02 再会
私は検査入院として明日の朝には退院する事になった。
それもそうか。病院には色んな患者さんが来るから過労で倒れたくらいではベッドも貸し出しはないよねと己を納得させる。
薫は明日アルバイトがあるそうで来れないみたい。
私は付き添いなしでタクシーを呼んで実家に戻ることになった。
消灯時間も過ぎ、外を見上げると月明かりがかなり綺麗に照らされていた。
三日間眠っていた私は非常に目が冴えていた。
目を閉じても開いてしまう。
何としてでも睡魔を呼び寄せようと窓を背にして横を向いて眠ろうとしたら、影が私の背中を覆った。
振り返ると、和服の青年が立っていた。
整った顔立ちと半分後ろに流した前髪。
そして眩しいほどの赤い瞳が私を見つめている。
「こんばんは」
雪の降る夜、車に轢かれて瀕死の私に語りかけた青年の姿を。
あの時と同じ瞳だ。
『貴女はまだ生きたいですか?』
その質問に「はい」と告げた事も。
「あの時はありがとうございます」
深々と頭を下げると、青年は満足そうに目を細めた。
「いえいえ。礼に及ぶ事ではありません。ただ……血を流しすぎた貴女にわたしの血を与えてしまいました」
「血?」
「はい。わたしはクリストフ・W・レガート。この世界で言うところのヴァンパイアです。わたしの事はクリスって呼んでください。貴方は私の契約者ですから」
朝起きたら一気に退院の手続きを済ませる事になった。
入院費は加害者から支払いを求める手続きをしてもらう事となり、湿布薬と痛み止めのみを処方されて帰宅する事となった。
外は快晴。いつもより肌に突き刺さる感じがする。
事故に残る神経の痛みかそれとも。
先日、クリスから血を受けた時に私もヴァンパイアになってしまったそうだ。
日陰でタクシーを待つ状態でも車のミラーなどにところどころ反射する光を見るだけでもやばい状態だ。
あの時何故生きたいって思ったのかなーと思ったら後の祭りだけど、人間としての本能がそう思ってしまったのだろう。
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渡会コーポレーション
夜間企画部
クリストフ・W(渡会)・レガート
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私は昨夜クリスから貰った名刺をタクシーの中で取り出した。
渡会コーポレーションは海外進出もしている優良企業だ。
主に雑貨やアパレルを中心にした流通メーカーで自社商品も扱っている。一度新卒の頃に試験を受けたが面接まで行き着き不採用だった。
もう会う事もないんだろうな。
タクシーから降り、実家の前に立つと少しずつ焼けるように痛い。
日が当たる中、長時間立つことは危険だ。
慌てて鍵を出して中に入ると痛みは消えた。
日陰なら問題なさそうね。
家にはみんな外出中で私は以前使っていた自室に入った。
22歳の就職を機に一人暮らしを始めてから一度も戻った事はなかったが、部屋は以前と変わらずにきれいに保たれている。
懐かしさを覚えながらパソコンを開いた。
「ヴァンパイアって血を飲むほうよね……」
吸血鬼は血を飲み、飲まれた者は吸血鬼となる。
光を浴びると灰となり、杭で心臓を打たれると死ぬ。
またニンニクなど匂いの強い香草に弱く、神に反するものとして十字架にも弱い。
永遠の命を持つことにより人々に恐れられた。
どのサイトを読んでも同じ事が書かれている。
病院で赤い十字マークは何度も見てきた。
それは平気。
ニンニクをきかせた香草料理も嫌いではない。
あくまで当時の話。
そして何より血への欲求はない。
今わかるのは光を浴びると少し痛むが灰にはなっていない。
灰になるかはわからないんだけど陽を浴びたら少し暑くて痛かったです。
ガチャ
「あ、帰ってたんだ。もうちょっと退院が遅かったら迎えに行ったのに」
ノックもなしに妹が入ってきた。
アルバイトも早々に切り上げてきたのだろう。
「ちょっとスタミナつけなきゃと思ってさ、焼き餃子買ってきた。一緒に食べよ」
お土産の袋を掲げたところからほのかに匂ってくるニンニクの香りにくらりと気持ち悪さを感じた。
前言撤回。
ニンニクもダメになってしまったみたいです。