144 奇襲
出てくる案は、奇襲をどう仕掛けるかというものが多くなる。戦力的にはこちらの方が少ないのだから仕方がないが、正面から当たれないというのは気分が良いものではない。
「私は悪事を働くものに思い知らせてやりたいのです。」
そう不満を漏らすと、騎士たちは声を上げて笑う。そんなに私の考えは子どもじみているのかと口を尖らせると「そう思っていない者はここにはいない」と騎士たちは真面目な顔をして言う。
「しかし、それよりも、イグスエンの被害を小さくすることを優先すべきなのです。」
なんとしてでも敵を排し、一日でも早くこの地を平和にしなければならない。このままでは畑を耕すこともできないし、戦いが長期化すれば損害は計り知れないものになるだろう。
「そういえば、朝のハネシテゼ様の奇襲はどうだったのでしょう? 敵騎士数十を討ったとは聞いていますが、詳しい話を聞いていないのです。」
敵の布陣や指揮系統がどうなっているのかという話はとても大切だ。弱点や急所がどこにあるのかによっても、有効な策は変わってくる。
昨夜の奇襲は周囲の様子はほとんど見えない暗闇の攻撃だったが、朝の攻撃は敵の動きもある程度は見れたはずだ。
「わたしは青鬣狼と一緒に行きましたから、基本的に狙ったのは魔物なのです。」
ハネシテゼとしては、青鬣狼を人間の戦いに巻き込むのは本意ではないようで、魔物に狙いを絞って突撃をかけたということだ。
数十の魔物は青鬣狼に任せ、ハネシテゼは周辺の兵を吹き飛ばしていたらしい。結果としては、魔物は全滅し数百の兵を怪我人にしたということだ。
攻撃を開始してからウンガスの騎士が駆けつけてくるまでにかかった時間は一分程度で、敵に発見されてから一分以内に離脱してしまえば逃げ切るのは容易いだろうということだ。
「それで倒せる敵の数は少ないかもしれないが、確実に削っていくということか。」
「逆に危険も高いが、一気に敵の主力を叩くとすると、南門を開ける策ですな。」
「門を開ければ門扉狙いで来るだろう。どう対応するのだ?」
「敵の目が門に集中していれば、横から叩きやすいのではないか?」
騎士たちの話の中で、奇策がさらに想像もつかない形に変わっていく。地面に石を並べ、敵味方の騎士の動きについて検討し、何が有効で何が危険なのか一つひとつ突き詰めていく。
北や東側に割かれている敵戦力は無いに等しく、今のところ気にする必要がない。北はともかく東側は私たちが領都に来る途中に叩き潰していたのがとても大きいようだ。
西側の敵は現在隊列を整えている最中で、明日には攻撃が開始されそうな状況らしい。そこに奇襲をかけるという案もあったが、どこに敵の主力がいるのか想像もつかないのが最大の問題らしい。
色々と意見を出し合い、南門の解放は明日以降の動きを見て実行、今日は夕方まで現状維持という結論になった。
尚、西が攻撃を開始してくる前に、可能な限り南側の戦力を削りたいというのは全員の意見が一致しているところである。
今日の作戦が一通り決まると、私は夕方まで特にやることがなくなる。フィエルと交代で守りの石を担当する必要はあるが、休めるときに休み、眠れるときは寝て、体力的に万全の状態を作るのが求められることだ。
「奇襲にはティアが出てくれ。私はここの守りに専念する。」
フィエルにそう言われ、私も奇襲部隊に参加することになった。今夜の奇襲には、王都の騎士に加え、領主城に残っていた騎士の大半を動員し総攻撃に近い規模になる。
陽が大きく傾いてきたところで私が四十八の騎士と東門を出発し、大きく畑の外側を回って敵の背後に向かう。その後、陽が沈んでからハネシテゼがやはり四十八の騎士とともに防壁に沿って進む。
畑から南の森へと入り、その奥を東へと進み、時折、魔力の塊をウンガスの野営に向けて放ってやる。
赤く輝く魔力の塊は目立つし、当然、敵兵たちは何事かと騒ぎ出す。だが、私たちはそれを無視して敵の中央部へと向けて足を進めていく。
放っておけば、敵兵の騒ぎは赤い光から小型の魔物の出現へと変わる。私たちが通り過ぎた森から、ネズミやイタチのような魔獣が群がって出ていくし、地中からは虫が涌き出てくる。
