21話 ナーン族の住処
◆14歳の初夏(8) 【魔時計:2時53分】
遠くでわたしを呼んでる。
懐かしい、お父さま。
駈け寄ったら階段を指差した。
「それはアカンッ。それ登ったら死んでまうって!」
登って行くお父さまの手を引っ張る。
何故なら階段の先にあるのは――。
断頭台。
お父さまがどのような死に方をしたのか、実際は知らない。
これはわたしの妄想。
しょっちゅう見る悪夢。うなされ飛び起きる、目覚めサイアクのお決まりの朝。
「お父さまッ?!」
覚醒したわたしは間近に迫った兄さまと目が合った。……ばかりでなく、わたしの右手はその彼の頬に触れている。
「――ナディーヌ……、気が付いたか」
良かった……と、兄さまは嬉しそうにわたしの頬を触り返した。
――! って、わあっ!
「に、兄さまッ?! レインツ兄さま?!」
「良かった。とにかく良かった。目覚めてくれて本当に良かった」
「に、兄さま……」
照れて飛び退く……には勇気が要った。
だってあまりにも兄さまの手が温かかったから。
わたし自身がそのままでいたかったから。
「あの……兄さま。シーちゃんは?」
「付近を捜索してるよ。【小人族】と一緒に」
「ナーン族?」
「……ああ。魔物族らに属する異種族さ。人族からすれば、ね。かつては黒姫と共存しここら一帯を治めてたらしいよ」
黒姫の敗亡と同時に人族に追い払われ、今は地底でひっそりと暮らしている。と兄さまは付け加えた。
「あ……痛つつ」
「傷は一通り手当てしたんだが……、まだ無理はするな」
「……うん」
目を左右に向ける。
薄暗い小屋の中。……あ、わたしの寝てるベット。ミニサイズの物が4つ連結している。確かにナーン族の家やと理解する。
……ん? 待って?
傷は一通り手当てした……?
ってコトは、服を脱がしたり、とか……!
「……その、捜索って。何を探してるの?」
「? なんで急にカオを隠すんだ? 声がこもってて良く聞こえない」
「シーちゃんはその、ナーン族と何を探してるのかって聞いてんの!」
「なんだ、今度は急に怒り出して。【追跡瓶】さ」
「シャッセ?」
「パヤジャッタ城市で薬師から渡されたろう? 瓶をひとつ多めに?」
「……うん」
養命蛙の粉末……ってゆってたっけ? お婆ちゃんに持ってけって、薬師さんからサービスで貰ったやつ。
「アレは魔女を追跡する為の、まじない品だったんだ」
「まじない……」
「魔女をはじめ、魔族の足取りを掴むための特殊液。ナディーヌは知らずにそれを掴まされたんだ」
「……な」
「僕も迂闊だった。ククリさんに手が及んだ時点で、その関係者すべてがパヤジャッタ上層の監視下にある。そう考えるべきだった」
「……あの、薬師さんが敵やったってコト?」
「いや……。彼は脅されていた。『協力しなければ共犯者と見なす』と。だからナディーヌの来訪は願っても無い助けだったと思う」
薬師の親切そうな笑顔が浮かんだ。
どうゆー理由があるにせよ、あの人もわたしを騙そうとしてたんや。
全身の力が抜け落ちそうだった。
「見つかったぞなもしー」
「えらい苦労したもしー」
ガヤガヤと5、6人の小人が入って来た。
性別や年齢を問わず一様に小さかった。横並びになると、一番大きい人でも兄さまの胸くらいの背丈しかない。皆、緑色をした保護帽を被り茶色いツナギを着、ミニショベルか小さいツルハシのどちらかを片手持ちしている。
遅れてシーちゃんが戻った。
テーブルに空の瓶が置かれた。中味は城市付近に散布したそうだ。
シーちゃんが言い渡すように告げた。
「直ぐにここを引き払います。ナーン族の皆さんはわたしの村に来て頂きます」
「近いうちにサジェス族の探査が入るだろうし、ここが見付かるのもそんな遠い未来じゃない」
兄さまも否やは無いとゆー風に賛同した。
「わたしが無知で鈍感やったために……ごめんなさい」
兄さまとシーちゃんが庇うように、
「ナディーヌのせいじゃない。今まで僕らは無警戒すぎた」
「サジェス族に対して、無策でした。わたしたち皆んなの責任です」
ナーン族たちも口々に、
「ちょうどいい引っ越しの機会ぞなもしー」
「陽の光のある所に行くぞなもしー」
誰一人、わたしを咎める者は無かった。気持ちが楽になるというより、何か裏があるのかなって疑問に思った。だから、
「ごめんなさい。わたし、すぐには動けないみたい。後から追い掛けてもいいですか?」
「じゃあ、僕が一緒に残ることにします」
兄さまが皆に断りを入れると、シーちゃんが、
「ではナーバスなノエミに代わって、わたしがタピ村に薬材を届けます。ナーン族の方々は、ジェイジェインに案内させますので直接わたしの村に向かってください」
ナーン族の首長らしきお爺さんが「ほーい」と底抜けな明るさで応えた。
彼らは身の周り品をアッとゆー間に整理し、出て行った。立つ鳥跡を濁さず……ってか、住み慣れた住処に何の感慨も無く立ち去るあたり、わたしと違って潔い。……よすぎ。
「彼らは移動民族なんだよ。面白いものを見せてやろう」
兄さまは、わたしの背中と足に手を回し、ヒョイと抱え上げた。
こ、コレって、世にゆー【お姫さま抱っこ】やない?!
ジタバタするわたしやったが、あまりにジッと見詰めるもんやから、こうなったら為すがままに任せてやろうって開き直った。
――地上はもうすぐ夕方を迎えようとしていた。




