110 帰ってからの方が忙しい!
夜番は二時間半ほどで交代になる。
何ごともなく過ぎて、眠りに就くとそれ以降起こされることもなく、朝になった。
「まだいるんですね。」
寝る直前にやってきた獣たちは、のんびりとそこらの草を食んでいる。
「やはり、種類が違うようだな。どういう関係なのだ?」
「そんなことはどうでも良い。朝食の準備をするぞ。」
獣たちを見てフィエルは首を傾げるが、ラインザックは別段興味は無さそうだ。さっさと食事を済ませて出発したいらしい。
手早く準備を済ませて、急いで食事を終える。食器を片付けて用を足したら出発である。
「何故、あれはついてくるのだ?」
「私に聞かれても分かりません。」
昨夜やってきた獣たちは、何故だか私たちの後ろをぞろぞろとついてくる。別に私たちの邪魔をするわけでもないので、追い払う必要もないが気にはなる。
はじめて会った黄豹もしばらく一緒に歩いていたし、挨拶を交わしたからついてくるものなのだろうか。
途中、魔物退治でもすれば逃げて行くかと思ったが、一番小さくて丸っこいのが逃げて行っただけで、大きめの獣は全く動じもしなかった。
森の手前で魔力を撒いて魔物を誘き寄せてみると、魔物たちはついてきた獣たちに向かっていくのだが、獣たちは逃げもしないのだ。
獣たちの先頭に立つ三頭が『キュー』という可愛らしい鳴き声とともに小さな炎雷を放って魔物を迎え撃つ。
「なんだと⁉」
「魔法を使えるのか!」
兄や騎士たちは驚くが、魔法を使えること自体は別に驚くことでもないだろう。魔力のやりとりができるのだから、魔法を見て覚えることもできて当然と考えた方が良い。
だが、魔法を使えるのは、挨拶を交わした三頭だけのようで、他の獣は一か所に固まっているだけだ。
彼らが魔物に襲われるのを黙ってみていると言うこともしない。魔物の狙いが彼らに向いているなら、私たちとしてもやりやすい。
雷光の魔法で次々と魔物を屠っていけば、あっというまに死骸の山ができあがる。
魔物退治が終わって、焼却処理をしている間、獣たちは何ごともなかったようにそこらの草を食む。その姿が安心感を与えるのか、馬たちも落ち着いた様子で彼らに倣う。
三頭の薄茶色の守り手と、九頭の濃い茶色に白斑の獣はその後もついてきた。彼らが何を思っているのかはよく分からない。
魔物退治をすれば炎雷の魔法で参加してくるし、特に邪魔ということでもない。困惑しながらも引き連れて行くが、騎士たちも気になって仕方がないようで、頻繁に後ろを振り返る。
夜になっても、朝になっても離れていく様子は見せず、十二頭の獣たちはどこまでもついてきて、ついには領都の畑のところまで一緒にきてしまった。
「ティアリッテ、その獣をどうにかしろ。街の中に入れるわけにはいかぬ。」
私にとっては可愛らしい獣なのだが、兄としては得体が知れない獣らしい。人に害を為すことはないと思うのだが、ここでも事実はどうでも良いらしい。
「町の者や城の者がよく知る家畜ならばともかく、騎士の誰も名を知らぬ獣など混乱の元にしかならぬ。」
私が受け入れていても、他の人が受け入れるとは限らない。あるいは、受け入れるまでに時間が掛かるかもしれない。
ラインザックとしてはとにかく面倒な手間を増やしてほしくないということだ。
「あなたたちをここから先に連れて行くことはできません。この森は魔物を退治しましたから、住みやすいと思います。」
そう言って森の方へ行くようにと手を振ると、守り手たちは名残惜しそうにしながらも森の中に入っていき、残りの獣もそれに続く。
獣たちを見送ると、私たちも街へと向かう。道の両側の畑は麦が大きく育ってきている。麦畑はまだ青々としていて、収穫はあと一ヶ月くらい先の予定である。
街道を進んでいくと、農民の荷車がいくつか見える。野菜を満載した荷車を引き、街に売りに行くのだ。
馬車ならば追い越すこともできないが、幸いと言うべきかこちらは全員が騎馬だ。横を通って追い越すくらいは問題ない。
門で軽く手続きを済ませて城に帰ると、こちらはなかなか大変なことになっていた。
「ティアリッテ、フィエルナズサ! やっと帰ってきたか!」