下級騎士でも突然その状況になったら混乱に陥りかねないのだ。ただの兵が落ち着いて対処できるはずもない。騒ぎが大きくなればこちらの気配や足音も気づかれにくくなる。
敵が魔物を従えるなら、私たちも魔物を陽動に使ってやれば良い。ついでに、ウンガスの兵や騎士に魔物退治をさせれば一挙両得というものだ。
「あの光は合図ではありませんか?」
騎士の一人が城の方を指して周囲に確認を求める。確かに赤い光が木々の向こうに見て取れるし、作戦にあった合図だろう。
「では、一気に行きますよ!」
私たちは縦二列をそのまま横二列にして敵陣に向かって突っ込んでいく。
全員で爆炎を並べ、敵の天幕も篝火も、夕食と思われる竃も何もかも吹き飛ばしながら前進していく。
もちろん、そこにいる敵兵も騎士も騎馬も見境なく放たれる爆炎に飲み込まれ、吹き飛ばされていく。
「左手に騎士多数!」
「すぐに向かいます!」
叫び声が上がり、私は右側に雷光を撒き散らして馬の向きを変えて左側へと向かう。
右端に位置していた私が左端に出るまでには少々時間がかかる。私たちの列の長さは畑一区画以上にもなるのだ。
左端の騎士たちの応戦はすぐに激しくなり、私は敵の横手を突くように馬を走らせる。
何度かの戦いを経て、騎士どうしの戦いというのは如何に相手の虚を突くのが大切なのかが分かった。
人によって魔法の射程には若干の差があるが、それは劇的な差とまではならない。数歩から十数歩程度の差しかない。こちらの魔法が届くなら、敵の魔法も届く。
正面からあたればすぐに、暴風で矢を防ぎ爆炎で互いに牽制し合う状態に陥る。敵の攻撃を押しとどめるにはそうするしかないのだが、そうなると体力や魔力が尽きるまでの持久戦になる。
だから、敵が正面のぶつかり合いに目を向けている隙に、横から叩き潰していくのが基本作戦になる。
馬を走らせ、雷光を放ち、騎士を一人、また一人と屠っていけば、均衡が崩れ、戦局は一方的なものに変わっていく。
騎士が立て続けに並べる爆炎が敵の視界も進路も塞ぎ、私が撒き散らす雷光が騎士も馬もまとめて貫き、その命を奪う。
さらに見つけた馬車に向けて炎雷を放ち、それを最後に撤退を開始する。
周囲に炎と雷光を撒き散らしながら畑の道を走り、城の南門を目指す。向こうでも騒ぎが聞こえるということは、敵もやはり夜になってから攻撃を仕掛けようとしていたのだろうか。
防風林を抜けると、火柱が幾つも並びその外側に騎士たちの姿が見える。
私たちが到着すると火柱は消され、総攻撃が開始される。私たちの動きが見えていなかったのだろう、敵はそれに対応しきれずに次々と倒れていき、人と馬の死体がそこらに増えていく。
「今日はこれで引き揚げます!」
片付いたところでハネシテゼが号令を発し、私たちは再び東門へと戻る。
警戒していたのに、途中にも東門の前にも敵が潜んでいることはなく、何事もなく帰れたのがとても拍子抜けだが、無事に戻れることに越したことはない。
「戦果はどれくらいでしょう?」
城に一度戻り、全員の無事を確認するとハネシテゼが尋ねる。とても大事なことだし全員で認識を合わせることも必要だろう。
「倒した騎士の数は五十を越えていると思います。敵の魔物は見かけませんでしたし、その気配もありませんでした。」
「兵の数は不明です。恐らく二百は越えているとは思いますが……。それと、馬車を二台破壊しております。」
私の報告に騎士が付け加えるが、ハネシテゼは「兵や馬車の方は、今はどうでも良いです」と流す。防壁のない周囲の町では一般兵も十分に脅威だが、防壁をもつ領都では突破することができない一般兵はあまり気にする必要はない。
もちろん、他の町や村を襲いにってもらっては困るので完全に無視するわけにはいかないが、積極的にどうこうする相手でもない。
「ハネシテゼ様の方はどうですか?」
「おそらく上級と思われる騎士を七人仕留めました。他の三十七人は恐らく中級でしょうね。」
防壁への攻撃は、昼間のような火球ではなく火柱や炎の槍、爆炎が主体で、それを連発できるのだから下級ではあるまいということだ。
敵がそれだけの魔法を使ったということは、フィエルにも負担があったはずだ。そちらの報告も急ぎ必要だろう。場合によっては人員の配置を考え直さなければならない。




