44話 昔話
ノエミとラマンダ先生。
魔女たちの過去。
◆15歳の秋(6) 【魔時計:5時53分】
「何や? 今日も画面見詰めてダンマリかいな? 好い加減、わたしの出題に答えて欲しいんやけどなぁ?」
シーちゃんとトゥルーズ伯爵の行動意図を問われて言葉に詰まり、出直せとゆわれてから3日経つ。答えを出せないままラマンダさんの塔に毎日通い、こうした背中越しの嫌味に耐え、わたしなりにフィルコレーヌ周辺を観察し倒している。
「質問……したいんですが」
「質問? 質問者に質問返すん? ……いーで、別に?」
意外そうな顔をしたラマンダさんはわたしの肩にしなだれかかって「なーに?」と耳に吐息した。わざとでしょう? くすぐったいからヤメテクダサイ!
「魔時計です。預かってくれてた間、ブルブルしまくってたってのはホントは嘘、なんですよね?」
「……。どーしてそう思うんよぉ」
「だって。返して貰ってから一回もブルブルしてませんもん。つまりシーちゃんからの連絡は、実際は無かったんやないの? ってなりますよね?」
そーカマを掛けながら、わたしは実の所その推察に自信が無かったんで画面から目を離さずに訊いた。彼女の視線がざくざく突き刺さっているのを感じた。
「良く思い当たったなぁ。ご名答。確かにシンクハーフからの着信は一切無かったでぇ? だってなぁ、わたしが着拒してるし。そりゃあ届かんわなぁ」
「着……拒……?」
「魔力障壁や。ま、当然やろ。得体の知れん外部アクセスを許容する程、わたしは心優しくないわい」
「シーちゃんは得体知れん子と違います。……まーいーです。でもそれじゃあ、なんで手紙は届いたんですか?」
ポン! と頭を叩かれた。驚いて振り見ると、背伸びしているラマンダさんが嬉しそうにしていた。
「今、何考えてる? ノエミ嬢の一生懸命全力な推察を教えて?」
また、それぇ?
「手紙が届く理由はひとつしかありません。フィルコレーヌとカモデナンディは裏で繋がってる。少なくともレインツ兄さまとラマンダさんは内通してる。シーちゃんはそれを知らないか、もしくは黙認してる」
「ふぅむ。……で?」
「わたしの考えでは、シーちゃんは二人の遣り取りを知らないってコトは無いと思います」
「むう?」
「シーちゃんは、フィルコレーヌの誰かがカモデナンディに通じていると、前々から知っていた。そしてその誰かが兄さまだって薄々気付いてた。シーちゃんは推測を確信に変えるため、わたしをカモデナンディに遣わした」
「……どーしてそんなまどろっこしい事を?」
「だって。シーちゃんはラマンダさんに嫌われてるから。……やから兄さまに頼ってラマンダさんを動かそうとした……」
はっはっはっ――と、ラマンダさんの高笑いが響いた。いかにも陽気な笑いだった。
「3日間、だてにダンマリ続けてた事はあるな、ノエミ嬢!」
「……正解なんですか? それとも単に馬鹿にしてるんですか?」
「まぁまぁ。そうすぐにカッカしなさんな。……わたしはな、こう見えてもあなたに感心してんのやで? よくまぁ考えたなぁと。相当うんうん頭を回転させてんやろなぁって」
やっぱし馬鹿にシテマスネ、ソーデスネ。いやそりゃ考えたよ、わたしは真剣やねん!
