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回想



「あぁ~~~丸め込まれた!!」


 暗い部屋で1人、頭を抱える。


 いや確かに俺が悪い。専務の冗談に飛び付いたのは俺だ。

 飛び付いた俺を笑い飛ばす事なくがっちり捕まえた専務。そして社長。

 伊達に何十年も会社の経営に関わっていた訳ではないのだ。

 ダメだダメだと分かりつつも昨日のコニャックの瓶を開け、グラスに注ぐ。


「しかし……、俺に社長なんて出来るのか?」


 出来る訳ない。即答。

 しかし、社長と専務に説得されてしまった。

 あ、それなら大丈夫かな? なんて思ってしまった。

 家に帰って冷静になったら、やっぱり無理だろってなっているなう。



☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡



「とは言っても非上場のうちみたいな会社の株、誰が買うんだって話だけどさ。

 どうだい幸坂(こうさか)君、君買わないかい? ハッハッハッ!」


「あ、買います!」


「ほう、いい返事だね。君は業務上僕の持ち株が総額いくらか知ってるはずだね。

 ……その上で買うと言っていると、そう思っていいのかな?」


 うちの会社の発行済み株式はおよそ10万株。

 専務の持ち株比率が20%で2万株。

 1株の額面は5百円だから専務の持ち株総額は1千万円。


 あれ? やっぱ俺買えるよな?


「はい、大丈夫です」


「ほうほう、君がうちに入社して5年だったか。よくそれだけ貯められたもんだ。

 もしかして、積極的に投資でもしていたのかな?」


「まぁ、そんなもんです」


 俺と専務のやり取りを受けてか、上司である上條(かみじょう)課長が少し目を見開いている。

 直属の上司とはいえ、課長はあまり感情を表に出さない人だから何考えてんのか分からないんだよなぁ。


「っと、ここで話すのも何だな。

 上條君、幸坂(こうさか)君と一緒に会議室、……いや社長室に来てくれたまえ」


 専務は経理課内で話す内容ではないと判断されたのか、場所を変えようと提案された。

 確かにここで話すべき内容ではないな。俺が買うと言ってから、経理課の女性社員2人がビックリした表情で俺を見つめている。

 これがラブコメなら2人から急に猛アプローチを受けてどちらの女性ルートを選択するか迷う展開なんだろうが、残念ながら2人とも40代の既婚者なのでそのようなルートは存在しない。



「と言う訳なんですが、どうですかね?」


 どうですかね? ではないです。

 そんな事前情報聞いてない!


 社長室のソファー、俺の向かい側に社長と専務が。

 俺の隣には課長が座っている。


「確かにご隠居の株と田沼(たぬま)君の株の引き取り手があるのは助かるんだが……。

 本当にそれだけの金が用意出来るのか?」


 鋭い眼光を放つ初老の男性。社長って怖いんだよね、ジムで身体鍛えてるからガタイが良くて余計に怖い。

 専務は良いもん食べてんだろうなぁってのがよく分かる丸々太った体型で、人当たりが良い。

 だから専務の冗談に乗ってしまったと言っても過言ではない。

 いやあれはやはり自業自得で、などと後悔していても仕方がない。社長の問い掛けに答えなくては。


「用意出来ます。出来ますが、ご隠居というのは……?」


「あぁ、……名誉顧問の事だ」


 名誉顧問とは前社長の事だ。俺が入社するよりもずっと前に勇退し、今は名誉顧問として社内に席を残しておられるが、滅多に出社されない。

 出社されないが、席が残っているので毎月顧問料を払わないといけない。

 それを揶揄して社長はご隠居と影で呼んでいる、という感じだろうか。


「社長を退任させて代表取締役会長にし、代表権を剥奪させてただの取締役に降格させ、そして役員会からも追い出した。ここまで15年かかった。

 後はご隠居の持ち株をどのような形で処理すべきか考えていたら、まさか一社員である幸坂君が引き取ってくれるとは」


 はぁ……と長い溜息を吐く社長。何だか前社長に苦労させられた感が漂ってるな。

 じゃなくて、何で名誉顧問の株まで俺が?


