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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
148/593

148 合図

 ときどき馬を休めながら街の南西の畑で敵を探していると、南のウンガス陣営の方に煙が立ち昇っているのが見えた。


「あれは合図の煙でしょうか?」

「恐らくそうかと思われます。」


 私の方が煙を上げる予定はなかったが、ハネシテゼが煙を上げたら私もあちらに合流することになっている。周囲に敵がいないことを確認して南東へと馬を向ける。


 敵陣までの間には川がある。橋を渡るには町の南門から南へ続く街道に出る必要がある。かなり西寄りの位置にいたため、速歩(はやあし)で馬を進めても数分はかかってしまう。



「向こうから誰か来ます!」

「逃げてきた敵かもしれません。十分警戒してください。」


 橋を渡っていると、川の向こう側に騎馬がこちらに向かって走っているのが見えた。遠くて敵味方の区別がつかないが、味方だと決めつけて無防備でいるわけにはいかない。


 こちらも少し馬を急がせると、橋の出口付近で向かってきた者たちと対峙することになった。いや、こちらは馬の足を止めたが、向こうは逆に加速して突っ込んでこようとする。


 だが、私の雷光を突破できるはずもない。迷わず放った魔法に撃たれて三人の騎馬は転がるように地面に倒れる。


「か、彼らは敵なのですか……?」

「問答無用で突撃してくる者は排除します。」


 正直言って、この三人が敵なのか味方なのかは、今なお分からない。ハネシテゼと共に出た王宮騎士ではないことは確かだが、イグスエンの小領主(バェル)の騎士と言われたら謝るしかない。


「あの徽章(きしょう)に見覚えはあるか?」


 念のためにと、倒れた騎士たちが肩のあたりに付けている徽章を弓兵に確認させる。イグスエンの小領主(バェル)の紋章が縫われているならば、彼らにも見覚えくらいはあって良いはずだ。


 だが、弓兵たちはいずれも「見覚えがない」と首を横に振る。ならば心配することもないだろう。これはウンガスの騎士だ。


 馬や人の死体が道の真ん中に転がっていると邪魔なので、引き摺って脇に除けてから再び南を目指す。


 防風林を抜けて進んでいくと、ハネシテゼたちの攻撃から逃げ出してきたのか、必死で走っている者たちがいる。


「止まれ! お前たちはどこの者だ! どこへ行くのか答えよ!」


 バラバラに走る者たちの前に立ちはだかり、騎士が大声で(ただ)すが、走ってきた者たちは「助けてくれ」「逃げないと殺される」と答えにならないことばかり口にする。


 可能性は低いと思うが、それでも彼らはどこからか逃げてきたイグスエンの者であるかもしれない。いきなり殺してしまうわけにはいかないだろう。


「貴方たちはウンガスの者ですか? それともバランキルの者ですか? 答えなければ敵とみなして殺します。」


 私の問いに、彼らは一瞬迷った後で「ウンガスだ」と口々に叫ぶ。


 ならば残念ながら私のすることは一つしかない。杖を振り雷光を放ち、逃げてきた者たち全員の命を刈り取る。



 戦意のない者たちを殺すのは、決して気持ちの良いものではない。


 しかし、この者たちはイグスエンに住む無辜の民を殺してきた重罪人だ。それは決して許されることではないし、見逃すわけにはいかない。


「殺されるのが怖いならば、最初から攻めてなど来なければ良いのです!」


 物言わぬ屍に吐き捨てて、手綱を握りしめる。視界が歪むなか、騎士が心配そうに声をかけてくるが、私は前へと歩を進める。


 畑を横切り、防風林を通り抜けると、そこらじゅうに死体が散らばる無残な光景が広がっていた。所々に積み重ねられた死体が黒煙を上げている以外は、動くものは見当たらない。


「ハネシテゼ様たちはもっと南の方でしょうか。」


 正面に見える防風林の向こう側にも煙が登っているし、聞こえてくる騒ぎは恐らく南からだと思う。


 時折、流れてくる煙が目に()みるが、涙を拭ってそのまま突き進むしかない。馬も煙を嫌がるので、一気に畑道を走り抜けてしまうことにした。


 防風林をさらに南に東に抜けると、もの凄い勢いで砂塵が舞い上がっていた。その向こうに霞んで見えるのは恐らくハネシテゼたちだと思う。


 だが、これでは叫んでみても聞こえないのではないだろうか。吹き荒れる暴風の中に入っていく気にもならないし、どうしようかと思っていたら、視界の端に動くものを見つけた。


「逃げていくものがいるようですね。あちらを片付けながら回り込んで行くのが良いのではないでしょうか。」


 他に良案もない。騎士の提案に乗り、一度、防風林を北側にぬけ、逃げて行った者たちを追いかける。


 逃げ惑う者たちに念のために所属等を尋ねてはみるが、返答はみな似たようなものだった。雷光を放って死体を増やし、さらに東へと向かっていく。



 敵の統率がどうなっているのかよく分からないが、かなりの数の兵が逃げ出してやってくる。次々に必死の形相で防風林を越えてくるが、私たちの姿を見つけると情けない悲鳴を上げる。


 私たちは彼らに情けをかけることも容赦することもない。イグスエンを蹂躙した非道の者たちは一人残らず滅ぼさなければならない。


「こちらに逃げても無駄だと知らしめたほうが良いでしょうか?」

「逃げてくるのをどうにかするならば、こちらから南側に踏み込んだ方が良いかと思います。」


 爆炎の魔法などを使って騒いでも、防風林の向こう側ではその詳細がわからない。ハネシテゼたちの判断を誤らせる原因になるかもしれないし、余計なことはしない方が良いだろうということだ。


 確かに言われてみると、爆音が聞こえてくるだけだと、敵味方の区別がつかない。情報がない中で、私たちが西からの敵部隊と交戦しているとハネシテゼたちが考えるかもしれない。


 方針が決まれば実行に移すだけだ。

 全員攻撃の構えで防風林を南に抜け、必死に戦っている敵目掛けて切り込んでいく。


 今回はとにかく倒し、滅ぼすのが目的だ。騎士たちが火柱を並べて逃走を防いでいる間に私は手近な敵から雷光で倒し、弓兵は敵の集団に向けて次々と射かけていく。

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