014 短気はよしてくださいませ!
第四王子とハネシテゼの険悪な雰囲気を一掃してくれたのはザクスネロだった。
彼は、人を持ち上げるのが上手い。
料理を褒め、それを的確に紹介できると第四王子を褒めと、なにかと第四王子からハネシテゼを遠ざける方向で話を盛り上げていく。
派閥の違う私やジョノミディスよりも第四王子を優先するのは当然ともいえるし、ジョノミディスもそんなことで嫌な顔はしない。
「そういえば、ジョノミディス様。後ほどお時間をいただけますか?」
ハネシテゼの唐突の申し込みにジョノミディスは困惑を隠せない。
「先ほどの栽培してはいけない、という植物のお話でしょうか? 私も一緒に伺ってよろしいですか?」
「ここでできない話なのかい?」
「この席には不向きな話題ですね。」
何の話かと訝しがるジョノミディスに軽く話題について言っておくと同時に、ハネシテゼが余計なことを言う前に、釘を刺しておく。
「ブェレンザッハのテーブルのところで、揉めかけたのですよ。ハネシテゼは良くも悪くも人を選ばず話をしてしまいますから。」
私が「こまりますわ」と愚痴を言うと、ハネシテゼも申し訳なさそうに頭を下げる。
「ところで。」
ジョノミディスが私たち三人を見回しながら言う。
「あまり長い間ここを占拠していると、他の方々が王宮料理を食べられないようだ。」
「あら、気付きませんでしたわ。セプクギオ殿下、失礼いたしますね。」
それぞれ挨拶をしてテーブルを離れる。
その後、どこのテーブルに行っても、ハネシテゼが話題に上がった。もう、彼女の名前を知らぬ貴族などいないのではないだろうか。
賛否色々あるが、派閥関係なく、男爵や子爵からは割と良い印象のようだ。中にはやっかむ者もいるが、下級貴族でも上級貴族を上回れるということを見せつけたのが大きいのだろう。
その分、私たちへの風当たりは強い。男爵家に負けた情けない公爵の子息というのが、上級生や大人たちからの評価だ。
それは事実だし、もはや言い訳をする気にもならない。
だが、ハネシテゼの方が何故か怒っているのだ。
「あら、あなたは私たちと学年が違っていて幸いでしたね。私はもとより、ジョノミディス様やティアリッテ様よりそれほど優れているようには見えませんもの。」
三年生の筆頭に対して、堂々と言い切るのだ。挑発というより、完全に喧嘩を売っている。
「自分の立場も弁えず、子どもがよく吠えるではないか。」
「親の名前を出さなければ威張ることもできない、ただの子どもが偉そうに吠えるではありませんか。」
ああもう、どうしてハネシテゼはこう暴走するのだろう。
周囲に大人たちも集まってきているし、正直、手に余る状況だ。
「ならば、勝負しようではないか。力の差を見せてやる。」
「何で勝負いたしますか? 筆記試験だと先生に出題をお願いしなくてはなりません。」
「魔法で良いだろう。明日、訓練場に来るが良い。」
周囲で見ている大人たちも彼らを止めようとしない。デォフナハ男爵も呆れ顔で見ているだけだ。
「宮廷魔道士の訓練場ならすぐそこだ。二人に使用を許可する。日を改める必要もあるまい。」
割って入ってきたのは第二王子、ストリニウス殿下だった。場を収めてくれるのかと思ったら、むしろ煽りに来たようだ。こうなれば私にはもうどうすることもできない。成人している王子に意見する権利など私には無い。
王子に促されて三年生筆頭を先頭にハネシテゼが続き、何故か周囲の大人たちもぞろぞろと渡り廊下を移動する。訓練場は大広間の横手から出て一分ほどのところにあった。
「勝負の形式はどうする? さすがにその格好では実戦形式は無理があろう?」
「見本課題を出しあう形で良いのではないですか? それならば観客に危険を及ぼすこともないでしょう。」
「なるほど、そうだな。異論はないか?」
周囲を見回して頷く第二王子は、何故か審判役をする気まんまんだ。よほどパーティーが退屈だったのだろうか。
