10話 もう一人の兄さま
◆14歳の早春(4) 【魔時計:0時46分】
「おいおい……ケガした兄上を見捨てるってか? レインツ」
地べたに這いずってるってのに、口だけはなおもいきがってるモーリス兄さま。
「そーいやお前、いつ監獄から脱走した? とっくに獄死か死刑でお陀仏かと思ってたんやが?」
「……おかげさまで。モーリス兄こそ、お元気でしたか」
「お元気でしたかだって? のうのうとしたツラ……相変わらず、か。ホンマ気に食わん」
立ち上がろうとして、結局出来ずに倒れ込む。
「レインツ! お前と親父のせいでオレの人生はメチャクチャなんだよ。償いしろやッ、ナディーヌ、お前も何か言え!」
「わたしは……レインツ兄さまに恨み言なんて一切あれへん。生きてもっかい会えたんが嬉しいだけ」
「……なんやとォ……」
力の入らない両腕をムリやり地面に押し付けてカオを上げ、モーリス兄さまが吠えた。
「――お前ら、ふたりとも狂人か! 金の無い生活が、世間の白い目が、どれほど惨めで屈辱的か全く分かってねぇわ! 協力して家を再興するどころか、オレのジャマばかりしくさりやがって! 覚えてろよ! このツケは絶対に払って貰うからな!」
わたしからアルマを預かった類人猿さんが、そっと彼女を背に回した。彼の背には人が載れるほどの大きな薪用の荷台があった。そこにちょこんと座らせ、レインツ兄さまがブランケットを上掛けした。
「コラぁ、レインツ、無視すんなよ? 魔女に成り下がった女も。お前もいつか裁判にかけて、市場で市民らの前で、火あぶりにしてやるからな!」
……何て邪悪な、呪いの言葉……。
レインツ兄さまがポンポンとわたしの背を叩いた。
気にすんなとゆーコトらしい。
「……モーリス兄さま、さようなら。もう二度と会いたくないですし、声も聴きたくありませんので、ぼちぼちいい加減、口を閉じさせて貰います」
大気中の雷流を手に帯電させ、モーリス兄に放った。手加減してるが気絶するには十分な強度。
案の定、「ギャッ」と絶叫し静かになった。
ラファイエット卿は身の危険を感じたのか、まるで空気になったようにジッと息を殺している。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
お婆さんの【占い館】にいったん逃げ込み、魔法術を駆使してアルマの救護を行った。
「ダメじゃ。可哀そうじゃがもう死んでおる」
彼女のみぞおちあたりに手を当てていたお婆ちゃんは、悲痛な表情で首を振った。
死の宣告が胸を衝く。
「じゃが、肉体の劣化防止の魔法はかけておいた。一刻も早く魔女シンクハーフの元に運ぶとしよう」
「そうしたら、なんとかなるの!?」
「……それは分からん。じゃが一縷の望みを託し、そうするより他に手は思いつかん」
「そんないい加減な」
ただ眠ってるだけに見えるアルマの頬に触れた。ひんやりと冷たかった。
さっきまで散々泣いてたからもう出ないと思ってた涙がまたポタポタと垂れだした。
「ナディーヌ。厳しい言い方だけど、泣いてばかりいても何も始まらないよ? それよりも考えるんだ。お前の短絡的な行動がどういう結果を招いたのか、これでよく分ったろう?」
「……はい」
「シンクハーフに診せてもアルマがどうなるのかは僕にも判らない。でも泣いているよりかはずっとマシな対応なんだから。……メソメソしている時間があったら、しっかりと自分の頭で物事を考え、しっかりと行動しよう」
「はい」
レインツ兄さまのゆうコトはいちいち尤も。刃物のようにザクザクと胸を刺す。
「レインツよ。もうええじゃろ? お前さんの妹は十分後悔しておるぞ」
「……それは分かっています。たぶん僕も冷静じゃないんだと思います。怒りを妹にぶつけているだけなんだと自覚してます」
類人猿さんが、
「レインツ。そろそろいいか? 厄介なのが近づいてる」
すかさず遠望鏡を覗くお婆ちゃん。
「うぅむ。灼熱の盾を銀の剣が貫くいう異様な紋章が見えおる。トゥルーズ伯爵の私軍じゃ」
トゥルーズ伯軍!
パヤジャッタの、【泣く子も黙る】最恐の部隊。女のわたしでさえも良く知ってるほどの。
先年、謀反した領主を攻め、郡内の町村すべてが彼らによって根絶やしにされたとゆう……。つい数ヶ月前も山賊集団をたった数騎で壊滅させ、捕縛した首領らが市場で公開処刑されてたし……。
「ラファイエット卿が救援要請したんでしょう。ここもすぐに捜査の手が入りますね」
「ああ。儂ゃとっくに覚悟はしとった。こうなれば久々にシンクハーフの顔を儂も拝みに行くとするわい」
このお店をたたむってコト?!
「幾らなんでも、そんなに早くは見つからへんのんとちゃう?!」
レインツ兄さまが残念そうに首を振った。
「いや。トゥルーズ伯爵はここを知ってる」
「ど、どうゆー……」
「トゥールーズ伯爵は魔力保持者なんじゃよ」
お婆ちゃんが嘆息すると、類人猿さんが(流ちょうな人間語で)補足する。
「ヤツの曽祖父は、元黒姫軍の東征軍団長。その血を引き継いでいる、限定解除のひとりだ」