「……あと。画面視てて分かったことがあります」
「何や?」
トゥルーズ伯爵軍の動き。この3日間で10分の一に減ってる。
「しかも、ただ闇雲に減らしてんやなくて、身内だけ残してます」
「身内って何で決め付けられるん?」
出で立ちが揃っている事、装備が高価そうな事。それに。
「何とゆってもトゥルーズ伯爵の喜怒哀楽がはっきりするようになった事です。よーするに今彼の周りは気が置けない仲間ばっかりになってるとゆう事です」
「……んー、まぁそうやろうな。その見解は合格や。率いた農奴と傭兵、招集していた属将らを解散させたんや。無駄飯掛かるしな。わたしの見たところ残留したんは約200。防柵もしっかり構築しとるし、パヤジャッタ方面への網も仕掛けとるし。その上で遠巻きに見張っとるだけならもう充分な数やろ」
ヤツら越冬する気かもな。と締め括った。
少し気を良くしたわたしは言葉を継ぐ。
「トゥルーズ伯爵の狙いはこれで明確になりました。彼はナーン族の住んでいた森の占拠で今回の戦を手打ちにしようとしています。あの森は飛竜の元住処でしたので良質な土に恵まれています。大々的に手を入れればトゥールーズ領の食糧を下支えする豊かな耕地になるでしょう。このままシーちゃんが反撃して来なければ、彼はその土地を実効支配出来ると踏んでるんやと思います」
「とゆう事は、シンクハーフの本拠であるフィルコレーヌの奪取は諦めた、と?」
「表面上は諦めてません。けど実質は諦めてる……とゆーか、最初から奪う気なんて無かった。理由はふたつ。侵略の意思を見せつけて脅しておいて、ナーン族の森の割譲を妥協させるため、もうひとつはカモデナンディに戦争の口火を切らせる口実を与えない為、です」
パチパチ……とラマンダさんの拍手が鳴った。
「概ねそんなとこやろ。それじゃあ、一方のシンクハーフはどう出る?」
「シーちゃんは……、ラマンダさんと組んでいた、かつての黒姫麾下やったシーちゃんなら、きっと大攻勢を仕掛けてたんやろうと思います。けど今は多分……涙を呑むんやないかと。トゥルーズ伯爵の思惑通りに」
再度拍手を受けた。でも今度はラマンダさんや無く、エミルからだった。
「ひいばあさま。お昼をお持ちしました。講義が一段落したところでノエミもどうぞ」
「いつもより早いな。……何ぞあったんか?」
エミルはわたしをチラと見てから、ラマンダさんに近付いた。
耳打ちされた彼女は「ふむ……」と唸ったきり黙り込んだ。
「わたし。今日は帰りましょうか?」
「……いや、構わへん。……むしろ居てくれ」
「はぁ」
「思ったより事が早く進んでいるようだ。色々駆け足せなならん。……あ、いやこりゃ独白や」
ラマンダさんはエミルと、隣で控えていたサシャの支えを借りて立ち上がった。
「……あの」
「何ぞ?」
「前から気になってたんですが、お体の具合、良くないんですか?」
エミルとサシャが顔を見合わせた。ふたりとも眉間に皺が寄っている。アンタッチャブルな事象に触れてしもーたんか?
ラマンダさんが肩を揺すって苦笑した。
「ふたりとも。そうマジ顔せんとき。……ああ、ノエミ嬢、あなたって人間が利口なんか、天然なんかさっぱり判らん様になったわ。とっくに分かっててツッコまんだけなんかと思っとったが、結局口に出しよったか。……ま、いーわ。カモデナンディのトップシークレットを特別に教えたるわ。わざわざ感があるがな」
「あ、え? いえ、……それやったら別にわたしは結構です」
「まあ、そう遠慮すんなや。ほら、これ――!」
わたしは大口を開けたまま、しばらく固まった。息を吸い込むのを忘れるくらい。
そして――。
「――は? ……うわ、わ……。き、きゃあああぁッ! ――ぐっは!」
独り芝居の喜劇役者みたいな奇声を放ち、軽く2~3キャル(2~3メートル)後方にのけぞり跳ねたわたしは、壁に後頭部をぶつけて痛くて悶絶した。
「大袈裟な。頼むからナイショにしとってや? しゃべったら二度と悲鳴を上げられんようにして、祖国にも帰られへんようになるで?」
「うぅ……わ、わたし。パ、パ、パヤジャッタを祖国とは思ってません……!」
「ようゆーた! なんならカモデナンディに帰化せい」
胸から腹のあたりまで大穴の開いた身体を再び前裾で隠したラマンダさんは、ケタケタと声を立てながら食卓のある居間に連れて行かれた。
「それ……誰にやられたんですか……?」
今頃気付いて迂闊やったんやが、初めて謁見したときからラマンダさんは水着の上にいつもふわふわピンクのベビードールを着ていた。他の人は全員水着姿強要やったのに……わたしも含めて。理由はそれを隠す為やったんや。