「いいかね幸坂君。うちみたいな中小規模の会社の株なんてな、誰も買いたがらん。

 私や田沼専務の持っている株を誰かに売りたいとしても、買い手がない。金があろうとなかろうと関係なく、な。

 うちの会社が世界で注目されているような特許や特別な技術でも持っていれば別だが、そうでもない。

 上場企業との長く続く取引実績がある製造業だという点は評価されるだろうが、だからといって企業に株を売るのは抵抗がある。

 M&Aの後、社員が以前と同じ条件で働き続けられるかどうか分からんからな」


 M&A、企業の吸収もしくは合併。会社が別の会社を買うという事。


「もちろん株主と経営者が変わったからといって、社員の生活が変わるとは限らない。社員の扱いに関しては事前の協議でしっかり話し合った上で書面に明記される。

 ただ、何事にも抜け道というもんがあるらしく、上手く潜り抜けて社員を全員クビにして資産を全て売却して現金化する、なんてケースがない訳ではない」


 映画やドラマでありそうな話だな。


「今まで会社に尽くしてきてくれた社員がそのような扱いをされるかもしれないと思うと、株を手放すタイミングや相手に慎重になるってものだ」


 はぁ、経営者って自分が株を手放した後の事までしっかり考えてるんだなぁ。

 この社長、怖いけどやっぱり社員想いの良い人なんだな。この社長になら安心してついて行けるな。


「そこに幸坂君が名乗りを上げてくれた訳だ。君は会社内部の人間であり、社員全員をよく知っている人物。

 君なら信用出来る」


 信頼する社長から、お前の事を信用していると言われた。じーん、と身体が震えた。


「名誉顧問ももう80を越えた。家族から早く株を処分してくれと言われてるらしくてな、会社の自己株にして引き取ってくれんかと要請されてたんだ。

 しかし上條君に詳しく調べてもらったところ、どうやら会社が引き取る場合は額面の五百円では買えんらしい。

 上條君、いくらだったかね?」


「我が社の株式評価額は五千五百円です」


「五千五百円。名誉顧問の持ち株数は25%。上條君」


「買い取り総額は一億三千七百五十万円です」


「会社がご隠居の株を引き取るとなると、一億四千万円近く払わなくてはならない。

 しかし君が、幸坂君がご隠居から株を引き取るとなると、上條君」


「千二百五十万円です」


「たった千五百万円ほどで買い取れる訳だ。お得だと思わないかね?」


 確かにお得だ! 一億二千五百万円もお得になる!!


「しかもだ、田沼専務と名誉顧問から買い取った株を合わせると45%。上條君」


「我が社の筆頭株主となります」


「そう、筆頭株主。我が社の大株主になるんだよ。

 筆頭株主になるという事はだね、会社の経営に重要な責任を持つ事になるのだよ。

 つまり、君は……」


「……社長」


 ん? 上條君と振られるパターンが崩れたのが気に食わなかったのか、課長が社長へ何か言いたそうな表情を浮かべている。


「まぁまぁ」


 ニコニコ顔の専務が課長を諫めておられる。


「詳しい手続きや本当に五百円で売買が出来るのか等、上條君の方で顧問税理士の先生に確認しておいてくれ。

 さて幸坂君、昼には少し早いが食べに出るとしよう。株主としての心得とは何ぞやというのを私と専務から詳しく教えてあげよう」


「おっ、久しぶりに光嶋亭のしゃぶしゃぶと参りましょうか!」


 専務が立ち上がりスマホで予約を取り始めた。やけに腰が軽いな。いつもなら俺に振られる仕事なのに。

 まぁ経理課なんて言っても50人規模の会社だから、財務に人事に総務に労務と何でも経理課の仕事だからな。駐車場の雑草抜いたりすんのも俺の仕事だし。


 社長が頼んだ、と課長の背中を叩いて社長室から送り出し、そしてセカンドバッグを脇に挟んで俺に向き直る。


「運転は頼んだぞ」


 あ、それは俺なのね。



☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡



 そう言えばしゃぶしゃぶ食ってる間ずっと俺の気分を持ち上げるような事ばっか言ってたな、社長の専務。

 明日付けで経理課から社長室へ異動。肩書は社長補佐。

 何で社長補佐になるんだって?

 俺が名誉顧問と専務の株を引き取って45%保有の筆頭株主になる。

 となると、会社の経営権はほぼ俺が握っている状態になるそうな。

 会社の経営権を握っている人って誰?

 つまりそういう事だ。俺が社長になる訳だ。社長になる為の勉強を明日からしろって事だ。


 いや、あえて俺が社長になる必要ないんじゃね?

 今ならそう疑問に思うが、美味い肉をさぁ食えもっと食えと勧められている状況ではそんな疑問すら浮かばず。


「そろそろ私も引退に向けて準備を進めていてな、こいつになら任せられるって奴を選んでいたが、……誰も任せられるような後継者候補はおらんかった」


 それって今の会社幹部が頼りないって事だよな? 俺、そんな不安な会社を買うって事か?

 そんな不安そうな表情を見抜いたのか、社長が薄い肉をしゃぶしゃぶしながら安心しろと口にする。


「中途半端に育った人材に後を任せるよりも、君みたいなこれからの若者を直接私が育て上げる。

 代表取締役社長の座は君に譲るが、代表取締役会長として会社に残る。もちろん、社長である君が邪魔だと言うなら潔く会社を去るが」


「いえいえいえ! 謹んでご教授願いたいと存じます!!」


 そんな怪しい敬語で社長と専務の相手をしていたら、すっかり社長になるのが当然みたいな雰囲気に乗せられてしまい。


「いやぁ~、社長が面倒を見てくれると言っている以上、幸坂君の代になっても我が社は安泰だろうな!

 いやぁ~実に目出度い!!」


「よろしくお願い致します! よろしくお願い致します!!」


 逆に俺が頭を下げて俺を次期社長として育ててくれと頼んでいる始末。

 光嶋亭から帰った後も通常業務には戻らず、社長室で2人に会社を立ち上げてから今までの歩みを聞かされて。


「勉強になります!」


 定時になり家に帰って、今。



「完全にハメられた、……ような気がする」


 暗い部屋で1人、今日もコニャックをちびちび舐めているなう。




何かご意見等ございましたらコメントまでお願いします。

勢いだけで書いているので、あらすじやタイトルなど後から変更する可能性あり。


ブクマと評価頂ければとても嬉しいですので何卒ぉ~。

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