提示された勝負の形式には特に不満もないようで、三年生筆頭が前に進みでる。
「ハネシテゼ・デォフナハ、よく見ていろ。」
そう言って、三年生筆頭が右腕を天にかざす。腕輪の飾りが仄かな光を帯びると同時にその腕を振り下ろす。放った魔法は火柱の魔法だ。
的のカカシを包み込み、巨大な炎が立ち上る。
だが、手抜きし過ぎではないだろうか。華美な服装で腕輪の様子は見えなかったが、火柱の魔法ならば私でもできる。ハネシテゼもそう思ったのか、勝ち誇った笑みを浮かべて私とジョノミディスに視線を向ける。
「やってみますか? ティアリッテさま、ジョノミディスさまも。」
私はジョノミディスと頷きあい、前に出る。
「ティアリッテは左側の的を。私は右側にしよう。」
ジョノミディスが言って、右腕を天にかざす。私もすぐに倣い、魔法を放つ。
ほぼ同時に放たれた魔法がカカシを襲う。
やはり、思った通りだ。私たちの火柱は三年生筆頭と同じ程度に燃えあがる。
大人や上級生から大きな歓声がわき起こり、三年生筆頭は驚いたのか目をまん丸にしている。手抜きし過ぎるからそんなことになるのだ。
「なかなかやるではないか。驚いたぞ。」
「ありがとうございます、お兄様。」
長兄に褒め言葉をもらえたことは素直に嬉しい。私は笑顔でこたえる。父や母の表情にも険はない。
「では、私の番ですか。」
ハネシテゼが言って、前に出ていく。途端に周囲のざわめきが消える。
そして、ハネシテゼは足を止めるとともに、無造作に右手を横に振りぬく。
溜めなしでの魔法は、ハネシテゼの得意技だ。放たれた火柱も、三年生筆頭と寸分違わぬと言えるほどそっくりそのままだった。
「あの歳で火柱を扱えるのか。」
「早さと正確さも素晴らしい。」
周囲の観衆から賞賛の声が上がる。私の父や母はもちろん、兄や姉たちも驚きに目を見開いている。
「次は誰の番にしますか?」
「私で良いかい?」
ジョノミディスが名乗りをあげる。私としてはこれが正念場だ。ジョノミディスは恐らく私がクリアできない課題を出してくる。これは得意分野が違うから当然なのだが、それにどこまで対応できるかがポイントだ。
「いくぞ!」
掛け声とともに放たれた七つの水の玉は、大きな弧を描きながら飛んでいき、渦を巻くように回転しながら的に同時に着弾する。
やはり、得意の水の魔法を出してきた。分かってはいても、できる自信が全くない魔法を見せられては平静ではいられない。
「次は誰だ?」
「私で良いでしょうか? 上手な方の後だと気後れしてしまいますもの。」
王子も三年生筆頭も頷き、私は前に出て水の玉を放つ。威力は落ちると分かりきっているがジョノミディスと同じ七つの水の玉を同じように的に叩きつける。
「さすがにジョノミディス様と同じにはできないですね。」
「水魔法ではティアリッテには負けないよ。」
水の魔法が苦手な私にはこれが精一杯なのだ。ジョノミディスも少し安心したように声をかけてくる。
「どうぞ。」
ハネシテゼが促し、次は三年生筆頭が魔法を放つ。
だが、彼は何を思ったのか、十の水の玉を投げつけた。勢いよく的に叩きつけられていくが、あれでは課題のクリアには程遠いのではないだろうか。
観客からは「凄い威力だ」という声が出たりもしているが、第二王子は困惑した表情で見ている。
【ティアリッテ】
この物語の語り部。
エーギノミーア公爵の第四子、8歳の女の子でフィエルナズサの姉
愛称『ティア』
【ハネシテゼ】
デォフナハ男爵の長子で、6歳の女の子
【ジョノミディス】
ブェレンザッハ公爵の長子、8歳の男の子
【フィエルナズサ】
エーギノミーア公爵の第五子、8歳の男の子でティアリッテの弟
愛称『フィエル』
次回、『勝負の行方』
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