「自業自得や。誰の所為でも無い」
「もしかしてコレット……、勇者にやられたんですか?!」
「違う。バズスや」
ラマンダさんでなく、サシャが代わって答えた。
加えて食卓につけと目で促している。
「バズスって誰?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベットでまん丸になって、息を殺した。昼間の会話を振り返り、自分なりに深思するためだ。
バズスというのは、黒姫の身辺警護に従事していたとある魔人だそう。【破壊凶】とゆう異名で人族にも恐れられていたらしい。
彼は、黒姫軍の最高幹部だったズーリー将軍の実子で、将軍を随分敬愛していたって話。
「そのバズスがどうしてラマンダさんを?」
ラマンダさんに瀕死の重傷を……どころか、普通の人間なら即死のケガを負わせた魔人バズスの動機が知りたかった。彼女はこう答えた。
「ああ。気が急くやろが事の経緯を順番に話そう。――人族軍との大戦末期、勇者を名乗るコレットなる生意気な小僧に対抗する為、あるアイテムの開発が黒姫に上申された。……上申者はわたしや」
「……あるアイテムの開発を上申?」
ラマンダさんは珍しく躊躇いを深い息で紛らせてから、吐露を続けた。
「あぁ……、それの事や。……魔時計」
命を捨てさせる魔時計は、その代償に計り知れない魔力を使用者に与える。志願者にそれを使わせる事でコレットとの相打ちを画策したそうだ。
「当然、黒姫は却下した。けど当時、戦況はそんな生易しい判断を赦すもんやなかった。……わたしは黒姫の許可を得ぬまま独断で開発計画を推し進めた。……シンクハーフを騙して、な」
シーちゃんは黒姫に信奉してた。黒姫の命令ならどんな事でも嬉々として受け入れた。ラマンダさんはその事を利用したと言った。
「黒姫には当時姉君が居てな。正義感が強くて心優しい姫姉さまやった。シンクハーフととても仲が良かってな、いつも一緒に行動していた。けども、その姉姫さまがある時、敵中で孤軍になった部隊を救おうとして戦死したんや。シンクハーフの悲しみは見てられんほどやった。……やからわたしは」
言葉に詰まったラマンダさんは両手で顔を覆ってしばらく黙った。そして、
「……やからわたしはな、彼女の心を揺さぶった。外道を歩むようにそそのかした」
天窓から射す穏やかな陽光とうらはらに、訥々とした告白は重くわたしの心中に喰い込んだ。せっかくの昼食も喉を通らなかった。
エミルとサシャは特別の表情を現わさず会話にも加わらず、黙々と食事を続けていた。わたしには驚愕の話でも、彼らにとっては別段感情を揺らす事も無い、しょっちゅう聞かされている話やってんやろう。
はぁ……。
わたしは月明りに白く浮かんだ枕を拾い上げ、顔に押し付けた。再び昼間の回想に耽った。
「――魔時計の完成を見計らい、それを盗み出したわたしは、ズーリー将軍に捕まった。わたしは実験者になるつもりやったが、その目論見は阻止された。わたしとシンクハーフは一軍の将からただの一兵卒に降格した。後で思えば、すべてズーリー将軍の筋書きやったんや。彼は初めから自分が実験台になる心算でわたしの暗躍を監視してたんやな。彼自身も黒姫には一言の相談もせずに、な」
「……ズーリー将軍はそれを、魔時計を使ったんですね? そしてコレットと戦った……」
最後の決戦の臨む前からズーリー将軍は当然知っていたはず。コレットが既に黒姫を倒してしまっていた事を。
けれども彼は黒姫の意志を継ぎ、魔族の統領として戦いを挑んだ。そして敗れた。
「シンクハーフは個体スキル転生を有している。彼女はズーリーの死に際、それの行使を申し出たんや。でも彼は断った。戦後の裁判で彼女の立場を少しでも悪くせん為にな。魔軍幹部の転生に携わったなんてサイアクやしな。直前にわたしと彼女をペイペイに格下げしたんもそのためやったんや……と思い至ったんはその時や。……情けない事に」
「ひいばあさまはバズスに逆恨みされたんや」
サシャが長かった話の結末を一言のうちに纏めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
部屋のドアがノックされたように思えた。
暗がりなのでドアに近付くのに多少手間取った。
弾力のある温かみにぶつかり、それが人だとすぐに感知した。
「サシャ」
「夜分に失礼。ノエミに客人や」
彼が取り次ぐ間もなくいきなり抱き締められた。
レインツ兄さまやった。
ノエミ(ブクマ7件目御礼)




