は勝利、生は無様。……以上です」
……シンクハーフ。
何を口走っているのか、自分で分かってるんかな?
当てが外れたのか、それとも思わぬ感動に襲われたのか、ラマンダは目をパチクリして半笑いのまましばし茫然とシンクハーフを眺め、ややあって手が千切れるほどの拍手を行った。
魔軍将兵たちも彼女に倣って興奮の声を挙げ、場内は熱波に包まれた。
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「開いた口が塞がらんってのはまさにこの事や。思てる事と正反対の弁をまくしたてよって。わたしやっぱシンクハーフがキライや! ホンマに鼻に付く」
「あの子、演台を降りた後こっそり泣いとったんよ? それは分かってんの?」
ラマンダはムスッとし、そっぽを向いた。
「……わたしは自分を殺してでも相手に合わせようとするシンクハーフが、いつか痛い目に遭う気がするんや。やから皆の前で本音をしゃべらせたかったんや。優等生発言なんて期待してへんかったんや。憎まれ役とか汚れ役はわたし一人で十分なんや!」
ああもぉ、不器用すぎるふたり。
わたしが居なくなったらどーなってまうんやろ?
「はいコレ、シンクハーフから」
「……何やのん?」
「遠望鏡って代物らしい。遠くの風景が見えるんやって。ラマンダに渡して欲しいって。何かの役に立てて欲しいって」
「ハッ。自分で渡せばいいものを……! いらんっ、こんなん!」
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――寒さで眼が開いた。
東の空が青々と浮かび上がり始めている。
「お目覚めですか?」
付き添いの人らが周囲で世話を焼いてくれていた。若い女官の一人が澄んだ眼で静かに聞いて来た。
ふとアルマを想った。
「うん、お早う。それと、長時間付き合ってくれて有難う」
「どういたしまして」
護衛の代表がわたしにホウキを差し出す。
「え? エミルから?」
「はい。餞別だそうです。カモデナンディで採れる最高級の木材で拵えております」
手に馴染むし、軽くてとても丈夫そうだった。ついでとゆわれつつ、厚手の防寒着や手袋、耳当て、それに携帯向きの食糧や水筒もリュックに詰められて受け取った。
「皆アリガト。とても良い朝を迎えられました。わたし、このまま行きます。エミルいえ……閣下によろしくお伝え下さい」
「お気をつけ、行ってらっしゃいませ。ご機運に乗じられますように」
一同、カモデナンディの船乗りらに伝わる【旗振り】の挨拶で送り出してくれた。




