13話 悪魔の娘
◆14歳の早春(7) 【魔時計:0時54分】
「黒姫だって?! バカ言うな、ナディーヌ! もう魔力を使うんじゃないッ! お前は魔力保持者じゃないだろッ!」
「レインツ兄さまは黙ってて。……お父さまを悪くゆわれて、ここまで堕としいれられて、ジッと我慢しとる方が異常やわ」
絶句するレインツ兄さま。
でもわたし、間違ってない。
後方に跳んだトゥルーズ伯爵は、わたしの炎爆を受けた事でさっきまでの人をバカにしたような余裕ぶりを失せさせ、ギラギラした眼でわたしを睨みつけた。
……フフ、そうこなくっちゃ。わたしも本気を出せん。
「てめぇ。詠唱無しで今のをぶっ放しやがったのか?」
「はぁ詠唱? 知らんわ、そんなもん」
何もかもが腹立たしい。いっそ全部壊したろか。
静かに息を吸い込む。
ゆっくりと右手を上げ、人差し指を立てる。
上空に黒雲が群がり、指先に雷が落ちた。
全身が青白く発光する。
それを見て取った伯爵は、両手を向かい合わせにして「ワキワキ」と空気を揉むようにし、黒煙の塊をその掌中に造り上げた。そしてそれをこちらに投げ放った。その一連の動作に無駄も躊躇いも無い。
鉛弾のごとく超高速で飛来した魔力攻撃は、しかし、わたしの数歩手前で炸裂してしまい、地面と両脇の風景を一変させただけで終わった。
当たるか、……んなモン。
――と、すかさず剣を抜き放った伯爵が肉迫する。魔法攻撃が効かぬと判断し、瞬時に物理攻撃に切り替えたあたり、かなり実戦慣れしてると感心した。
けどもな。
紙一重で斬撃をすり抜けたわたし、宙空に逃れて一回転し、向き直りざまに雷撃波を彼に飛ばした。すんでで直撃はしなかったが、裂けた気流が左肩をかすめ、衝撃で弾かれた彼は激しく地面に倒れ込む。
そのカオをドンと、思いっきり踏んづけてやった。
「……アンタのご先祖さん。聞く処によると黒姫の部下やってんやろ? こーゆーの、反逆行為ってゆーんやないか?」
「……うるせぇ。それ以上、汚い足をくっつけやがったら容赦しねぇぞ」
発条みたいに上体を起こした伯爵は、幾重にも魔力障壁を張り、ブツブツと意味不明な呟きを始めた。
「詠唱じゃ! 全力魔法を行使する気じゃぞ?!」
「ナディーヌ、もういいッ! それ以上は止めるんだ!」
「外野は下がってて。巻き添え喰うで?」
全力魔法の行使……、ねぇ。
でも悪いけどな、わたし、負ける気がちっともせんのよ。
伯爵の全身が明滅しだしたのを目の当たりにしても、【子供のお遊戯】にしか見えんねんな。
つーか。
わたし、さっきから自分の中にいる【もうひとりの自分】との対話に気が行ってて、正直、伯爵なんて眼中に無かった。
『あなた、誰なん?』
『わたし? わたしはわたし』
『ノエミ?』
『ノエミだし、ナディーヌだし、黒姫に近き者』
違う。
わたしはわたしやけど、何か違う。
……でも、やっぱりわたし。
『違いますよ。あなたは黒姫ではありません』
「え? 誰ッ?」
辺りを見渡した。でも会話の相手は居らず。
『わたしはシンクハーフ。森に暮らす魔女』
「な、何やって?! シンクハーフ?!」
一層気になってキョロキョロ周囲を見渡した。でもやっぱり居ない!
『そこには居ませんよ。わたしの声にあわせて魔時計が震えているでしょう? 森の動物と精霊たちの身体を借りて念をリレーさせ、魔時計で増幅と拡声を行い、会話をしています。【クルリ】とも、魔装アイテムを通じてよくそうしています。ノエミ、森に、……森奥の村に……来なさい。そこで……直接……ゆっくり話をしましょう……』
そーいや、魔時計の振動と女の子の声が連動してる。どちらかってと便利さよりも気味の悪さが先立つ。
それに、語尾が途切れ途切れになった。聞き返したくても何処にどう話し掛けたらいいのか分かんない。
「ノエミ! 来よるぞッ!」
「!」
張り巡らせた魔力障壁を抜け、槍の穂先に似た閃光弾が両腕両脚を掠めた。ビリビリと身が削がれる痛みを感じた。
「死ねよッ!」
行ける――そう踏んだのか、殺意を剥き出しにした伯爵の掌から、高濃度の光弾が放たれた。
詠唱付き、渾身の魔力砲だ。
わたしはそれを避けずにまっすぐにそれを受け、虚空へ弾き飛ばした。そのまま一気に彼との間合いを詰めて跳躍、膝蹴りをお見舞いした。彼の鳩尾に喰い込んだ膝は彼を喪心させるに至った。
「アホんだら。この、魔力保持者ごときが――」
拳を振り上げたのを、
「ヤメロ!」
レインツ兄さまの一喝で思い止めた。
「もう止めろ。相手はとっくに無抵抗になっている。……それに」
トゥルーズ伯爵配下の騎士団員が、ズラリとわたしたちを遠巻きにしていた。
「クロードさまッ!」
「クロードさまをお助けしろッ」
「おのれぇ! 魔女めがぁ!」
いきり立った彼らの眼は真剣だった。皆、主を援けるためにと命を捨てそうな勢いだった。
それを目の当たりにし、身中の高揚が瞬時に失せ去った。
「魔女めッ! 殺してやる」
「悪魔! 悪魔!」
あ、悪魔……やて……。ゆうに事欠いて、このォ……。
全員まとめて消したろか。
「魔女!」
「人間の敵!」
「死神女!」
「な、なんやと……」
ヤツらが発する呪いの言葉のひとつひとつが鋭く胸を刺す。
急に夜の暗さが気になった。
暗闇から不意に石が飛んで来て額に命中した。
ゴンッ。と頭が響いた。無意識に障壁が解けていた。
「悪魔ーッ! 去りやがれぇ!」
……痛いっ。
痛いよ。
目に生暖かい液体が流れ込んで来た。
「ナディーヌ、逃げるぞ」
兄さまに抱きすくめられたわたしは、されるがままに森の古道へと連れ去られた。
本日の投稿を持ちましていったん休止いたします。
香坂にシリアス調のお話はムリがあったのか? テーマやネタはどーなんだ?
そのあたりは「もう悩みませんし、変えません」が、細部のキャラ設定や展開を見直してから、再開しようと思います。
それではシーユーでございます。




