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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
172/593

172 難問はつづく

 どうにか『挨拶』はできたが、金の獣はそのまま動かない。ゆっくりと私たちを観察するように目を向けてくる。


 と思ったら足を前に踏み出した。そのまま進み、私たちの横を通り過ぎる。後ろで伏せている兵たちのところに行くのかと思ったが、そうではなかった。


 そして、頭を大きく振り上げ、魔物たちに向けて無数の雷光を飛ばす。たったそれだけで、私たちの魔力に誘き寄せられていた魔物たちの気配が全て消え去る。


「……信じられない」


 ハネシテゼすらがそう漏らす、凄まじい効果範囲の広さだ。射程距離は私たちの軽く数倍になるし、放った雷条の数は数十倍はあるだろう。


 倒した魔物には大して興味もなさそうに、金の獣は振り向き私たちに近寄ってくる。


 湿った鼻が頬に触れんばかりにまで細長い顔を近づけてくるが、もはや恐怖しかない。ガチガチと鳴りだしそうな歯を必死に食いしばりながら耐えるが、身体の震えは止まらない。


 私たち四人をハネシテゼから順に一人づつ見ていくが、フィエルを最後に、ふいと突如そっぽを向く。その後は何をするでもなく、元きた方角、北の方へと帰っていった。




「……あ、あれは何だったのですか?」


 金の獣の姿が見えなくなってから一分ほどして、ジョノミディスがやっと口を開く。それを機に私たちは大きく息を吐き、がっくりと膝を付く。


「分かりません。あんなのお(とぎ)(ばなし)でも聞いたことがないですよ。兵士の方たちも顔を上げて良いですよ。生きていらっしゃいますか?」


 ハネシテゼの言葉に、恐る恐るといった様子で兵士たちが顔を上げ、身を起こす。皆、顔面蒼白で今にも死んでしまいそうな表情だ。


「何とか生きています。」

「あれは、退治しなくてもいいのですか?」

「絶対にあの獣と敵対してはいけません。国中の全騎士の総力を以ってしても勝てませんよ。」


 その言葉に同意せざるをえない。黄豹や白狐ではまるで歯が立たないのではないかと思う程の魔力を誇るあの獣は、もはや人智を超えているとしか言いようがない。



 馬たちもよろよろと起き上がり、不安そうに周囲を見回し続ける。


「馬車に戻りましょう。」

「そうですね。」

「あの魔物は放置して良いのですか?」

「残念ですが、今は体力が持ちません……」


 私たちの荷物の多くは、森の中に隠した馬車の中に置いてきている。まずそこまで戻って休まねばロクに行動できないのは私たちも兵たちも馬たちも同じだ。


「予定外ですが、今日はここで野営にしたいです。」


 ハネシテゼの提案に、誰も反対を唱える者はいない。それほどまでに、金の獣に遭遇したというだけで疲労困憊の状況なのだ。下手に動く方が悪い結果になるだろう。


 疲れた体に鞭打って何とか天幕を張り、食事を用意する。馬も最初は餌を食べる気力もなさそうだったが、私たちの食事の用意が出来たころには芋や豆をぼりぼりと食べ始めていた。


「あの獣は何をしに来たのでしょう? そして、何故、帰っていったのでしょう?」

「魔物退治を張り切ったから、だと思いますよ。そして、わたしたちを見つけて納得したから帰っていったんだと思います。」


 粥を食べながら、思っていた疑問を口にすると、ハネシテゼが「根拠もない推測ですけれど」と考えを述べる。


 この数週間で私たちが退治した魔物の数は二万近くになる。短期間に魔物の数が大きく減れば、〝森の守り手〟たちもそれをした存在を気にかけても不思議ではない。


 挨拶を交わした私たちが、この地域の魔物を退治できる程度の力を持っていることは分かったのだろう。しかし、私たちをじっくり見ていったのは何だったのだろうか。


「そういえば、最後に、子どもか、と言われたような気がしたぞ。」

「そうなのですか?」


 私のときは特に何もなかった。だが、金の獣が最後にフィエルを見て、帰っていく直前にそう言ったような気がしたのだとフィエルは言い張る。


「私たちが大人だったら何かあったのでしょうか?」

「考えたくない。あまり良いことでもないかもしれぬぞ。」


 ジョノミディスが脅すように言うが、獣の考えることは私たちの想像が及ばないのは確かだ。万が一、実力を直接見たいとか、戦いを吹っ掛けられでもしたら堪ったものではない。


