08 元友人
満月の夜の出来事があってからというものの私はすっかり仕事に手がつかなくなっていた。
ヴァンパイアの謎がさらに深まっていったからである。
「ちょっとぉ、とーまチャン。大丈夫ぅ? 最近ミスが多いわよ」
いくつかのミスで最初は見逃してもらったものの三度目の注意でついにはチナミさんにまで注意を受けてしまった。
う。申し訳ない……。
「すみません」
「気をつけてよね」
チナミさんが背中を向けてデスクへ戻ろうとするのを手を掴んで呼び止めてしまった。
「ん?」
「あの。ちょっと気になる事があって……」
「ふぅん。クリスの事?」
ニヤリとチナミさんの眼鏡のフレームがキラッと光ったような気がした。
心なしかチナミさんがニヤニヤしているように見える。
「気になっちゃったの?」
「ちっ、違いますって! そんな訳ないじゃないですか」
肩を引き寄せられたりお姫様抱っこをされた時の事を思い出して顔が熱くなった気がした。
もし気になるとしては仕事上での話だと思うようにしたい。
「違います……。収容所が何かって事です」
以前船に乗せられて女性が運ばれていった場所に何があるのかが興味がある。
「収容所……ね。あそこはヴァンパイアになったばかりの契約者が人を襲った時に収容されることは知ってるわよね」
「はい……」
「人間を襲わないように更生させる施設ね。契約者って自分がこの体になったか知らない人もいる訳よ。だから色々自分の身に起こってる事を教える教育も兼ねてるわね」
「詳しいんですね」
まるで近くで見てきたような事を言うチナミさんに無意識のうちに聞いていた。
「何年もいればねー。アタシも実際いたことあるし」
「あっ……すみません……」
「いいのよ。でもあそこは収容施設だけどとーまチャンが思うような悪いところではないわ。気にしないで」
チナミさんも誰かを襲った事があるのだろうか。
そうでないことを願う事にした。
それからは仕事に集中できた。
気になっていた事がひとつ解決したからだと思う。
私はインターネットに通販商品の新作をアップロードを終えて帰宅する事にした。
今回はリップの新色が発売された。
予告でとても気になっていたのだ。
そして私の鞄にはスタッフ間でじゃんけんして勝ち取ったパールピンクのリップスティックがある。
勿論女性スタッフには一本ずつ行き渡ったけど、選べる色は一色だけなのだ。
1番欲しい色が取れてすごく嬉しい。
歩く道のりはウキウキしていた。
そろそろ会社から遠くなってきたなぁ。
距離としては近くはなったけれど終電がない時間に会社を出るので結構遠く感じた。
前まではそんな感覚は得られなかったけれども。
「涼香ちゃん!」
背後から私を呼ぶ声に振り返るとそこには最近までずっと避けていた友人がいた。
今では元がつくけれど。
「麻友……」
芹沢麻友ーーーー。
彼女は私の高校生からの友人である。
当時は隣の席にたまたま座っていてウマがあっていたのでずっと交流があった。
けれど私が大学の頃から付き合っていた彼とは現在付き合っているのか、別れの原因とも言える存在だ。
「悪いけど話す事はないから」
「待って! 事故にあったとか聞いて……心配した。もし裕史くんとの事が原因だったら謝りたくて」
「その事はもういいよ。裕史とはダメになりそうなのわかってたし……」
「だったら……」
麻友の表情がホッとしたように見えた。
何かをいうのを遮ろうと私は言葉を重ねた。
「悪いけど何も聞きたくない。謝られてもこちらは困る。麻友の事はもう友達として見られない。二度と話しかけないで。どこかで見かけても私は無視するから」
この深夜まで待っていた事には敬意を送る事にする。
私が背を向けて帰っていこうとすると、背後から泣き叫ぶように「ごめんなさい」の声が何度も聞こえてきたが、もはや私には関係ない。
私は1人の男を元友達と取り合うつもりはさらさらない。なのでその2人が駆け落ちしようが結婚しようが今では関係ない。
けれどその2人の幸せの手伝い的な事だけはしたくない。
だって2人の事がショックで車に撥ねられて一度死んだ身だから。
主に婚姻届の証人欄や結婚式の招待やスピーチ、他には住まいのローンの保証人とかかな。
保証人は大げさかもしれないけれど。
今ではこのヴァンパイア生活については満足はしているからもう関わりたくない。
「あー……。そろそろ引っ越すかぁー」
少し休んだら不動産屋さんに行こう。
とりあえず無人の不動産屋さんの前にあるパンフを取りながら朝までやってるカフェスタンドに入ることにした。