175 罠
奇襲で倒した騎士の数は、二百五十、つまり半分程度でしかない。その後ろ半分を一瞬で倒したわけだが、先頭の騎士はどうやって倒したのかまでは把握できていない。
合図の爆炎を放ったし、雷光も無音ではないので後ろが倒れたことに気付かないということはないが、先頭を走る騎士は既に結構進んでいるはずだ。それを呼び戻すために、爆炎魔法を並べながら私と十人の兵が道に出て姿を見せる。
「これだけやればここは十分です。追いつかれる前に馬車を焼きにいきますよ!」
とてもわざとらしいが、向こうにも聞こえるように大声で指示を出す。そして兵とともに駆けだすと、ウンガス騎士も数人が慌てて引き返してくる。全員で来ないのは、単純に指示が伝わるのに時間がかかるからだろう。
馬を走らせてある程度進んだら、後ろに向けて水の玉を見境なく放っていく。道が泥濘めば、馬の走る速さも落ちるし体力も余計に使う。その上で馬の足を緩めさせ、無理のない速さまで落としてやる。
そして、さらに道に魔力を撒く。といってもこれは馬が倒れるほどの魔力ではなく、兵や馬にも影響がない程度に薄めにである。さらに魔力塊を森に放り込んでやれば、魔物が動きだす。
いくつもの魔物が森から出てきたのは、ウンガス騎士が通ろうとする十秒ほど前だった。最初はネズミ程度の小型の魔獣が二匹だったのだが、それで終わるはずもない。横手から飛び出してくる魔物に、ウンガス騎士は明らかに狼狽えながらも、すぐに応戦をはじめる。
もしかしたら魔物を従える秘法とやらを見れるかもと思ったのだが、そこまで都合よくはいかないものである。
十数程度を倒したところで、森から出てくる魔物の勢いは弱まりはしない。撒いた魔力は控えめだし、集まる魔物の数は多くても二百程度でおさまるだろうが、逆に言えば百以上は出てくるということでもある。
苛立ったように魔物に向けて魔法を放っているが、私たちのことを忘れてしまって良いのだろうか。こちらは既に十分に弓で狙える距離まで近づいている。兵たちが構えた弓に矢を番えても、向こうはまだ私たちに気付いていなかった。
その後、少し離れたところで休憩にする。休めるときに馬を休ませておかないと、肝心な時に走れなくなってしまう。私も道端に腰を下ろして休んでいると、戦いの音が聞こえてくる。
魔法の爆音や叫び声はそれほど遠くはない。ハネシテゼたちとウンガス騎士が衝突したのではなく、ウンガス騎士が魔物を退治しているのだろう。何しろ、道いっぱいに何十もの魔物が陣取るようにしているのだ。それをどうにか処理しなければ、自軍に戻ることもできない。
魔物の集団を前に、森の中を迂回するという選択肢はない。無数の魔物が街道にいるのに、森の中にはいないなんて考える者はいないはずだ。どう考えても、街道よりも森の中の方が魔物退治には向かない。魔法で攻撃するにしても、剣や槍で攻撃するにしても、広い方がずっと楽だ。
ウンガス騎士は二百人以上いるはずだし、高々百程度の魔物を退治できないなんてことはない。しかし、横に並ぶのは三、四人が限度の山の道では、攻撃に参加できる騎士も限られてしまう。
数分あれば魔物は退治できるが、逆に言えば一分は足止めされるということでもある。敵の注意を引きつけ、時間を稼げればそれで良い。そのまま待っていると、少し遠くから爆音が伝わってくる。
ハネシテゼが背後から攻撃を仕掛けていっているのだろう。そして、次の瞬間には強烈な白光が周囲を照らす。
これだけ距離があり、かつ予め作戦を聞いている兵たちすら、驚きに身を竦ませるのだ。至近距離であれを受けた者は平静ではいられないはずだ。
「私たちも行きますよ。」
数秒遅れてやってきた轟音に怯える馬をなだめながら兵に指示を出す。馬の餌や水の桶はそのままで構わない。馬に跨ると急いで私たちも参戦に向かう。とはいっても、やりすぎ雷光を受けたウンガス騎士は戦うどころではない状態である。