「ありえそうだから怖いんですよ。本当に。」


 ハネシテゼも私の想像を否定してくれない。怖ろしい想像をして怯えていても何にもならない。

 敵対する様子はないし、子どものようだし、取り敢えず放置しても問題なさそうと思ってくれたという結論にしておく。




 その晩はゆっくり休み、翌日は日の出とともに動きだす。ウンガスの兵が一千くらいはその辺にいるはずなのだ。


 森を北に進んでいけば、東西に走る街道に出る。それを取り敢えず西へと向かうと、すぐにウンガスの兵と思しき一団を見つけることができた。


「攻撃はまだですよ。」

「どうしてですか?」

「念のために誰何(すいか)は必要です。それに()()()()()イグスエンの人々を殺していませんし、聞きたいことがあります。」


 倒してしまおうと杖を構えようとしたら、ハネシテゼに止められる。そして、ハネシテゼは一人、彼らに近づいていく。


 その行動に、十数人の兵の集団は、武器を構えながらも驚きや怪訝そうな表情を浮かべる。


 ハネシテゼや私たちは、どこからどう見ても子どもであることには間違いがないのだが、その一方で服装は明らかに貴族のものだ。平民の兵としては迂闊に攻撃を仕掛けるよりも、何とかしてやり過ごそうとした方が生き残る確率が高いと考えても不思議ではない。


「あなたたちはウンガスの者ですか?」


 ハネシテゼが問いかけるが、返事はない。だが、それだけで彼らがウンガスの兵と決めつけるわけにはいかない。


 もし彼らが本当にイグスエンの民でも、私たちがウンガス王国の貴族なのか、バランキル王国の貴族なのか分からなければ返答に窮するだろう。


「わたしはハネシテゼ・ツァール・デォフナハ。イグスエン領の危機を救うよう請われてここに来ました。」


 その言葉に、兵の一団はまともに顔色を変える。この反応ならば、ウンガスの者で間違いがないだろう。イグスエンの逃げ延びた者たちならば、助かった、という表情をするところのはずだ。即座に跪くくらいするかもしれない。



 私たちも少しずつ近づいていくが、彼らは後ずさりしながら互いに顔を見合わせ、何やら小声で話し合っている。


「何のために、こんな所までやってきたのですか?」


 ハネシテゼが二つめの質問を投げるが、やはり返答はない。答えるつもりがないならば、さっさと殺してしまっても良いと思うのだが、ハネシテゼはさらに言葉をかける。


「あなたたちの目的は何ですか?」


 言葉を変えて質問を続けるが、彼らは口を閉ざしこちらを睨むばかりである。このままではハネシテゼが短気を起こすのは時間の問題だろう。


「わたしは気が長い方ではありません。」


 自覚があったのか、脅しのつもりで言っているのかは分からない。だが、杖を振り上げるハネシテゼを前に、答えなければ死ぬということは分かったのだろう。


「貴族に言われたんだ!」

「そうだ。分かるだろ? 貴族に逆らったら俺も家族も殺されちまう!」


 彼らの言い分は不快ではあるが、考えてみれば、そうなることは十分に予想できることだった。他国に攻め込むなどと騒ぐ貴族が、まともな政治をしているとも思えない。そこに平民が異を唱えれば叛逆だと叫びだしてもおかしくはない。


「その貴族たちが何と言っていたか、あなたたちは聞いていますか?」

「何も……、いや、バランキル王国を滅ぼせと言っていた。」


 その理由までは説明されていないようで、いくら聞いてみても泣きそうな顔で「知らない」「聞いていない」と首を横に振る。


「本当に聞いていないのでしょう。平民に詳細を説明するとも思えません。」

「そのようですね。彼らをどうしましょう?」


 ハネシテゼは困ったように首を傾げる。今目の前で震えている者は、イグスエンに侵入してはきたが、まだそれ以上の悪事をはたらいていないため、死罪とするのはやり過ぎなのだと言う。


 裁きを下すときは、感情的になってはいけないと言われてはいる。時には寛大に赦すことも大切など教わってはいる。


 しかし、その場に直面すると、なかなかこれが難しい。彼ら自身は何もしていないかもしれないが、彼らはイグスエンを滅茶苦茶にした者たちの仲間だ。敵対する道を選んだ者たちなど、まとめて死罪で良いという思いの方がはるかに強い。



 しばらく四人揃って難しい顔で考え込んでいたが、ハネシテゼがぽんと手を打ち、ウンガス兵に赦すための条件を告げた。

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