待ちわびたと言わんばかりに次兄が駆け寄ってくる。
「どうしたのですか?」
「どうもこうもない! 運び込まれてくる量が多すぎる! これでは加工処理が追いつかない!」
私の計算ではなんとかなる範囲のはずだったのだが、やはり見込みが甘かったのだろうか。首を傾げていても何も解決などしないので、馬は騎士たちに預けて野菜加工の現場を見に行くことにした。
乾燥用の棚には、一枚一枚剥がされた甘菜の葉がびっしりと並び、さらに籠に入れられたものが収められている。
「この籠は棚から出して、あちらの石畳の上に並べてください。どんどん棚を空けていきますよ。」
籠が収められている棚は二十ほどはある。それを空けて剥がした葉を並べてやればもう少し処理量を増やせる。
「そこの木箱は中身が入っているのですか?」
「こちらに積んであるのは空だ。向こうは全部入っている。」
「ならば、この箱を横倒しにして棚がわりにすれば良いのではありませんか?」
あまり高く積み上げると崩れてしまう危険性があるが、二段か三段ていどならば大丈夫だと思う。作業をする平民に指示をしてどんどん運ばせていく。
少々不格好だが、乾燥用の場所ができれば、作業は進む。ウォルハルトはパニックから脱することができたようで、ほっと息を吐く。
「私は一度部屋に戻りますね。魔物退治から帰ってきて、湯浴みもせずに食べ物の周囲を歩き回るものでもないでしょう。」
それに、もうすぐ昼食の時間になるはずだ。一度、休憩くらいさせてほしい。
「ああ、分かった。私も指示を出したら戻る。」
午前中だけで疲れ切ったような声をだすウォルハルトに一礼して、私は厩の方へ向かう。
いくら別の仕事があるといっても、荷物などを騎士たちに任せっぱなしにするわけにもいかない。
厩についてみると、荷物を下ろし終わっていて、騎士たちは馬具を外して馬に水や餌を与えていた。
私たちのやるべきことは、馬の飼料を厩に戻すことを確認し、糧食の残りと自分の荷物を回収することだ。
とはいっても、私とフィエルが持ち帰る荷物は毛布だけだ。それ以外の荷物は、もとより背中鞄で背負っている。
食糧は麦と干し野菜が少々残っているだけなので、私たちの腕力でも問題なく持ち運べる。食糧庫に持って行き、担当官に計量を済ませてもらえば、差し当たって仕事は終わりだ。
部屋に戻ると湯浴みを済ませ、着替えて食堂へと向かう。父への報告は食事をしながらになるはずなので、遅れるわけにはいかない。
「魔物退治より戻りました。」
「無事で何よりだ。」
食堂に入ると、既に父も母も着席していた。ラインザックもいるが、シャルゼポネとウォルハルトはまだのようである。フィエルは席に着くところだった。
「今回の遠征の結果はどうだった?」
私が席に着くなり、父は質問してくる。
「問題なく、魔猿九十五を退治してまいりました。巣の規模から考えると、討ち漏らしはないかと存じます。」
まず、最大の目的である魔猿退治についてラインザックから報告する。
「巣を潰したにしては帰りが早いな。」
「山のかなり下の方にありましたので。労なく見つけることができました。」
村に近いからこそ被害も大きかったのだが、周囲の魔物もまとめて叩いてきたので今後は心配ないだろう。
「それで、二人はどうだ?」
「色々な意味で想定外でした。」
ラインザックはとても心外なことを言う。私は別に変なことは何もしていない。
「以前に、攻撃力だけならば騎士十四人に相当する、と豪語していたのを覚えていらっしゃいますか?」
「ああ。言っていたな。」
「あれは、大変な間違いです。ティアリッテとフィエルナズサ、二人ともそれぞれ騎士二十八名ほどに匹敵します。」
ラインザックの言葉に、父は胡乱げに眉を寄せる。そのような反応をされると、私としてもどのような表情をすれば良いのか分からない。
「二人の魔力量は既に私や父上に劣るものではありません。それに雷光の魔法の威力が加われば、余程の敵でない限りは二人だけで撃破できるでしょう。」
そのような報告になるのは想定外だったのか、父は深く、深く息を吐くのだった。