矢を射かけながら進んでいけば、敵の混乱はさらに増す。光と音で一番平常心を失うのは馬だ。騎士がなんとか気を取り直しても、馬が暴れて言うことを聞かなければ何もできない。
全速で距離を詰めて雷光を、爆炎を、そして矢を放って、魔物とウンガス騎士をまとめて倒していく。道の向こう側からも爆炎と雷光が近づいてくるが、あれはフィエルとジョノミディスだろう。ハネシテゼは最初だけのはずだ。
常識外れの光と音を攻撃手段とするあの魔法は、自分が乗っている馬にも近くにいる味方の馬にもそのまま効力を発揮してしまう。そのため、ハネシテゼ一人だけが馬にも乗らずに敵に近づくということをしなければ、こんな作戦は実行できない。
フィエルやジョノミディス、それに他の兵は十分離れたところで待機し、敵が混乱に陥っている隙に全速で距離を詰めて攻撃をする作戦だ。そのためにハネシテゼはそれ以降の攻撃に参加できなくなる。いくら頑張って走ったって、馬に追いつけるはずがない。
全て片付くまで、そう長くはかからなかった。出てくる魔物も尽きたようで、森の奥の気配にも動きがない。ウンガス騎士の亡骸から持っていた武器を回収し、爆炎で道の横に退かしていく。このあたりは毒を撒いたわけでもないので、遠慮なく爆炎魔法を使わせてもらう。
「随分と立派なお方もいるみたいです。」
兵に言われて見てみると、仰向けに転がされた騎士の身形はかなり上等なものだった。土に汚れてしまっているが、どう見ても他の者たちよりも上の地位にあることは間違いない。
「生かしておいた方が良かったですね。」
「そうはいっても、あの場で誰を生かすとかまで気にしていられないでしょう。」
生きていれば聞けた情報もあったかもしれないとフィエルは失敗したと言うが、今更だ。ジョノミディスの言うように、敵の配置も分かっていないのにそんなに器用な戦い方もできないだろう。
探してみると魔法の杖も見つかり、これはハネシテゼが持つことになる。
「さて、随分と倒しましたが、敵の騎士はどれほど残っているでしょうね。」
「少なく見積もっても七百は倒していますよ。もう残りわずかだと思いますけれど……」
ウンガス騎士がまだ何百人も残っているとは考えづらい。兵は何千人か残っているはずだが、騎士が千人単位でいるとは想像できない。そこまで騎士を集めて戦争に出したら土地を守る者がいなくなってしまうだろう。
最初に来ただけでも既に千人以上のウンガス騎士が倒れているのだ。ウンガス王国に騎士がどれだけいるのかは知らないが、バランキル王国を基準に考えれば、そろそろ出せる戦力の限界ではないかと思う。
「ウンガス王国ってどれほどの国なのでしょう?」
「珍しい石や金属が採れるとは聞くが、貴族の数がどれほどなのかまでは知らないな。」
ブェレンザッハでも侵略してくる前提での情報収集はしていないようで、ジョノミディスも詳しい情報はないと言う。もちろん、ブェレンザッハに帰れば、ウンガスの情報に詳しい文官もいるだろうが、そんなことを一々全部ジョノミディスが報告を受けているわけでもない。
「一度、休憩してから行きましょう。下ろしたままの馬の餌を早めに回収しないと魔物に食べられてしまいます。」
馬を十分に休ませるのは大切だということで、道に転がる亡骸を退かせると先ほどの休憩場所に戻って全員でのんびり休むことにした。敵の本陣を目指すのは一刻を争うようなことでもない。
持ってきた食糧にそれほど余裕はないので無駄に何日も時間を潰すわけにはいかないが、体力を削ってまで急ぐ必要はない。こちらはとにかく人数が少ないのだから、せめて体力や魔力は万全に近い状態を維持しておきたいのだ。




